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第4部 皇帝の帰還

ロシアン・マフィアの報復

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そんなルーシーに追い討ちをかけるかのごとく、レフ・ココーシンはどこか遠くの景色でも見るような視線で、部屋の金と黒で基調された壁紙を眺めながら言った。
「昔の話だがね、ミス・カヴァリエーレ。私は1910年代にこのアメリカ合衆国に渡ってきたんだよ。アメリカでロシア系移民として、私は頑張ったよ。そこで、家族も持った。私は一人娘を授かったよ。丁度ここら辺で、私は暗黒街に関わった。1930年代の前半には密造酒で一時代を築く事に成功した。だが、娘はそんな父親に嫌気が差したのだろう。私の前から姿を消した。私は娘の行方をずっと追っていた。だが、娘が見つかった時にはもう遅かった……娘は結婚相手と一緒に何者かにマシンガンで撃ち殺された。蜂の巣にされたんだッ!あんなに可愛い子を……」
レフの語気が荒くなっていく様子が分かる。と、同時にルーシーの側に立っていた、ファミリーの顧問弁護士ジョセフ・"ジョー"・マークスが冷や汗を垂らす。
心あたりがあるのだろう。生唾を飲み込む姿を絵里子は目撃した。
大きな息を吸って、気分を落ち着けたのだろう。レフは穏やかな口調に戻った。
「すまんな、私も感情が昂ぶる事はあるんだ。死んだ娘のことを思い出すと、ついな……」
ルーシーは何事も無かったかのように愛想笑いを浮かべ、レフに気にしなくて良いとばかりに、落ち着いた様子だ。
「悪かったな。私の昔の話に戻ろうか……私は二年前……私は我を忘れそうになった。直ぐにでも娘を殺した犯人を八つ裂きにしてやりたいとな……だが、ここで思いとどまったよ。娘も暗黒街に足を踏み入れた女。彼女の死もやむを得ないとな……」
レフはここでキューバ製の葉巻を吸い、深々と椅子にもたれかかる。
「いや、そうでもしなければ、強大な南部のゴロツキのイタ公共と一戦交えなければならんと言う事実が、私の気持ちを押し殺したんだッ!」
再び語気が強くなる。ルーシーはレフに警戒するような目を。ジョーは助けを求めるような弱々しい目を絵里子と明美に向けていた。
「私はチャンスを待った。二年だッ!私は二年もの間、必死に耐え忍んだッ!そして、いよいよ嵐が止んだ後、イタ公共が油断し切っている時に報復を企てようとしていた、時だよ。そこに鮮やかな一筆が加わったんだ。私自身の手で、最も憎むべき人間を始末できるチャンスをなッ!何でも、あるお方の復活のために、一人の極悪人の血が要るんだと、そいつらは告げてな、コイツをオレにくれたよ……」
レフは机の上に全身が黒に覆われた長身の形の良い剣を置く。
「コイツで、極悪人の生き血が要るんだとなッ!そこで、あんたにお鉢が回ってきたんだよ。ドン・カヴァリエーレ! 私は元からキューバ利権をキミに譲り気なんて無かったんだ……キューバ利権は私の友人たちに分配する予定だったからな、さてともうお喋りはいいだろ?」
「それは戦闘開始の合図という事かしら?」
ルーシーは敢えて挑発するような言葉を言ってみせる。
相手を怒らせて、隙を作るつもりだったが、歴戦の老戦士にはそうもいかないらしい。怒る気配は微塵も感じられない。
「フフフ、ドン・カヴァリエーレ。よく考えてもみたまえよ、私を挑発して何になる?私の後ろに護衛が控えていることを忘れたのかね?それに、この距離ならキミが引き金を引くよりも前に、私がこの剣を鞘から引き抜いて、キミの喉元に刃を突き刺す方が早いに決まってるさ」
「人間が銃の発射速度に追い付けるとでも言いたいのかしら?」
ルーシーは用心のために懐に拳銃を仕込んでいたのだろう。今も懐に手は入れたままだ。
「試してみるかい?最も今でもパパと乳を揉み合っている女に引き金に手を当てる勇気があるとは思えんがね」
