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第4部 皇帝の帰還

史上最大の攻防戦ーその②

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ヴィトはもう一度の絶好の機会とばかりに、剣を構える。
「やる気なのか?お前も懲りない男だ」
だが、ヴィトはスメウルグの挑発を物ともしないようで、口元を緩めていた。
「癪に触る男だ……まあいいわ、余の剣で今度こそお前を掻っ捌いてやろう! 」
スメウルグはヴィトに向かって剣を構える。両者とも再び合間見えた。




何度目の剣の打ち合いだろう。刃物と刃物がぶつかる音が聞こえるのは……。
孝太郎も絵里子も何も出来ずに、ただひたすら二人の戦いを眺めているだけだった。
なんという事だろうか。自分たちは数多くの死線をくぐり抜けてきた刑事だというのにこんな場所で役に立てないなんて。
孝太郎はそれこそ、爪が食い込むほど拳を強く握り締める。
「大丈夫なの、孝ちゃん?」
絵里子は弟の動揺っぷりに気を揉んでしまったのだろう。心配そうな眼差しを向ける。
「大丈夫さ、それよりも、問題はヴィトさんの方なんだ。ヴィトさんはあんな風にスメウルグと互角に勝負を繰り広げているけど、おれや姉貴じゃあ手も足も出ない相手なんだぜ、応援もできずにな……」
「孝ちゃん……」
絵里子は今にもスメウルグに殴り掛かろうとする弟の右手を強く握り締め、
「大丈夫よ。孝ちゃんはできる子よ。それはあたしが保証する」
「姉貴……」
孝太郎は改めて、姉の顔を覗き込む。
自分の特攻を心の底から心配する顔。戦いを辞めさせようとする優しい顔。
孝太郎はそれだけで、助けられてしまう。孝太郎は今、自分にできる役割を理解すると、姉の手を握り返し、
「ありがとうな、姉貴……姉貴の言葉におれは助けられたよ」
「孝ちゃん……」
絵里子が孝太郎の言葉に瞳から透明の液体を落とそうとしている時だった。
「危なかった……まさか、おれの背広を破っちまうなんてな」
孝太郎は目を離していた、ヴィトとスメウルグの決戦の場を凝視する。
そこには、白色のワイシャツと紺色のスラックスをしているヴィトの姿が確認できた。
「コンシリエーレ!?あなたの鎧兜は!?」
「あの野郎の両手に触れられた瞬間に、全部消えちまった……野郎、一体どんなまほうを?」
孝太郎は自分の痛恨のミスに気がつく。スメウルグが『分解魔法』を使えるという事実を。
孝太郎は慌てて、スメウルグが分解魔法を使える事を伝えるが、
「ふん、もう遅い、後の祭りよ、アランゴルン・ゴンゴール。いや、ヴィト・プロテッツオーネよ、お前の命運はここに尽きた」
「待ってくれ! ここはおれがお前の……」
孝太郎の言葉は本来ならば、「おれがお前の相手だ」と続くはずであった。
だが、そうはならなかった。孝太郎の上司であるヴィトがその言葉を遮って、叫んだためである。
「勝手に人の命運を決めつけるんじゃあねぇ、それにおれ達ギャングの世界じゃあ、『命運は尽きた』なんて、言葉を軽々しくは使わねーんだ。その言葉を使うのは、相手の生命を絶った時。その事をドンに報告する時に使う言葉だ。間違えても、戦いの最中に使う言葉じゃあない」
ヴィトは心の中に浮かべていた、「おれはたまに使っていたかもしれんが」という言葉を飲み込み、スメウルグに剣を向け直す。
「ならば、お前はどのような言葉を使うのだ?」
「あいにくだが、抗争の最中は相手を煽る言葉しか考えてねーんだ。どうしても言うのなら、教えてやらんでもないが……」
「いや、いい、そんな言葉を聞いたとしても、それはお前の遺言になるからなァァァァ~!!! 」
スメウルグは剣を振り上げて、ヴィトに斬りかかるが、ヴィトはスメウルグの剣を自分の剣の刃で受け止め、緩み切った唇の端を舐めながら、
「ならば、教えてやるよ。ギャングの世界でよく使う言葉さ、『出来る、出来ないじゃなくて、やるか、やらないか』という言葉さ、魔法だって試してみる価値はあるぜ」
