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聖杯争奪戦編

ロシアとの密約

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ロマノフ帝国外相ドミトリー・スターリンが日本共和国公邸を訪れたのは、テロリストと教団の密談が終わってから、丁度1日という時間が経過してからの事であった。
「ミスター大久保。そろそろ、調査機関の終了です、本多太郎を一度こちらに見せてほしいのですが」
「それはお約束できません」
と、答えたのは日本共和国外相の大久保真司であった。大久保は祖先の大久保利通と同様に顎に立派なヒゲを蓄えた人物であり、尚且つ外国には媚を売らない。関係を悪化させるような事も言わない。いわゆるブレない政治家として有名な人物であった。
「参りましたな、実はここのところ我らが女王陛下が、ずっと本多太郎のことを催促しておりましてな、ここら辺でそろそろそちら側の鑑定は終わりにさせていただき、こちらの方に引き渡してほしいのですが……」
ドミトリーは腕を組みながら、用意された官邸の椅子の背もたれに背中を預けながら言った。
「無理です、彼の精神鑑定にはまだ時間がかかる……とだけ仰っておきましょう」
その大久保の言葉を聞くなり、ドミトリーは待っていましたとばかりの微笑を浮かべた。
「よろしいのですかな?ロシア政府としましては、あなた方は国際条約に違反していると、全世界に訴えてから、本多太郎の身柄を確保するという名目で、こちらに艦隊を派遣することも可能なのですが……」
「ほう、ならば日本共和国としても、厳重に抗議しましょう、国際社会にあなた方のを訴えさせていただきます」
その大久保の顔にはどこかしらの凄みというものがあり、ドミトリーは思わず体を震わせてしまう。
「どうでしょう?我々は隣国同士の間柄ですから、あまりそういう事はしない方がよろしいのでは?」
「ならば、こちらの方に大義名分がある事を国際社会に知らしめるまでです」
ドミトリーは大久保に負けずに拳を震わせて言い返す。
「まぁ、ここら辺で争っていては仕方がないでしょうな、で、あなたが官邸を訪れた理由はそれだけではないでしょう?」
大久保の笑い顔にドミトリーは教祖には何もかも見透かされていると信じ込んでいるカルト教団の信者の気持ちを悟った。
「ええ、そちらの方にテロリストが渡った筈なのです、あなた方が彼らの身柄を拘束してほしいのです」
「で、こちらの見返りは?」
「千島列島における今年の日本側の漁獲量を増やす事を許可しましょう」
その言葉に大久保は首を横に振った。
「テロリストを捕まえる見返りが、それだけですか?そんなものは結構です、こちらからの条件はたった一つ……本多太郎の件を諦めてほしい、どんな理由があってあなた方の国に亡命しようが、本多太郎はこちらの国においては、死刑判決を受けるに値する人物なのです、あやつは五人もの罪のない若者を殺した殺人鬼ですから」
大久保は腕を組みながら、ドミトリーを見下すような視線を向ける。
「……分かりました、本多太郎の件は女王陛下によく相談してみましょう、その代わり……」
「テロリストの事はこちの方にお任せください、最適な人物がおりますので」
「誰です?」
「本多太郎を逮捕したあの警官ですよ……」



