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聖杯争奪戦編

トニー・クレメンテの介入

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トニー・クレメンテは久しく、愉快な気分であった。何故なら、先ほどアフリカ大陸に存在する小さな王国の暴君を殺害したばかりだったからだ。依頼内容はその国王を暗殺し、尚且つ共産主義国家の介入を防ぐために、早急にこちらの用意した国王を認めさせる事。トニーはこの仕事を僅か三日間で終了させた。悪政を敷く専制君主はトニーの銃弾であの世に送られ、その後は西洋諸国が用意した軍隊が、王宮を制圧。
まさに完璧な計画であった。トニーは横須賀基地での仕事を失敗してからは、その失態を取り返すようにあちこちの国で依頼をこなして来た。そして、この一件でようやく西洋諸国の信頼を取り戻せた。
微笑みは止まらずにはいられない。トニーが愉快な気持ちで、ヘミングウェイの短編集を読んでいると、客室乗務員の女性から、コーヒーか紅茶かどちらにするのかを尋ねられた。「紅茶」とトニーは迷う事なく答える。昔から、コーヒーよりも紅茶派だ。
だが、ジェームズ・ボンドのようにどちらか一方の飲み物に悪口は言わない。トニーは仕事以外での争いを好まない。
例え、そんな主張があったとしても、人前で出すべきではない、トニーはそう思っていた。
考え事をしていると、本当にあっという間である。まさに一瞬の出来子供と言うべきだろうか、客室乗務員が笑顔で紅茶を手渡す。トニーは紅茶を手に取ると、アールグレイの匂いを楽しみ、それから紅茶に手を付ける。こうやって、仕事の後に紅茶を楽しむのはトニーの楽しみの一つだ。
いや、三件に一件の後は個人的なバカンスを楽しんでもいる。
お気に入りの場所はグレートブリテン及び北アイルランド連合帝国のコッツウォルズ。フランク王国の首都パリの一地区であるマレ地区。ユニオン帝国のハワイ諸島。
大韓朝鮮人民共和国の首都ビッグ・ソウル。そして、日本共和国のビッグ・トーキョーだろうか。最も、ビッグ・トーキョーは少し前に仕事で訪れたばかりだったが。
だが、トニーはビッグ・トーキョーが好きだった。日本文化が彼は昔から好きだったし、いつだって日本の芸術品は自分の心を慰めてくれる。彼はあんな目に遭っても、日本が好きなのだろう。
その証拠に彼はビッグ・トーキョー行きの飛行機に乗っているのだから。
トニーは日本に行けば、葉巻も吸えなくなるのだから、今のうちに吸っておこうとでも思ったのだろうか、高価なキューバ王国製の葉巻を吸う。
いつ、吸ってもキューバの味は自分を至福の時を感じさせてくれた。



トニー・クレメンテは朝の7時に空港に到着し、日本の土を踏んだ。
幸いにも、夜中まで降っていた雨も止んだらしく、今日は楽しく観光が楽しめそうだ。トニーが考えた時だった。ゲートの方から、喪服のような全身真っ黒のスーツに身を包んだ一団が向かってくる。
ゲートから現れたのは、大久保外務大臣であった。トニーも顔くらいは知っていた。
大久保は笑顔で会釈して、トニーに右手を差し出す。
「あの、申し訳ありませんが、私は握手はしない主義でして……」
トニーが申し訳なさそうに言うと、大久保は笑いながら「そうだった」と言うばかりだ。
「で、私に何の用でしょうか?まさか、私に仕事でも?」
「その通りだよ! キミにはある男を始末してもらいたいんだ。向こうの方で話してもいいだろうか?」
大久保は自分が乗ってきたと思われるトヨタの黒色のセンチュリーを指差す。
「構わないが……私は休暇で日本を訪れたんだよ、あまり拘束しないでほしいね」
トニーは大久保に釘を刺してから、トヨタのセンチュリーに乗り込む。



