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第一章『伝説の始まり』

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「しかし、大丈夫でしょうか?」

 大津修也は不安気な様子で運転席の女性に向かって問い掛けた。

「大丈夫ですよ。いくらコンピューターによる適性検査に合格したといってもあなたはまだ素人です。まずは御社にて適切な研修を行いますのでそこはご安心くださいねー」

 運転席の女性は随分と気楽な口調で言った。まるで、幼稚園のバスで幼稚園に向かうことを不安がる児童を慰める保育士のようであった。
 修也はそれを聞いても侮辱に顔を赤く染めるどころか、なお顔を青ざめながら、

「そうですか」

 と、尻すぼみした様子を見せていた。

 修也はあの後疲れが溜まってしまったのか、そのまま地面の上に倒れ込んでしまったらしい。なかなか帰ってこない夫を心配した妻によって部屋に運ばれたらしく、修也は一晩中眠りに就いていた。翌日スーツ姿のまま妻に起こされ、迎えに来たという球型の浮遊車エアカーへと乗り込んだのであった。

 浮遊車エアカーは凄まじいスピードを出しながら首都圏を走っていく。
 浮遊車エアカーのために作られた真空管の高速道路を30分ほど走ったかと思うと、東京都の丸の内に位置する『メトロポリス』本社の前へとあっという間に到着した。

 かつての自分、いいや自分の周りの人たちの給料であるならばガソリンで動く四輪車しか買えなかったので、いつかはこの車に乗ってみたいと密かに夢見ていたものだが、まさかこうした形で乗る羽目になるとは夢にも思わなかった。
 ぼやぼやとしていると運転手の女性に案内され、巨大なビルへと誘われていく。

 そのビルは見上げれば首が痛くなるほどの大きさを誇っていた。玄関の表札には切り文字で『メトロポリス』と記されていた。
 日本でも有数の大企業とされる『メトロポリス』の本社ということもあり、玄関も立派だ。セキリュティシステムとして一人一人を識別するセンサーが導入されているし、人間の警備員の代わりとしてアンドロイドの警備員が門の前に立って玄関を行き来する人々を睨んでいる。

 制服の肩の部分には無線機のようなものがあり、そこと連動した監視カメラが作動し、不法侵入者を彼らの手で弾いていくというシステムになっているのだろう。
 修也は思わず気遅れしてしまったが、心して会社の中へと入っていった。
 何百階もある巨大企業というだけのこともあり、移動は大きなエレベーターを使った。

 階と階の移動には前時代的な階段を使っていた前の企業とは大違いである。
 修也はエレベーターの中で改めて自分がどうしてこんな巨大企業に選ばれたのかを思案していく。
 難しく考え続けていたが、理由は思い浮かばない。自分はそんなに有名な大学を出た覚えも優秀な資格を収めた覚えもない。

 四十四年間の人生において自慢できることは都心の郊外でありながらも一軒家を建てることができたこと、二人の子どもを高校生まで育てることができたことくらいだ。

 あとは酒や煙草を嗜む程度にしか楽しまないこと、それからこれまでの人生を女房一筋で過ごしてきたことくらいだろうか。

 だが、そんなものが転職のスキルに結び付くとは思えない。
 修也がエレベーターの中で難しい顔をしながら考えていると、先ほどの女性が満面の笑みを浮かべながら言った。

「着きましたよ」

 エレベーターの大きな扉の向こう側には大きな社長室が広がっていた。
 大きな本棚が広がり、その中央には応接用のソファーと椅子が置かれている。
 そして、その一番向こうには社長のための大きなデスクが置かれていた。

 背後には大都会を一望できる巨大なガラスが張り詰められている。
 何か書き物をしていた社長は女性と修也の姿が見えるのと同時にペンを止めて社長室の椅子の上から立ち上がったのであった。

