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第4部 皇帝の帰還

血の掟(オメルタ)

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ファミリーへの入団を巡るにあたり、避けては通れないものがあることを孝太郎は知っていた。それは儀式。そう、ファミリーのボスと血の掟オメルタを結ぶことである。
孝太郎たち白籠市のアンタッチャブルたちは台所近くの大きな部屋に案内された。
洋風の古代からの貴族を思わせる厳かな部屋は、まさにボスとファミリーの構成員が誓いを結ぶには最適な場所なのだなと分析した。
部屋は大きな長形の机を中心に周りに椅子が置いてあり、部屋にはファミリーの幹部と思われる男女がテーブルについていた。
「諸君、ここにいる4人は私の命を救い、尚且つ、ファミリーに対しての忠誠心がある事を明白にしている! 私はこの功績から、彼らをファミリーの一員として迎えたいのだが、構わないだろうか?」
女ボスの側の席に座る相談役の言葉に異論の声は上がらない。
どうやら、全員が全員孝太郎たちのファミリーへの加入を歓迎しているようだ。
「それでは、ここで彼らの忠誠をご覧いただこう! 」
ヴィトは一本の鋭利なナイフを取り出し、アンタッチャブルの全員の親指から血を聖母マリアの写真に垂らさせる。
「じゃあ、一つだけ聞くわよ。あなた達はわたしが殺したいと思いたい人物には躊躇なく引き金を引けるわね?例え、親兄弟でも……」
「ええ、問題はありません」
孝太郎は躊躇なく答える。姉を撃つのだけは我慢できなかったが、それ以外の家族に関心はなかったから、躊躇はない。
「なら、次の言葉を復唱して、『私が我らの生き方の秘密を裏切る事があれば、この魂が地獄で焼かれん事を、この聖人のように……』」
女ボスの言葉を4人は復唱する。
「アメーコ・ノストラ」
イタリア語でマフィアの世界へようこそという言葉を呟いた後に、女ボスは4人を軽く抱きしめ、頸に口づけを交わしていく。
それから、女ボスはボスの椅子に戻り、ファミリーの幹部と思われる男女に4人を紹介する言葉を述べていく。
幹部からの拍手の中で、孝太郎たちはカヴァリエーレ・ファミリーに迎え入れられた。その後はルーシーがファミリーのルールを喋り始める。一通りの説明が終わり、孝太郎たちはようやく一息つく。
儀式が終わり、姉と女ボスが何やら話しているのを孝太郎は目撃した。
孝太郎は耳を澄まして、2人の会話を聞き取る事にする。
「そう言えば、ドン。名前を聞いていませんでしたね。あなたの名前は?」
「あら、ごめんなさい。あたしの名前はカリーナ・"ルーシー"・カヴァリエーレ。ルーシーと呼んでちょうだい」
ルーシーね。孝太郎は女ボスの名前がようやく分かったことに苦笑する。
そして、何故女ボスが名前を紹介する機会がなかったのかを考える。
と、ここで表の方から笑い声が聞こえたのを孝太郎は見過ごさない。
笑い声の主は片方は聡子らしいが、もう片方は聞き覚えのない可愛らしい声だ。
「それでさ、孝太郎さんがさ、淀川健一率いるバイカーの奴らをケチョンケチョンに蹴散らしてさ~」
「それで、それで?どうなったの?」
聡子は金髪の小柄な少女と談笑していて、それで話が盛り上がり、つい声が大きくなってしまったのだろう。
可愛らしいが、何処か男勝りのような気がする少女は聡子に次の話をせがんでいる。
ここで、孝太郎の存在に気が付いたのだろう。
聡子がバイカー集団アース・モンタナと自分の戦いの詳細を尋ねる。
聡子の話は大方合っていたが、少しばかり違う場所があるので、修正してやる事にする。
「淀川健一が切れたCMって1957年のルルのCMじゃなかった?」
「違う、違う1954年の森永製菓のキャラメルのCMだよ。あのCMに出てくるお父さんが、会議の途中にキャラメルを出したのを怒っていたはずだよ」
「どうして、CMに怒ってたの?淀川健一は?」
少女の疑問に孝太郎はさてなと首をかしげるしかなかった。肝心の孝太郎も淀川健一がそんな大昔のCMに切れた理由は分からないのだから。
「興味深い話だな、3年前の日本のCMかい?」
孝太郎は背後にコンシリエーレが迫っていた事に驚きを隠し得ない。
「いやいや、今日は向こうの世界に行く予定だったからな。しかし、マリア……扉の前で待っていたのかい?」
端正な男の言葉にマリアと呼ばれた少女はうんと元気一杯に叫ぶ。
「それは悪かったな。退屈だっただろ?」
「ううん、あたし眠くて……ヴィトが何かお話ししている間はずっと寝てたから、心配しなくても、大丈夫よ! 」
健気な少女を見て、孝太郎は彼女がヴィトの娘なのだと思ったのだが、孝太郎の心境を見透かしたようにヴィトが目の前の少女の説明を始める。
「ああ、言っていなかったな、彼女の名前はマリア・ド・フランソワ。フランソワ王国の女王で、カヴァリエーレ・ファミリーの最大の協力者だよ。おれは彼女の補佐役も兼ねているんだ」
「補佐役?」
「ああ、なんと言ってっても彼女は政治に関しては初心者だからな、おれが協力してやらなくちゃあな」
孝太郎はヴィトが何を言っているのか理解できなかった。この時代の地球のどこにもフランソワ王国なる国は存在しないし、イタリア半島の事を指しているのだとしても、王国というのは妙だった。
イタリア王国は確か、1945年にムッソリーニ政権と共に崩壊した筈だったから。
孝太郎は意味が分からないと説明する。ヴィトは最初は怪訝そうに眉を潜ませていたが、直ぐにニコリと笑い、
「すぐに分かるさ」
孝太郎の頭を撫でる。




