上 下
61 / 233
ワイドエリアチェイス編

帝国との交渉

しおりを挟む
「ともかく、彼はこちらの方では犯罪者として扱いますので、どうか、お引き取りください」
と、孝太郎は言ったのだが、カチョリーナは聞く耳を持たない。
「いいえ、下がるわけには参りませんわ、既に帝国内では本多太郎氏とその従者は帝国への亡命者として登録がされておりますの、21世紀の頃ならば、とにかく……現在においては一度亡命申請が通れば、理由がなんであれ、こちらへと引き渡すのが道理かと思われますわ」
カチョリーナの言葉は正論であった。23世紀の国際法ではそう定められている。亡命相手の身柄を安全に確保するために……。
「聞いてください! 本多太郎は罪の無い人間を何十人も殺害した殺人鬼なんです! アイツをあなた方の国へと逃せば、必ず同じような犯罪を繰り返すでしょう! アイツはそう言う人間なんです! 」
と、孝太郎は熱弁を振るうのだが、カチョリーナは聞く耳を持たない。平然と澄まし顔でこちらを見つめているだけだ。
「そういうわけにも参りませんわ、規則ですもの」
「では、あなたは規則があるからと、犯罪者を庇うんですか!?」
「……それが、私の仕事です」
孝太郎は悔しいかな、拳を握りしめる事しか出来ない。いや、正確には感情に訴える事しかできない。と、言うべきだろうか。
とにかくこちらの手は感情論でしか無い。しかも、こちら側つまり、警察側から見た視点だ。派遣された大使としては日本での事件などは一ミリも関係が無い事なのだろう。
だが、孝太郎としては妥協するわけにもいかない。ここは強く食い下がった。
「あなたが本多太郎とその一行をロシアへと逃すのが仕事ならば、我々の仕事は本多太郎とその一行を刑務所へと護送するのが、仕事であり、規則なんです。どうか、ここは私に免じて、妥協してもらえませんか?」
「いいえ、確かにあなた方のお気持ちはよく分かりますわ、ですけれど、私たちもこれが仕事であり、そして私とミカエルが国から給金を頂くための義務なんですの、悪いですが、どいていただけないでしょうか」
カチョリーナは孝太郎を強く睨む。そして、いつでも動かせるんだとばかりにミカエルが懐に手を入れる。恐らくレーザーガンか拳銃を入れているのだろう。まさに一触即発の状態だ。
「ならば、あなた方の女王陛下と交渉させていただけませんか?彼……つまり、本多太郎は共和国内における重大ななのです! 」
その孝太郎の出した『精神異常者』と言う言葉にカチョリーナは思わず尻込みしてしまう。何故ならば、国際条約にすれば、精神に異常をきたしたものは亡命を考え直さなければならないという規定があるから……。
「分かりましたわ、ここは一度帰って陛下にご報告致します。ですが、再度陛下が亡命の受け入れを承認されたのならば、そちらで裁判を行なっていようが、何をしていようが、こちらに引き渡していただきとう存じますわ」
「それは私一人では決められませんが、上の方には言ってみます。なんせ、私は単なる一刑事に過ぎない身ですから」
「あら、そうなの、私はてっきり、あなたはこの国の重大な政治家の息子かと思っていたのに……」
カチョリーナの思わぬ声に孝太郎は思わず片眉を動かす。
「オレが……ですか?」
「ええ、そうよ、あなたの雰囲気といい、佇まいといい、何か高価な一族の血を引いているような気がするの、私とミカエルの家はかつてのロシア王家たるゴドゥノフ家の血を引いているから……」
「ミカエルさんも?」
「ええ、ミカエルと私は血を分けた兄妹よ、両親が離婚して苗字が分かれたのよ、今では結婚のルールは全世界が共通なのはあなたも知ってよね?式の方法こそ違えども、殆どの国がジャパニーズマリッジラインに沿っている事」