ヴィトはそう言って、剣の塚から、右手を放して、その右手をスメウルグに向ける。すると、
「な、何だと!?余の鎧が急に重く!?」
『重い』という言葉に、孝太郎はこれまで記憶の片隅にしか存在していなかった、ある魔法師の存在を思い出す。
『おれをタッタリアと呼ぶくらいなんだから、あんたはそれ以上の強さなんだろうな?中村孝太郎さんよぉ~』
フランク・カモンテ。ボルジア・ファミリーの一員で、トミー・モルテと同様にコニーの命を狙った悪党。
フランクの使っていた魔法は極限硬度という物質を極限にまで、重くする魔法だった。
ヴィトも同様の魔法を使っている。となると?
孝太郎はヴィト・プロテッツオーネこそが、フランク・カモンテの直系の先祖なのだと判断した。
フランクは見下げ果てたゲス野郎だったのに、先祖はこんなに立派な人物だったとは。
孝太郎は苦笑するしかなかった。
そんな時だ。ヴィトの叫ぶ声が聞こえたのは。
孝太郎はヴィトとスメウルグの対決場所を凝視する。
鎧と兜の予想外の重さに苦しんでいる、スメウルグの姿と、そのスメウルグの頭をカチ割ろうとしているヴィトの姿。
このままいけるか。ヴィトを応援する孝太郎の手がべたついた時だった。
「貴様の魔法にはつくづく驚かされるばかりだがな、アランゴルン……余の魔法を忘れたのか?お前の魔法を『分解』すれば……」
魔法は簡単にばらけてしまう。孝太郎は急いで、ヴィトの応援に向かおうとしたが、その前にヴィトはスメウルグの剣により、脇腹を傷付けられてしまう。
ヴィトは痛みにより、悶絶する事は無かった。それは目を瞑りながら、そのまま歯磨き粉のコマーシャルにでも出れそうな真っ白な歯を噛みしめている事で、我慢している事からその事実は明白だ。
だが、流石に体自体は耐えられなかったのだろう。
そのまま、地面に崩れ落ちてしまう。
「ハァハァ、畜生が……」
「本来の魔法をお前も使えたのはいささか驚いたが、それも『いささか』に過ぎないレベルだ。皇帝も堕ちたものよ」
スメウルグがヴィトの腹を足蹴にしようとした時だ。
孝太郎はスメウルグの顔に向かって、オート拳銃の銃口を放つ。
「小僧、死にたいらしいな?」
スメウルグはヴィトを攻撃するのをやめて、こちらに歩みを進める。
「おれは刑事だ。お前のようなクソッタレを逮捕するのを生き甲斐にしてきたような男だぜ、おれは」
孝太郎は銃を震えさせる事なく言ってのける。
その様子に、スメウルグも感心したようで、パチパチと手を叩いている。
「大した男だな、お前は、だが、勇気と蛮勇の区別くらい付かさせなければ、ならんだろうな?お前には……」
スメウルグは孝太郎に向かって、剣を構えて、真っ直ぐに斬りかかる。
孝太郎はもう一度拳銃を放つが、スメウルグに当たっても、ダメージには至らない。
結果通りだ。孝太郎は下唇を噛み締めながら、もう一度発砲するが、これもまた同じ。
スメウルグは蚊にも刺されていないような感覚で、こちらに向かってくる。
そして、孝太郎の拳銃を剣で貫き、
「大したおもちゃだ。人間は余の眠っている間にこんな面白いものを発明したらしい……何というのだ?」
スメウルグの問いかけに孝太郎は応じようとはしない。
絶対的な恐怖。圧倒的な強さが、彼の口を閉ざしているのだ。
だが、孝太郎は姉を守らなければという思いだけで、勇気を振り絞り口を開く。
「銃だよ、火薬を使って動かす、人類の発明品だよ、お前の眠っている間に世界は色々と変わったんだぜ」
「ほう、教えてくれた事には礼を言おう。せめてもの褒美だ。楽に殺してやろう」
スメウルグが剣先で、孝太郎の心臓を突き刺そうとした時に、孝太郎は自分の右手を使い、スメウルグの剣先にヒビを入れさせる。
「良いのか?お前は楽に死ぬチャンスを不意にしたのだぞ?」
「お前のような巨悪を放って、死ねるかよ。姉貴も守らなくちゃあいけないしな」
孝太郎はふてぶてしい程の笑みを浮かべながら言った。
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