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シニョリーナ・エスコート・トラベル編

女豹の使い魔

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孝太郎はコニーとの距離が気になった。彼女は自分の隣に座っている。護衛対象だから、近くにいなければいけないと言えばそうなのだが、その距離はあまりにも近い。護衛する刑事と女性というよりは恋人同士のようにも思えた。
孝太郎は姉に申し訳ないと思いつつも、コニーを振りほどく事はできそうにない。
「ねぇ、孝太郎さん……あなたがいてくれて、本当に助かったわ、トミーからわたしの命を救ってくれてありがとう、勿論これは感謝の気持ちよ、決してあなたに気があるとかそういう意味じゃあないわ」
コニーはそうは言いながらも、孝太郎の膝に横たわろうとしていた。
孝太郎が寄り添おうとしてくるコニーを振り解こうとした時だった。
「ほう、随分馴れ馴れしいな、サルからその男に乗り換えたのか?このクソ女めッ!」
その声を聞くなり、コニーは恐怖に頭が支配されてしまったようで、全身を震わせている。
「お前は?」
孝太郎は茂みの中から聞こえてくる声に尋ねた。
「オレか?オレの名前はトミー・モルテ! お前に殺されたジェス・モルテの兄だよッ!」
茂みの中から現れたのは高価なアルマーニのグレイカラーのスーツを身につけたハンサムな男であった。
「お前はオレやサルとそして妹のジェスと同じ、幼馴染だったな?オレはお前を信じていたお前をジェスの……妹の親友だと思っていたんだぜ?」
トミーはそれから、コニーに柔らかそうな質の良い絹の何かを投げ渡す。
「こっ、これは?」
「思い出したか?それはジェスがサルとの結婚式で着るはずだったブーケだよ、本来ならば、ジェスの花嫁衣装を持ってきてやりたかったんだがな、あいにくイタリア半島から持ち込むのは大変でね、断念したんだよ」
トミーは次に黄金色のリボルバー拳銃を取り出し、その銃口をコニーに向ける。
「こいつは親父の形見でね、親父の形見で妹の仇を取ってやろうと思っていたんだ」
トミーは歯を噛み締めながら、心底憎たらしくてしょうがないという目でコニーを睨む。
「お前をあの世に送ってやる」
トミーが引き金を引こうとした時だ。
「待てッ!復讐なんてして、お前の妹があの世で喜ぶとでも思っているのかよ!?考え直せッ!」
孝太郎がコニーの前に立ち塞がりながら、訴えかけるように叫ぶ。
「喜ぶねッ!今でもオレの脳内に妹は語りかけているんだッ!『兄さん、アイツを殺して?金持ちの父親を利用して、あたしからサルを奪ったコニーを殺して』とな……」
「お前の幻覚だッ!」
孝太郎はトミーに対抗するかのように、武器保存ワーペン・セーブから、レーザーガンを取り出し、その銃口を向けながら叫ぶ。
「一蹴するんじゃあないッ!妹のあの声は事実なんだからッ!そうだ……お前にあの村はいかに狂っていたのかを教えてやろう、へへ、村長の家と村一番の金持ちであるコニーの親父とサルの親父がやりたい放題だったんだ、二人が人を殺してもお咎めは無し、そしてこいつの親父は娘の恋路が実るようにと、オレを追放し、妹を焼き殺したんだッ!」
トミーは人差し指を震えさせている。余程、怒っているのだろう。それ程までに彼の村は狂っていたのだろうか。
「知りたければ教えてやるよ、オレと妹の昔の話をな……」