絵里子はレフの挑発の言葉に、聡明な女ボスが彼女らしくもなく、全身をプルプルと震えているのが確認できた。
父親を馬鹿にされた事に余程腹を立てたらしい。今にも引き金に手をかけそうだ。
いや、震えているのはルーシーだけではない。気弱そうな彼らしくもなく、頰を紅潮させている。
「フフ、撃ってみろよ?私を殺した瞬間に、背後の部下がキミらを撃ち抜くのは、火を見るよりも明らかだがね……」
ジョーはその言葉を聞いた途端に、それまでの怒りで興奮した顔を引っ込めて、青ざめた顔を浮かべていた。
「さてと、私に殺されるか、部下に蜂の巣にされるかしかない、哀れな女に一つお祈りの言葉でも唱えてやるか……」
レフは息を大きく吸ってから、テレビドラマの演出のように小さく息を吐いてから、この部屋全てに響き渡る声で、
「天にまします我らが聖なる主イエス・キリストよ。これから地獄へと向かう愚かな囚人の罪をお許しください。ここにいるカリーナ・"ルーシー"・カヴァリエーレは南部出身にもかかわらず、大人になっても父親と乳を揉み……」
だが、その言葉は最後までレフ・ココーシンの口から放たれる事はなかった。
何故なら、レフが最後の言葉を言い放つ前に、ルーシーの後ろに立っていた丸渕のメガネを掛けた女が、レフの手下の男の左脚を撃ち抜いたから。手下の男は左脚を抑えながら、その場で呻いている。
「酷いわッ!いくら、ドンがあなたの娘さんの仇でも、そんな風に言う事は無いじゃあない! 父親をずっと尊敬している彼女にそんな事を言うなんて、あなた人間失格よ! 」
明美の絶叫するような声に、レフの護衛はたじろいでいたが、レフ自身は口元に薄っすらとした笑みを浮かべているばかり。
怖がっている様子は微塵も見せない。
「どうかね、この女が一種のファーザーコンプレックスなのは、変わらない事実なんだよ。キミ?カヴァリエーレ・ファミリーは日本人の女を護衛として雇うようになったのかね?他の護衛はいないのか、ドン・カヴァリエーレ?」
「彼女は信用できると思って、任せたのよ。言っておくけれど、あなたの護衛の事を心配したらどうかしら?あなたの護衛くらいなら、簡単に撃ち抜けるわよ」
ルーシーはベレッタの銃口をレフから、護衛の男に向け直す。
ここで、男にようやく正気が戻ったのか、トンプソン機関銃の銃口をルーシーに向ける。
だが、ルーシーがベレッタを撃つよりも前に。
「ぐっ、くそう……おれの肩をォォォォ~!!! いてぇよぉ~ちくしょう! 」
「どうして、あなたが?」
ルーシーは背後で引き金を引いた人物をじっくりと見つめる。
「簡単な事、あなたが撃ったら確実にあの男は射殺されるわ、だから、あたしが法の裁きを受けさせるために、ワザと肩を撃ったのよ」
絵里子の解説にルーシーは成る程ねと微笑を浮かべながら、軽く頭を頷かせている。
「ありがとう、わたしを救ってくれたのね?」
「ええ、あなたはこの世界ではあたしのドンだもの! それに、あたしもアイツを許せないし……」
絵里子はいつの間にか取り出した、オート拳銃の銃口をレフに向けている。
「フフフ、どうやらキミもカヴァリエーレと同じ人種の女らしいな、賢そうだがね。いや、思い出したぞ、アパッチには肉親同士で……」
「それ以上言ったら、確実に頭を撃ち抜くわよ」
絵里子はレフに冷たい目を向けながら言った。
「怖いね、だが、これには勝てないとだけ言っておくよ。この剣は彼らが製造した中で、最強の威力を誇るらしいからな」
そう言うと、レフはハヤブサよりも早いスピードで(少なくとも、カヴァリエーレ・ファミリーのメンバーにはそう見えた)鞘から剣を取り出し、そのバチバチという電撃を放っている剣先を四人に向けた。
「下らない御託はもういいだろう、キミたちを始末させてもらうよ」
絵里子は怯えた様子を見せる事なく、冷静な様子で、レフに拳銃を向け続けていた。
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