ジャパニーズマリッジラインとは。日本式の結婚のルールを世界で守ろうと言うルールである。22世紀日本が世界でも有数たる国家となった時に世界各国が世界をリードする日本を見習おうという運動から、進められた全世界においての結婚のルールであった。
「ええ、存じておりますよ、同じ仕事に就いたのは偶然?」
「いいえ、わたしが兄の仕事に憧れて、入ったのよ、兄が色々な国から困っている人を助ける姿を見るのが好きで……」
その言葉を聞くなり、孝太郎は自分と姉との関係に似ているなと感じた。姉も自分と同じ警察官に憧れ、その職業になった(姉は連邦捜査官であったが)ロシア版の姉なのかと孝太郎が苦笑していると。
「悪いが、もう時間だな、そろそろ申告に戻らんとな、孝太郎と言ったな」
と、カチョリーナの肩に手をかけ、孝太郎に声をかけたのはミカエルであった。
「本多太郎の件忘れるなよ、お前に託すんだからな」
そう言うと、二人は船へと帰っていく。
孝太郎はその二人を見送ると、急に姉に会いたくなってしまう。
(姉貴の番号にかけるか……)
孝太郎はそう思って通話アプリを開いたが、すぐに手錠をかけられて倒れている島津智久の姿と左脚を撃たれてうずくまっている月岡源三郎の姿を思い出し、直ぐに警察のボタンと救急車を呼ぶための番号を押す。
数分後には横浜港一杯に救急車とパトカーのサイレンが鳴り響く。
本多太郎と月岡源三郎を救急車に。島津智久をパトカーに引き渡してから、孝太郎は波越警部と合流する。
「おお、孝太郎くん無事で良かったよ! キミが死んでしまっては元も子もないからな! キミは白籠署の誇りだよ! 」
「ありがとうございます。警部……今回は警部に話したい事もあるんですが……」
「なんだね、言ってみなさい」
「はい、実は……」
孝太郎はカチョリーナから聞かされた事を一通り伝える。そう聞いていくうちに波越警部はたちまち暗い顔になっていく。
「そうか、向こうの方で亡命申請が再度通れば、本多太郎と島津智久を引き渡さねばならぬのか……」
「ええ、恐らくですが、通るでしょうね……」
「何故だ?」
「本多太郎は以前にロマノフ帝国を訪れた際になんでも、です……ロマノフとしてもその情報は欲しい筈ですよ、ですから、余程の精神疾患……つまり、喋ることすらできない状態でない限りは本多太郎はロマノフへと送られるでしょうね」
その言葉を聞くなり、波越警部の顔が少しだけ明るくなった気がする。
「本当かね?余程の精神疾患を患っていたのならば、本多太郎はのだな! 」
「ええ、でも無理ですよ、帝国に嘘を吐く事は不可能に近いでしょうし、バレたら日本は完全に滅ぼされてしまいますよ! 」
「うーん、難しい話だな」
波越警部は難しそうな顔で唸ってから、パトカーへと戻ろうとするが、途中で振り向き孝太郎に一言言った。
「そうだ。そろそろお姉さんのところへ戻ってやりなさい、彼女も心配しているだろう。一晩居なかった時の彼女の不安は大きいだろうしね」
その警部の言葉に孝太郎はお礼を言ってから、まだ現場にいると主張する聡子と明美に別れを告げ、パトカーへと乗り込み、姉が入院している病院へと急ぐ。
孝太郎は病院に着いてからは急いで姉が入院している部屋へと向かう。
姉は点滴こそ繋がれているが、特に害は無さそうだ。
と、ここで姉が気がついたらしい。目を擦って孝太郎を見上げる。
「孝ちゃん……」
「オレだぜ、姉貴……」
「本多太郎は?」
「問題はない。キチンと逮捕したよ、アイツと他の犯人もな……」
その言葉を聞くなり、絵里子はお礼を言いながら、孝太郎の手をギュッと握り締めた。孝太郎は姉の温もりを感じるだけでこの仕事をやり遂げた価値が何倍もあるような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後天スキル【ブラックスミス】で最強無双⁈~魔砲使いは今日も機械魔を屠り続ける~

