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第3部 トリプル・ワールド

ユニオン帝国からの帰還者

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場面は変わり、本多太郎の逮捕から一夜が明けた日本共和国ビッグ・トーキョーのナリタ・エアポート。
ここに一人の男がユニオン帝国から帰ってきた。男は黒縁の眼鏡に黒色のスーツ。そしてフィガラモの革靴。右手には最新式の携帯端末。そして左手には外国帰りだと思わせるようなデカイキャリーケースの取っ手を持っていた。
男のメガネに映っているのは一人の少女のような見た目であるが、どこか知性を感じさせるような外見をした丸渕のメガネをかけた一人の女性の姿であった。
「待っていろよ、明美……オレがお前を助けてやるッ!」
男は拳を握りしめながら、歯を噛み締めながら、白籠市へと向かう出口に向かって進んでいく。


中村孝太郎はその日姉の病室を訪ね終え、そのまま家に帰る途中であった。
今日は帰りにレンタルDVD店にでも寄ろう。そう考えていた時だ。目の前から、黒縁の眼鏡と黒色のスーツ姿の男性がいきなり自分に駆け寄ってきた。
「お前だなッ!ウチの婚約者をたぶらかしたのはァァァァ~!!! 」
男は孝太郎に駆け寄るやいなや、孝太郎を殴ろうとする。
だが、そんな一般人に遅れをとる程、弱くはない。たちまち男のストレートは孝太郎により難なく交わされてしまう。
「一体どうしたんですか?オレが何をしたんですか?」
その孝太郎の問いかけにスーツ姿の真面目そうな男は鼻を膨らませながら叫ぶ。
「とぼけるなッ!お前だろ!?お前がオレの婚約者を……」
孝太郎は目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。たぶらかす?本当に何を言っているのか理解できない。
「取り敢えず話しましょうよ、いきなり殴るのはちょっと……ね?」
その言葉を聞くなり、男はようやく平静を取り戻したようで、息を切らしながら孝太郎をじっと見つめ。それから……。
「少し私も取り乱していたようだな、きみの『話し合う』という単語で、ようやく落ち着けたよ、実はユニオン帝国に居た時から、キミへの怒りがずっと溜まっていたのだが、ようやく少しだけ落ち着けたよ、まぁ、ここは病院の前だしな、近くに落ち着ける場所はあるか?」
「病院内に喫茶店のスペースがありますけれど……」
孝太郎は親指で病院を指差し、そこにある事を強調する。
「分かったよ、取り敢えずカフェのスペースに行こうじゃあないか」
二人は病院内にあるカフェスペースに向かった。
病院内にあるカフェは丸いテーブルに丸椅子。そしてカフェの前にはケーキやお菓子が飾られたショーウィンドゥがあった。
孝太郎と男はカフェの中に入り、空いている席がないかと確認する。幸い、病院の白い壁に近い右奥の席が空いていたようだ。孝太郎はそこに座り、男も孝太郎について行き、孝太郎の座る向かい側の席に座る。
「で、なんだい、話というのは?」
その孝太郎問いに男は右拳を握り締めながら答える。
「とぼけないでくれよ、中村さんだっけ?」
「ああ」
「そうか、なら中村さん……あんたなんだろ?刈谷阿里耶の逮捕の名目のもとに自分のもとに引き寄せ、あまつさえその刈谷阿里耶が逮捕された後も、あんたはずっと自分の側にいさせているじゃあないか、間違いない、あんたは明美の計算能力の高さを散々利用した挙句に、自分の妾にでもしようと企んだんだろ!?警官っつーのは、ユニオンも日本も同じだッ!腐敗に腐敗を重ねた国家公認のヤクザ組織だよッ!」
そうやって意気込んでいる男に孝太郎は周りの目がある事を教えてやる。男はそれを見ると、落ち着いたらしく、自分の椅子に座り直し、ゴホゴホとお袈裟に咳払いをしてから、孝太郎の方に向き直る。