「初めまして、私がメトロポリスの社長、フレッドセン=克之かつゆき村井むらいです。以後お見知り置きを」

 と、フレッドセン社長は自らの手を差し出した。

 修也がその手を受け取ると、想像していた以上に社長の手が大きいことに気が付いた。それは社長がハーフだからだろうか。
 修也はフレッドセン社長の日本人離れした金色の髪に青色と黒色の瞳というオッドアイ、それに高い鼻に引き締まった体型を見て納得せざるを得なかった。
 フレッドセン社長は修也がマジマジと見ていることに気が付き、クスクスと笑うと、

「なんです。そんなに見つめられると照れてしまうではありませんか」

 と、冗談混じりに言った。それを見た修也は慌てて頭を下げて非礼を詫びた。
 だが、フレッドセン社長は気にしていないらしい。
 彼は満面の笑みを浮かべながら修也を許したのであった。
 握手を終えた後はフレッドセン社長自らが淹れたほうじ茶と子饅頭のセットを修也へと差し出す。

「きょ、恐縮です。社長自らそのような真似をしていただくだなんて」

「なぁに、気にする必要はありませんよ。あなたは近い未来に我が社を……いいや、アンドロイドと人類の将来を担っていく存在なんです。むしろ、私がこれくらいしなくてどうするんですか?」

「あ、アンドロイドと人類の未来!?」

 修也からすれば寝耳に水の出来事であった。自分は単に大企業『メトロポリス』に職があるというだけで社長の後ろで和かに笑っている女性に従ってやって来ただけに過ぎないのだ。

 それに自分には人並みの平凡な人生しか進んできていない。とてもではないが、アンドロイドと人類との共存などという大任を自分の手で果たすことができるようになるとは思えなかった。

 せっかくの優良企業の内定ではあるが今となっては辞退した方が良さそうだ。修也は席を立とうしたのだが、フレッドセン社長によって半ば強引に席へと戻されてしまう。
 いわゆる細マッチョの体系であるフレッドセン社長に対し、修也は痩せ方なのだ。

 あちらこちらにあばら骨が見えている。いわゆる痩せたおじさんである。
 そんな人物が一角の体型を持つ人物に勝てるわけがない。
 修也は体格さが改めて浮き彫りとなったことで萎縮し愛想笑いを浮かべながら席に戻った。これで場の空気が和ごめばよいかと考えていたが、修也に対するフレッドセン社長の表情は真剣そのものであった。

「いいですか、大津さん。私はあなたを我が社の一員として是非とも迎え入れたいんです。もし来てくださるのならば前職の年収における三倍の報酬をお約束致します。そればかりではありません。会社の方からあなたにさまざまな特典をお付けいたしますよ」

「特典?」

「えぇ、まずはこれをご覧ください」

 フレッドセン社長はその大きな手で指を鳴らした。すると、あちらこちらからモニターのディスプレイが表示されてそれぞれの映像の中にジムを楽しむ女性の姿やプールで楽しげに泳ぐ男性の姿、別荘と思われる田舎の豪邸のベンチの上でくつろぐアロハシャツ姿の男女の姿などが映し出されていく。

「これは我が社が引き抜いた方に対して特別に与えられる報酬の一部です。無論、これは家族にも適応されます」

 そういえば家族に対して最後に旅行に連れて行ってあげたのはいつの日のことだっただろうか。
 修也は遠き日の記憶に想いを馳せて行ったが、ついに答えには辿り着けなかった。
 とてもではないが旅行に行く余裕などなかったのだ。
 海外旅行などもってのほか、国内ですら行ったことがない。
 そんな修也に対してフレッドセン社長はフレンドリーな笑顔を浮かべながら言った。

「どうぞ、これは御社に入社した人に与えられる当然の権利ですので、宜しければご家族と共に向かわれてはいかがですか?」

 提示される条件は破格だ。受け入れた方がいいだろう。修也はフレッドセン社長が差し出したお茶を啜りながら思った。
 だが、次のフレッドセン社長の言葉で修也は凍りつくことになってしまう。

「引き受けてくださいますね? 我が社の無人惑星からの積荷を宇宙生物や蛮族たちの手から護衛する『ガーディナル守人』の仕事を」


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