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第一部 『白籠町のアンタッチャブル (決して触れられないもの達)』

第十一話 ある夜の出来事 後編

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「私はヤクザとしての役割を果たすつもりです」
二人が扉を開けた瞬間にそう言われたので、二人としては何も言えなくなってしまう。
彼の穏やかながらも、 変化のない口調には絵里子と孝太郎からしても、何も言えない状況となってしまう。
二人が諦め掛けていた時だ。
清太郎はホテルの外から見えるビルや車の灯りに照らされている白籠町の夜景を見ながら言った。
「今晩は、私がこの街に滞在する最後の日だ。だから、あなた方には私のを聞いてもらいたい、わたしの白籠市での友人として……」
それから、清太郎は何も聞くな、何も尋ねるな、と。
夜の闇のようなミステリアスな目で、絵里子と孝太郎に釘を刺してから、彼は目を伏せた。
意外なほど長い睫毛が、その頰にひっそりと嬰を落とす。
彼の語り口はまるで寒い時に息を吐いた時の吐息のように静かだった。
「これは遠い過去の話だがね、わたしは本来ならば、竜堂寺家の四男でね、本来ならば組を継ぐ立場ではなかったんだよ、だがね、長男と次男が抗争で死亡し、三男が政府により死刑の判決を下されてからは、わたしが組を継ぐしかなくなったんだ。だがね、わたしは昔の非合法なそれこそヤクザ映画に出てくるような父と三人の兄が嫌いだった。特に次男と三男に至っては、世界の中でもトップクラスと言われている東京大学と早稲田大学を出ているんだ。そんな稼業を継がなくたって、きっとどこでも雇ってくれるとわたしは思っていた。だが、二人はヤクザ稼業を継いでしまった。そんな二人の姿を見るのは忍びなくてね、わたしは大学に入ってからは、一切家には帰らなかったんだよ、大学在学中はわたしは兄たちとは違うんだ。わたしは日本史の研究者となるんだと思いっていたんだ」
絵里子は確かにその方が似合いそうねと心の中でかつての彼の言動に同意していた。だが、それからすぐにこんな迫力の研究者がいたら、それこそホラーだわと感じた。
そんな絵里子の様子を知ってか知らないか、清太郎は構う事なく話を続ける。
「あくまでもこれはわたしが望んだ事。もう、自分しかいないのだ。頼りになる三人の兄はとっくに旅立ってしまった。わたしはヤクザとしての父を嫌ってはいたが、家庭内の父親としては、父を尊敬していた。父はいつだってわたしの憧れだったし、いつか、母のような女性と結婚できたらなと小さい頃は、いや恥ずかしながら、高校生の頃は思っていた。わたしは敵対組織から父を守るために、わたしは竜堂寺組の親分になった。それから妻や子供を守るために戦ったんだが……結果は見るも無残なものだった。新参の部下。いや、父の代からの部下にさえ、わたしは悪魔扱いされ、妻とは別れざるを得なくなり、そして娘は行方知らず……わたしは……わたしは……」
ここで、清太郎から弱気な声が聞こえてくる。
「わたしは何をしていたんだ! 家族を守るためと言いながらも、結局守れたのは、巨大な組だけだッ!わたしは娘までも失って……」
それから、清太郎は額を抑えていた手を離し、羨望するような目で孝太郎を見つめる。
「そう言えば、石井聡子と呼ばれるあの子……あの子はちゃんとやれていますか?ちゃんと、問題なく『一人前』に?」
何故だろうか。絵里子には清太郎の『一人前』という科白が『幸せに』と聞こえた。
「ええ、勿論です。彼女はここで『一人前』にやれていますよ、彼女は我々の大切な仲間です。本当に彼女は優秀な警察官です。市民のためを思い、わたし達と一緒にこの白籠市を支配する刈谷阿里耶に立ち向かってくれた仲間なんです。それに……」
孝太郎は清太郎の深い闇のような目を真正面から見つめ返す。
それから、腹の底に力を込めて言った。
「彼女は自分の地元にとても誇りを持っているんです。わたしが勧誘テストの時に彼女を試した際に、ワザと挑発させるように関西を侮辱したところ、とても起こりましてね、彼女はそれだけ自分の故郷が好きなんですよ」
孝太郎の返答に、竜堂寺清太郎は微笑む。
「良かった。彼女が無事でいてくれる……それだけでも、わたしはこの街に来た甲斐があるというものです」
泣きじゃくる孝太郎に絵里子はある事を尋ねてみる。
「そう言えば、彼女ーーー石井聡子。いえ、我々がそう呼んでいる女性の事なんですが、あなたは何かご存知で?」
清太郎は大きく息を吐いてから、弱々しい声で話を続ける。
「たとえば時間を遡れたとしましょうか、わたしはそれでも同じ道を選びます。父が襲われるのなら、父が敵対組織や政府の手に殺されるくらいなら……わたしはその道を選びますよ。神に100回同じ道を与えられても、わたしは同じ道を歩むでしょう……ですが、娘は違う。娘にはこんな道を歩ませたくなかった。娘は短気で粗暴に思えるかもしれませんが、本当はとても根の優しい良い子なんです。彼女にはキチリと大学に行って、そこで学び、遊び、恋をしてほしかった。だけれど、彼女は高校を卒業してから、稼業を継ぎたがった。わたしは反対した。そして、良かれと思うやり方を彼女に押し付けた。そして、娘は姿を消した。恐らくいくら言っても、いくら主張しても、まるで聞かずに、自分の考え方を押し付けてくる父たるわたしに嫌気がさしたのだろう。わたしはずっと彼女を探し続けて来た。そして、キミたちの……」
「密造タバコ摘発の件が映った写真をご覧になったわけですな?」
自分の回答を代わりに述べた孝太郎に答えを教える代わりに、首を縦に振る事により正解だという事を教えた。
「わたしは確信した。この石井聡子を名乗る女性こそ、我が愛する娘なのではないかと、そして安堵したのだ。つまらない、ヤクザの愛人ーーーいや、最低の店で働く女なんかになっていないかと。だが、その心配は永遠に取り払われたのだ。この写真が出回った事により……」
清太郎はそう言うと、すぐに隣の部屋にいる部下に端末の通話アプリを使い、コーヒーを用意するように指示する。
「どうですか?あなた方も、コーヒーを?」
「いいえ、勤務中なので……」
遠慮しようとする絵里子を制止し、孝太郎は「もらいましょう」と答える。
「では、友人として……」
絵里子はためらがちに言った。
「長い夜を過ごした三人の友人に」
孝太郎は遠慮がちな姉とは対照的に明るい声で。
「乾杯!! 」
清太郎の合図で、三つのコーヒーカップが軽くぶつかる。
そして、フーフーとコーヒーを冷ましながら、飲む。
清太郎には今日のコーヒーは砂糖やミルクこそ入っていないが、今まで飲んだコーヒーよりも、甘く美味いコーヒーだと感じられた。
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