同日、深夜。白籠市白籠署公安部室。
「宇宙究明学会の様子はどうだ?」
中村孝太郎は二日続きの徹夜のためか、起きるために手放さないブラックコーヒーを片手に学会に関する資料を持った明美に尋ねる。
「最近になって、一人のロシア人の信者が消えたと噂になっています、何でも元々は白籠道場の道場長を務める熱心な信者だったので、脱会したのはどうもおかしいという噂が……」
孝太郎は昌原が殺したのだと推定した。昌原は自分を偉いと洗脳させる。あるいは金を信者からむしり取らせるためには何でもする男なのだ。実質、トミーを逮捕した時には入院に必要なほどの薬の量が検出されたのだから。
「問題は……違法な薬物をどこで入手しているという事よ、海外かあるいはヤクザからの流出なのか……もしくは昌原が自分の魔法で幻覚剤を作り出しているという説もあるわ」
と、絵里子は孝太郎同様にコーヒーを啜りながら言った。
孝太郎は姉の言葉を聞き、恐らくその全てだろうと考えた。特にトミー・モルテが服用していたデビル・ヘブンは世界でも製造されている国が限られており、そこから入手するとなると、いくら信者から布施と称して、むしり取った金があろうとも、毎回洗脳のために使うために大量に購入する事は不可能だろう。
となると、昌原が自分の魔法で作り出したと考えるのが妥当だろう。そして、その他の薬物はヤクザや海外マフィアから仕入れる。そうなれば、教団はヤクザや海外とも繋がりを持てる。こう考えるのが妥当だろうと孝太郎は考えた。
「ともかくだ……強制捜査は一ヶ月後なんだ、信徒被害者の会や坂山さんや実山さんだって、おれたちに味方してくれているんだッ!何としてでも……」
孝太郎が部屋にいる全員に演説を行っていた時だった。突然、部屋の扉が破られた。
「おい、中村くん! 大変だ! 政府のお偉いさんがキミに会いに来ているぞッ! 急いで、署長室に来てくれッ!」
その言葉に従い、孝太郎は署長室へと駆け足で向かう。
署長室の扉を開けると、そこにはテレビでもよく見る大久保真司外務大臣が署長室のソファーに座っていたのだ。
「キミが、中村孝太郎くんだね?」
その第一声に孝太郎は勢いよく「はい! 」と叫ぶように答えた。
「まぁ、かけたまえ。私はキミに話があって来たんだよ」
「話ですか?」
孝太郎が向かい側のソファーに座るのを見届けてから、大久保は話を続けた。
「ああ、今日の昼のことなんだがね、ロマノフの外務大臣たるドミトリー・スターリンが官邸を密かに訪れたんだ」
「スターリンが!?」
「ああ、アイツは本多太郎の身柄をこちらに引き渡すように言ってきたんだよ、キミが捕らえたあの殺人鬼をな……」
孝太郎はその瞬間に、本多太郎の逮捕直後に訪れたあの兄妹を思い出す。彼らとは確かに鑑定が終わるまでは、ロシアには引き渡さないと約束した筈だ。なのに、どうして。孝太郎はズボンの膝をギュッと握った。
「キミの気分も分かるよ、我々としても全力を尽くした。だがね、国際紛争を起こさんためには、奴を……」
「ッ、本多太郎はまた向こうでも人を殺しますよ! 」
「そんな事は分かっているよ、あの男は異常だ、私だって奴に死刑判決を受けてほしいと思っているよ、でもダメなんだ……ロシアは一向に縦を振らない……」
その言葉に孝太郎は日本の政府にも、ロシアにも失望しそうになった。まさにその瞬間だった。大久保が満面の笑みを浮かべながら、叫んだのだ。
「だが、安心したまえ! ロシアはある条件を満たしさえすれば、本多太郎を引き渡さなくてもいいと言ったんだッ!」
「本当ですか!?」
その言葉に孝太郎の顔も明るくなる。
「ああ、その条件は日本国内に潜伏したテロリストを捕まえること……これが条件だそうだ」
「難しそうですね」
と、孝太郎が顔を曇らせるなり、大久保は黙ってソファーとソファーの間にある机の上に一枚の地図を差し出す。
「これは?」
「奴らが集まると思われる場所だ……奴らは日本各地の主要な城の地下にある聖杯を狙っている。そこを順に訪れていけば、捕らえられる筈だよ」
「分かりました、城を順に追っていけばいいんですね! 」
「ああ、まだ1日しか経ってないからな、その間に入管局が単独で怪しげなロシア人の男女6名を単独で監視していたんだが、近くのホテルに泊まったきりらしい、ホテルの周囲を囲んで見張っているから、裏口等を使い、巻かれた可能性もないね、それにキミにもう一つ朗報だ。テロリストを捕まえたなら、学会への強制捜査の令状をいち早くキミに渡そう」
孝太郎はその言葉を聞くなり、顔を明るくさせた。
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