「失礼したな、大声を出して抗議したのは謝るよ、だがね……こちらとしては人の婚約者に手を出された事に抗議してんだッ!あんたは明美に手を出した挙句、危険な仕事に連れ回しているッ!その点については謝罪するべきだと思うがねッ!」
男はそう言うと、大声で怒鳴ったせいで、喉が渇いていたのか、置いてあった水を一気に飲み干す(もう22世紀には水はウェイターやウェイトレスが運ぶものではなく、机から自動的に出る仕組みとなっていた。人類の進歩というべきだろうか、だが、本来の喫茶店の良さをという理由で、ケーキやお菓子やコーヒーと言ったメニューは店の店員が運ぶ事になっていた)
「倉本明美さんは我々の計算係として上手くやっておりますし、私も倉本さんを尊敬しております。ですが、あなたにそんな事を言われるというのは侵害です。あなたが倉本さんの仕事を否定する事で、これまでの倉本さんのご活躍も否定しておられます……その点はいかほどに?」
「明美は……明美は……昔から数学が好きな子で、また数学が得意な子でした。そのため、数字バカと周りからは嘲られ、彼女はそれに対抗するかのように物事をハッキリという性格になってしまったのです。いや、それだけじゃあない、彼女はその性格のためか、不良グループに目をつけられて……それから、おどおどする性質になってしまったんですよ、だから、彼女に刑事の仕事が勤めるかのか、どうか不安でたまらなくて……」
そうやって明美を心配する様子は婚約者というよりは、まるで兄か父親のようだ。それから、初めて刈谷阿里耶の密造タバコの精製工場に突入した時にあんなに震えていたのかが理解できた。そんな事があれば、そうなってしまうだろう。
「その心配はいりませんよ、ご安心ください。彼女は立派に刑事としての勤めを果たしていますよ、昨日の本多太郎の逮捕の時も彼女の魔法が無ければ、我々は本多太郎に殺されていたかもしれないという所だったんです」
その言葉を聞くなり、男の顔は少しだけ明るくなった。例えるのなら、色の悪い雲だらけの空に雲の隙間から一筋の光明が見えたという所だろうか。
「そうですが、怒りが少し収まった気がします。今まで私は明美は連邦局から騙され、挙句にあなたに奴隷のような仕打ちを受けているとばかり思っていましたから……」
(親父といい、この男といい、おれはどうも女性を惑わす魔人のように思われるらしいな、おれ前世で何やれば、こんなに男性陣の恨みを買うんだ?)
と、孝太郎が考えていた時だ。目の前に白い湯気が漂うコーヒーが置かれた。
「ここのコーヒーはどうですか?」
男はもう殆ど怒りが解けたらしく、微笑を浮かべながら孝太郎に尋ねる。
「おれも初めて飲むのでね、苦いのか、甘いのか、それはおれにも判断は難しいですね」
そう言うと、孝太郎はコーヒに一口つける。
コーヒーの味はほろ苦かった。孝太郎は我慢して飲んだが、男の方はそうでもなかったらしく、苦そうに舌を出していた。
「は~参ったよ、あんなに苦い味だったなんてな」
「予想外でした?」
孝太郎の問いかけに男は笑顔で「ああ」と短く答えた。
「ところで、お名前は?」
「おれの名前か?牛谷千鶴夫だ。よろしくな」
千鶴夫はそう言うと、早く片付けてしまいたいのか、一生懸命にコーヒーを飲み干そうと努力していた。



千鶴夫は孝太郎と別れてから、『婚約者』に確認を取るために、携帯端末のメッセージアプリから、電話をかけた。
「もしもし」
この声は間違いなく自分の婚約者たる倉本明美だった。長い間外国にいて彼女とは離れ離れになっていたが、その可愛らしい声には聞き覚えがあった。
「おれだよ、牛谷千鶴夫だよ! お前の婚約者の! 日本に帰ってきたんだ……だから、今日久し振りに会わないか?」
「本当に牛谷さんなの?分かったわ、一応信頼するとして、どこで会うの?」
「久し振りに、レストラン『エンパイア・ベイ』に行かないかい?」
「いいわよ、レストラン『エンパイア・ベイ』ね」
そう言うと、彼女は電話を切った。
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