華音 楓
SF
7歳で受けた職業診断によって憧れの狩猟者になれず、リヒテルは失望の淵に立たされていた。 しかし、その冒険心は消えず、立入禁止区域に足を踏み入れ、そこに巣食う機械魔に襲われ、命の危機に晒される。 すると一人の中年男性が颯爽と現れ、魔砲と呼ばれる銃火器を使い、全ての機械魔を駆逐していった。 その姿にあこがれたリヒテルは、男に弟子入りを志願するが、取り合ってもらえない。 しかし、それでも諦められず、それからの日々を修行に明け暮れたのだった。 それから8年後、リヒテルはついに憧れの狩猟者となり、後天的に得た「ブラックスミス」のスキルを駆使し、魔砲を武器にして機械魔と戦い続ける。 《この物語は、スチームパンクの世界観を背景に、リヒテルが機械魔を次々と倒しながら、成長してい物語です》 ※お願い 前作、【最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~】からの続編となります より内容を楽しみたい方は、前作を一度読んでいただければ幸いです

【マテリアラーズ】 惑星を巡る素材集め屋が、大陸が全て消失した地球を再興するため、宇宙をまたにかけ、地球を復興する

紫電のチュウニー
SF
 宇宙で様々な技術が発達し、宇宙域に二足歩行知能生命体が溢れるようになった時代。  各星には様々な技術が広まり、多くの武器や防具を求め、道なる生命体や物質を採取したり、高度な 技術を生み出す惑星、地球。  その地球において、通称【マテリアラーズ】と呼ばれる、素材集め専門の集団がいた。  彼らにはスポンサーがつき、その協力を得て多くの惑星より素材を集める危険な任務を担う。  この物語はそんな素材屋で働き始めた青年と、相棒の物語である。  青年エレットは、惑星で一人の女性と出会う事になる。  数奇なる運命を持つ少女とエレットの織り成すSFハイファンタジーの世界をお楽しみください。

第一次世界大戦はウィルスが終わらせた・しかし第三次世界大戦はウィルスを終らせる為に始められた・bai/AI

パラレル・タイム
SF
この作品は創造論を元に30年前に『あすかあきお』さんの コミック本とジョンタイターを初めとするタイムトラベラーや シュタインズゲートとGATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて・斯く戦えり アングロ・サクソン計画に影響されています 当時発行されたあすかあきおさんの作品を引っ張り出して再読すると『中国』が経済大国・ 強大な軍事力を持つ超大国化や中東で 核戦争が始まる事は私の作品に大きな影響を与えましたが・一つだけ忘れていたのが 全世界に伝染病が蔓延して多くの方が無くなる部分を忘れていました 本編は反物質宇宙でアベが艦長を務める古代文明の戦闘艦アルディーンが 戦うだけでなく反物質人類の未来を切り開く話を再開しました この話では主人公のアベが22世紀から21世紀にタイムトラベルした時に 分岐したパラレルワールドの話を『小説家になろう』で 『青い空とひまわりの花が咲く大地に生まれて』のタイトルで発表する準備に入っています 2023年2月24日第三話が書き上がり順次発表する予定です 話は2019年にウィルス2019が発生した 今の我々の世界に非常に近い世界です 物語は第四次世界大戦前夜の2038年からスタートします

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

ノースウッドの電子脳

園田健人(MIFUMI24)
SF
人造人間(製品名『ADAMS』)を専門とするセラピスト「アルバート・ファーマン」の活動記録。 ※ADAMSが創作した物語および感想はOpenAIが開発したChatGPTを活用したものです。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。 再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた― これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。 史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。 不定期更新です。 SFとなっていますが、歴史物です。 小説家になろうでも掲載しています。

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!

金峯蓮華
恋愛
 愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。  夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。  なのに私は夫に殺された。  神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。  子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。  あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。  またこんな人生なら生きる意味がないものね。  時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。 ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。  この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。  おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。  ご都合主義の緩いお話です。  よろしくお願いします。

処理中です...