トミー・モルテとジェス・モルテは村の木こりの家で生まれた。もっとも、父親はかつてはロンバルディア王国の国王近衛隊の騎士だったらしいが、諸事情により追われてしまったらしい。
トミーの家は村の奥の方。山のすぐそばにあり、また、同年代の子供が少ない村では、コニーとサルの貴重な遊び相手とも言えただろう。
実際、四人は20歳。つまり、村で結婚を勧められる年齢までは気の合う親友だったのだから。
歯車が狂い始めたのは、ちょうどその頃であった。
トミーがいつものように野良仕事から帰ると、家の側で妹のジェスが泣いていたのだ。
「おいどうしたんだよ?」
妹はすすり泣いていた。そして、その顔には痣が……。犯人はすぐに検討がついた。
トミーはその瞬間にどうしようもない怒りに囚われ、気づけば何度も両手を握ったり、広げたりしていた。
「あのクソ野郎ッ!」
トミーが出掛けようとすると……。
「辞めてッ!あたしが……あたしが悪いのよ、彼はコニーとの結婚が決められているのに、あたしが関係を伸ばそうなんて言ったから……」
「お前は何も心配するなよ、オレがなんとかしてやるよ、お前の大切な恋人を兄のオレが傷付けると思うか?」
そうは言いながらも、トミーは途中で殴りやすそうな木の棒を拾っていた。
「あの野郎……殺してやるッ!」
トミーは行く途中にその言葉を何度その言葉を呟いたのか分からない程だ。
サルはその日は村の年寄りたちとゴルフの話で盛り上がっていた。それも、村内の有力者ばかりの集まりであった。
その時だ。トミーがサルに木の棒を投げつけ、殴り掛かろうとしたのは。
「おい、待てよ! サルッ!」
トミーはそう言いながら、サルを追い詰め、何度も何度も殴りつけた。
ようやく大人たちから引き離された時にはサルは全治三週間の重傷を負っていた。
そして、直ぐにトミー・モルテには然るべき罰を受けた。『村からの追放』これだけだった。
「ふざけるなッ!妹の気持ちを弄んだサルこそが、追放されるべきだッ!」
トミーはそう主張したが、村の有力者からは聞き入られずに、追放されてしまった。
トミーはこの後にタクシーの運転手として 働く事になったが、時々こっそりと村に戻り、妹や母親に生活費を渡していた。
そして、彼はドン・ボルジア基ボルジア公爵に一等執事として召し抱えられ後に最初の給料を渡しに、村へと戻った時には……。
「なんだって……もう一度言ってみやがれッ!」
トミーは思わず実の老いた母親に詰め寄り、暴言を吐いていた。
「もう一度言うよ、ジェスは……火あぶりだよ、魔女の相場は火あぶりと決まっているのさ、魔女だから……」
「ふざけるなッ!自分の娘だろ!?なんで、そんなこと言うんだよッ!」
トミーは母親に詰め寄ったが、母親は「魔女だから、仕方がない。報いを受けた」そればかり呟いていた。
気がついた瞬間にトミーは昔の自分の部屋に向かい、子供の頃にサルとの野球で使っていた木製のバッドを手に取り、気がつけば……。
「あっ、ああ……」
トミーはすぐに自責の念に襲われた。
だが、ここで妹の声が聞こえたような気がした。『それでいいのよ、兄さん』と。
トミーはこの言葉を聞いた瞬間に、これは復讐の第一歩だと考えた。この殺しをキッカケにこの村の妹の殺しに関わった連中を皆殺しにしてやろうと……。



「そういう訳さ、オレにはその女を殺す権利があるんだッ!」
トミーは何のためらいも見せずに引き金に手を当てている。
「お前の境遇には確かに同情するよ」
孝太郎のこの言葉は事実だった。もし、自分の姉にそんな事があれば、自分だってどうしようもない怒りに駆られたかもしれない。だけれど、トミーがやっている事は報復にしては重過ぎるだ。
トミーに同情はできても、トミーに共感する事はできない。
孝太郎はレーザーガンを下さないままだった。
「これが終わったら、オレはイタリアに帰る……あんたの命は取らない、そしてイタリアで大事な用事を済ませたら、オレなりのやり方で罪を償うッ!だから、その女だけはッ!」
「ダメだッ!おれだって警察官なんだッ!その任務を途中で止めるわけにはいかないし、お前の犯した罪も償わせなければいけない……」
二人の信念は相容れぬようだった。
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