中は流石は外務大臣の車とでも言うべきだろうか。中々、贅を尽くして作られている。最高級のアライグマの毛皮を使っているのだろうか。乗り心地の良いシート。
トニーの目の前には小さなバーとテレビが備え付けられている。
「で、こんな贅を尽くした車に乗せて……車を自慢するために私を呼んだんですか?」
トニーは心底うんざりしたかのような口ぶりで尋ねる。
「ノー! 勿論違うよ! キミにはある人物の暗殺を依頼したくてね……」
大久保は黙って、一枚の写真をトニーに手渡す。
「ほう、とうとうあの男を……」
「そう、宇宙究明学会の会長、昌原道明を殺してほしいのだよ、無論、報酬は弾もう! できないのならば、村西秀夫でも、赤川友信でもいいッ!とにかく、宇宙究明学会の幹部なら、誰でもいいから殺して欲しいのだッ!」
トニーは黙って、写真を眺めていた。日本のみならず、海外でも暗躍する不気味な教団。人民寺院のジム・ジョーンズの再来とも、世界審判教のライター・ヘンプの再来とも言われる男。
そのカリスマ性と話術は抜群だった。自動翻訳機こそ使用しているものの、昌原は海外で、信者を確実に増やしていた。
アメリカでは五大ファミリーの幹部さえも、学会に出家しようと、揉め事を起こした例も聞く。特に共産主義国家では昌原道明を使って資本主義革命に持ち込もうとする動きが多々ある。
特に、北京人民解放連盟の盟主国北京人民共和国は宇宙究明学会による暴動に頭を悩ませている。
つまるところ、外交問題に行き詰まった日本政府が昌原を消して、諸国に恩を売っておきたいのだろうか。
トニーはそう考えたが、大久保の考えは違うようで、鼻で笑われてしまう。
「フフ、違うよ、昌原を消したいのは我々の意思だ……奴はこの日本で近々誰も考えた事がないような、大きなテロ事件を起こそうと画策しているらしい、私がリークした情報では、四国で大きなテロを仕掛けるらしい」
「どのような?」
「それは、まだ分からん……だからこそ、キミの力が欲しいんだ」
成る程。だからこそ、裁判で昌原の背後関係を調べる暇もなく殺しておきたいらしい。未曾有のテロを防ぐために……。
「分かりました。全力であたってみようと思います」
「それでこそ、トニー・クレメンテだよ、キミならば、分かってくれると思っていたよ、この任務を終わらせた後はノンビリと日本で過ごすといい、中村孝太郎が何をしようとも、キミに手を出せない状態にしてあげよう」
「ありがたいですな、涙が出そうだ」
トニーは嫌味っぽく言ったつもりだったが、大久保には伝わっていないようだ。相変わらず不敵な笑いを浮かべているだけだ。




ヨシフ・ベレズスキーとニキータ・マレコフの両名を応援の警察に引き渡し後は、今度は大勢の警察官による厳戒な警備の中で、特急に乗る事が許された。
「名古屋には何時に着くんだっけ?」
聡子はあまり特急には乗らないためか、目を輝かせながら尋ねる。
「そうだな、今が10時を少し過ぎたくらいだからな、1時間後には着くだろう……」
孝太郎はそう言うと、孝太郎は安堵したように席で眠りこける。
「あっ、寝ちゃってるよ」
聡子はあどけない表情で眠っている孝太郎を冷やかすような声で言ったのだが、絵里子は全く気にしない様子で、孝太郎に近付き、孝太郎の前髪を優しく撫でる。
「懐かしいわね、昔ね、孝ちゃんと一緒にお昼寝した事があるんだけれど、その時に孝ちゃんがあたしの方に寄りかかってきてね、『お姉ちゃん』と言って甘えてくるのよ、もう可愛くて……」
と、姉の慈愛の目で孝太郎の前髪を撫でている絵里子の姿が新鮮だったのか、二人は目を丸くするばかりだ。
「昔は孝太郎さんも甘えん坊だったんだなぁ~お姉さんのあんたに懐いてたの?」
「ええ、孝ちゃんは小さい頃はヤンチャだったけれど、あたしをよく守ってくれたわ……そうも……」
『あの時』という言葉が出た時に絵里子が一瞬悲観するような瞳をしたのを二人は見逃さなかったが、敢えて気づかない振りをする。今はこの平穏な時を楽しみたかったから……。
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