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第一章『伝説の始まり』

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 その後、修也は万が一に備えてのお手洗いを済ませた。それからカプセルから『メトロイドスーツ』を出して装着していく。準備はこれで万端だ。
 後は彼女が決闘の場所として指定した地下のトレーニングルームに向かうだけだ。

 修也は緊張のためか、自身の胸がドキドキと鳴っている様子が両耳に聞こえてきた。本来であるのならばこのまま辞退してしまいたい。

 頭の中に過った弱気な思いをなんとか振り払い、トレーニングルームへと向かって行った。
 しかしトレーニングルームが近付いてくるにつれ、また不安の思いが強くなっていった。

 なにせ相手は自身の直接雇用主であり、日本でも有数の大企業『メトロポリス』の社長、フレッドセン=克行・村井の娘なのだ。万が一のことがあれば自分はクビになってしまうかもしれない。
 江戸時代で例えるのならば大名の姫君を相手にするようなものだろう。

 だが、それでも向こうが望むというのならば模擬試合に挑まなくてはなるまい。
 無重力室の中には既にプロトタイプともいえる簡素な『ロトワング』を着込んだマリーの姿が見えた。

 先ほど『ロトワング』を装着していなかったマリーの姿が素晴らしく美しかったのはハッキリと覚えている。大和撫子を体現したような令嬢であったが、パワードスーツに覆われてしまえばもう中身は分からない。

 それでも綺麗なソプラノ声をしていたのでパワードスーツの向こう側からもスーツを着込んだ下にいる美しい令嬢の姿が容易に想像できた。

「大津さん。準備の方はよろしいですか?」

 緊張のせいか修也からの返答はなかった。パワードスーツの下にいたマリーは苦笑しながら言った。

「フフッ、そんなに強張らなくてもいいんですよ」

「い、いやそんなことを言われましても」

 それでも修也は弱気だった。やむを得えない状況ではあるものの、やはり社長令嬢を相手にしているのだから無理はない。
 修也は両手を震わせながら脇に下ろしていたビームソードを構えていった。

 もちろん模擬戦闘であるためビームソードの威力は最小に抑えてある。
 その証拠に普段ならば黄色に輝く光の剣が今日は青白かった。一目見ただけでも弱いのが分かる。

「剣道の方は幼い頃から仕込まれておりましたので自信はありますよ」

 パワードスーツ越しなので表情は見えないが、令嬢に相応しいゆったりとした微笑みでも浮かべているのだろう。
 修也が苦笑していると、向こう側がビームーソードを構えて襲い掛かってきた。
 方向は左斜め上。袈裟懸けから切って仕留めるという算段であるに違いない。

 修也は同じ方向にビームソードを構える。盾の代わりとして用いるつもりなのだ。
 しかし目論見は外れ、いとも簡単にマリーのビームソードは修也のビームソードを外れ、そのまま修也の左肩を貫いたのだった。

 強い衝撃を受けた修也は思わずよろめいてしまい、地面の上に倒れてしまった。
 もしここが無重力室ならばそのまま浮かんでしまうのだろうが、ただのトレーニングルームだ。終夜はあえなく地面の上に倒れてしまった。

「こ、降参です! ま、参りました!」

 我ながら情けない声だ。修也は罪悪感に駆られた。
 だが、そでも言わなければこの場は収まりそうになかったのだ。
 情けない命乞いを見せたところでその日の試合は終了というわけにはいかなかった。

 模擬戦闘があっという間に終わってしまったことに対して不満を覚えたマリーが可愛らしい声で戦いの継続を求めたことが大きかった。

「一ヶ月で空手の技をモノにした大津さんならもっと戦えますよね? お願いします。どうか、もう一戦継続できないでしょうか?」

 こう頼まれてしまっては受けるより他に仕方がない。修也はビームソードを構えてマリーを迎え撃つことにした。

 だが、結果はまたしても同じであった。修也はマリーに大敗し、また地面の上に大の字になって倒れてしまった。

「もう一度お願いします」

 パワードスーツ越しの右手で修也を地面の上から引っ張り上げていった。
 どうやらもう一度戦わなければならなかったらしい。修也は苦笑してもう一度戦う羽目になったのだった。

 再度ビームソードを構えてマリーと対峙していった。二度も負けたということもあってか、正直修也はマリーを相手に苦手意識を抱いていた。

 だが、今回は違った。修也の振り上げたはビームソードは明確にマリーの右斜め下から振り上げていく。

 修也のビームソードが装甲に触れられるのと同時にマリーの装甲にダメージが入り、彼女は悲鳴を上げながら地面の上に倒れていった。

 修也にとって初めての黒星だった。二度目とは逆に今度は修也がマリーに手を差し伸ばしてやることになった。
 起き上がったマリーはパワードスーツの下から恥ずかしそうに語った。

「ビックリしました。まさか剣道の方もここまで鍛錬なされておられるだなんて……」

「いえ、そんな……幼い頃からそれ相応の武術を仕込まれておられるあなた様には負けるでしょう」

「そんなご謙遜なさらずに……マリーさん?と呼んでよろしかったでしょうか?その、あなたの剣には最初は付いていけませんでしたので」

「いえいえ、たったの三度で追い付けるのは大津さんの才能ですよ」

 お世辞ではない。心からの賛美だ。今までマリーは何度か同じようなパワードスーツを身に付けて実戦に出たことがあるが、大抵の人物はマリーの剣の腕や或いは銃の腕前に翻弄されてなす術もなく倒されるばかりだった。

 だが、修也は二度目こそ今までの人物たちと同様にあっという間に倒されていったのだが、三度目になると急に人が変わったようにマリーの動きを見極めて逆に袈裟掛けに斬り掛かっていったのである。こんな人物は初めてだ。

 もしかすれば『メトロポリス』社に対してこれまでにないほどの大きな利益をもたらしてくれるかもしれない。

 マリーは内心大きな期待を寄せていた。

 胸元のボタンを押し、従来の形をした『ロトワング』をカプセルに戻すとマリーは『メトロイドスーツ』を着たままの修也の手を強く握って褒め称えたのだった。

「素晴らしい動き方です! 流石は『マリア』から見込まれた方ですねッ!」

「あぁ、それはどうも」

 修也は困惑している様子だった。苦笑する修也を他所にマリーは話を続けていった。

「このことはお父様にも伝えさせていただきます! 大津さんがお持ちになっておられる才能はきっとお父様もお喜びになられると思いますよ」

 マリーは令嬢に相応しい上品な仕草で小さく手を横に振り、その場を去っていく。

 後に残った修也は呆然とするばかりだった。『メトロイドスーツ』を着たままトレーニングスーツのタイルの下に座り込み、首を傾げている。
 そこに水色のワンピースを着た女性が姿を見せた。

「お疲れ様でーす。修也さん。まだ退勤まで時間がありますので、このまま射撃訓練に戻りましょうか」

 自分には休みも与えられないらしい。修也は苦笑するしかなかった。

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