「それじゃあ、行ってくるわよ。頼むわよ、わたし達の用心棒さん」
ルーシーはそう言うと、絵里子と明美を引き連れ、例のロシアン・マフィアのボスとの会談に向かう。
「それじゃあ、おれ達も向かうとするか……今日だったしな、おれが世界審判教撲滅運動で、帝国正教会から褒美を貰うのは……」
イギリスの事を話しているのだろうか。孝太郎と聡子はお互いに顔を見合わせる。




ロシアン・マフィアのボス。レフ・ココーシンは今年で、70を過ぎた高齢の男ではあったが、口調はしっかりとしており、和かにルーシーを迎え入れる。
「ようこそ、ミス・カヴァリエーレ! さぁさぁ、ゆっくりしていってくれ」
「そういう訳にも参りませんわ、今日はマイアミについての事で、お話に参ったのですから」
絵里子は二人がキューバ利権について話すのだろうと推測した。
1959年。この年にキューバ革命が勃発するまでは、キューバはアメリカのマフィア達の楽園であったのだ。
実際にキューバでアコギな商売を行なっていた、マフィア組織は多いと学校で習った覚えがある。
その例が、マイアミからやって来たというレフ・ココーシンなのだろう。
絵里子は学校で学んだ著名なマフィアに出会えた事に少しばかり感動していた。
彼はアル・カポネに並ぶ有名なマフィアであり、教科書に出てくる怪老人というような特徴的な顔を絵里子はハッキリと覚えていた。
「どうしたんだね、護衛のお嬢さん?私の顔に何か付いているかね?」
「いいえ、何でもありません。あたし達はキチリと仕事を務めあげますから、商談のお話を」
絵里子は無理矢理作った笑顔で答える。
「そうかね、しかし彼女は妙な服を着ているね、ミス・カヴァリエーレ」
「ええ、彼女なりのファッションスタイルだと思いますわ、男子に近い格好をする事で、自分は男以上であると証明したいのかも」
黒色の女性用スーツを着た絵里子とは対照的なホワイトカラーのシャネルのニットワンピースを着た、ルーシーは苦笑しながら答える。
「ふふふ、面白そうなお嬢さんじゃあないか、何となく娘を思い出すよ。2年前に亡くなったな……」
ルーシーは「2年前に亡くなった娘」という言葉に反応したのだろう。一瞬だけ冷や汗をかいたのを絵里子は見逃さなかった。
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