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第一部 『白籠町のアンタッチャブル (決して触れられないもの達)』

第二話 弟との再会

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(間違いないわ……)
絵里子はモニターに映る若い警官を自分の弟である中村孝太郎だと確信した。
元々彼女は中村絵里子という名前であり、孝太郎と共に、12歳まで二世帯住宅に暮らしていたのだが、両親の離婚により、彼女は母親に引き取られ、孝太郎は父親に引き取られ、そのまま離れ離れになってしまう。
そして、彼女は持ち前の正義感と弟がかつて目指していた共和国連邦捜査官に憧れ、犯罪者を撲滅させるために日本共和国連邦局に勤めるようになり、それから刈谷組の摘発のためにこの絵里子と孝太郎の生まれ育った白籠町へと派遣されたのだ。
「お客さん……具合でも?」
居酒屋の主人は絵里子の異変に気が付いたのか、眉をひそめながら絵里子の黒サンゴの宝石のような瞳を覗き込む。
「いえ、何でもないわ! それよりこれはお釣りよ! 」
絵里子は近くに置いてあった赤いエナメル質のバッグから、ピンク色の長財布を取り出し、そこから千円札を二、三枚取り出し居酒屋の木製のカウンターに置く。
「おっ、お客さん!?」
慌てて出て行く絵里子に対し、居酒屋の店主は唖然とするしかない。

中村孝太郎は今年で22歳になる若い警官であった。彼は国内最大の野党の議員秘書を務める(今では、一角の政治家と活動しているが……)父とビッグ・トーキョーの有名私大をトップの成績で出た母親との間に産まれた。
初めての男の子であった彼はよく二人から、有名大学を出て政治家になれと幼い頃から口酸っぱく言われていたが、彼はそんな両親に嫌気が刺し、高校を出てからすぐに警官となった。(そのせいで、両親との仲は修復不可能となり、今では勘当状態になっているが、元々他の人を見下すような両親が嫌いだった孝太郎からすれば、どうでも良い事であった)
そんな中、孝太郎が唯一愛を注げたのは、姉の絵里子であった。
絵里子は美しい女の子だった。孝太郎は物心ついた時に神様に感謝したくらいであった。成長していくにつれ、彼女は美しさに磨きがかかっていく。(身近で姉の成長を眺めていた彼にはそう断言できる)
美しい黒色のオパールを思わせる瞳。
高過ぎず低過ぎない、整った鼻。おちょぼ口という言葉がピッタリと当てはまるくらいの美しい唇。
それらを彼女は全て癖のない旧来の日本の貴族を思わせる黒髪に三方を飾らせている赤い卵型の顔の三方に収めている。
赤い卵だと醜い表現に聞こえるかもしれないが、あまり良い経歴を持っていない孝太郎にとってはそれが精一杯の表現であった。
いずにしろ、古代アメリカ・インディアンのある一族の血を3分の一で継いでいる彼女は地元の子供たちと戦いごっこをすれば、本当に古代アメリカ・インディアンの目麗しい女戦士アマゾネスのように孝太郎には映る。
公園のベンチで一緒に絵里子と遊んでいたのだ。その時に目撃したのだから、間違いはないだろう。少なくとも、孝太郎はそう思っていた。
だが、そんな愛しい姉も二人の破局により、孝太郎とは疎遠になり、彼女が高校を出た後の事は自分には知らされない。
更に絵里子が中学三年生の時。孝太郎が中学二年生の時。自分を可愛がってくれた祖父母が死去。それに追い打ちをかけたのが、白籠市においての刈谷組の台頭であった。(彼はその時に日本の正義はここまで堕ちたのかと頭を抱えていた)
刈谷阿里耶の納める白籠町の治安は最悪と評しても良い。
他のヤクザ組織との抗争に、国内外のギャングの進出。
白籠町は日本共和国の中で最悪の町だろう。
白籠署の警察官は大抵が刈谷と癒着している。
署長すら刈谷の手駒。
孝太郎は何を信じればいいのか分からなかった。
そんな時だ。姉の絵里子がタバコ密造の摘発に失敗した記事を読んだのは。
孝太郎は絵里子がこの町に戻ってきているのかと考え、少しの希望を持って仕事に当たっていた時だ。
「孝太郎! 」
孝太郎の巡回地区の居酒屋から一人の目麗しいスカートスーツの女性が手を振って出てきたのだ。
孝太郎は一瞬絵里子だとは気づかなかった。自分の知っている絵里子の姿とはかけ離れていたためだ。
だけれど……。
「孝太郎! あたしよ! 絵里子! あなたの姉の……! 」
そう叫ぶ声で孝太郎はようやく目の前の女性が絵里子だとは理解した。
「姉さんか……大きくなったな」
孝太郎が久し振りに再開した孫との第一声は素っ気ないものだ。
「勿論よ、今、あたし連邦捜査局に勤めてて……あの居酒屋の店主から、孝太郎が刈谷の摘発に協力してくれるって……」
孝太郎は馴染みの店の居酒屋の店主の顔を思い出し、アイツめと困ったように肩をすくめる。
「つまり、オレと組みたいって事だろう?」
孝太郎は確認の意味を持って、姉の瞳を強く見つめる。
「そうよ! 」
絵里子は迷いのない目という目で孝太郎を見つめ返す。いや、睨みつけると言った方が正しいのかもしれない。
「少し話そうか……」
孝太郎はこんな夜には持ってこいの暖かい缶コーヒーを自動販売機で購入する。
自動販売機というのは、20世紀に人類が考え出した最も偉大な発明品である。
かつて20世紀を代表する歌手の歌にも『暑い缶コーヒー握りしめ』とあるが、24世紀になってもなお、暑い缶コーヒーを握りしめ寒い外で缶コーヒーの口に息を吹きかけ、飲む事は可能なのである。
「ありがとう……」
絵里子は孝太郎から手渡された缶コーヒーを受け取る。
孝太郎は絵里子が受け取ったのを見計らうと、自分の缶コーヒーを開けコーラを飲み干す時のように一気に飲み干す。
「ふう、絵里子は飲まんのか?」
孝太郎は絵里子が缶コーヒーに口を付けようとしない事を疑問に思ったらしい。
「今は飲まないだけよ、家に帰ったら飲むのよ」
絵里子は遠慮がちに手を横に振る。
「うーん、そのコーヒーじゃダメか?」
孝太郎の問いかけに絵里子は首を振る。
「違うわ、口紅が取れるのが嫌なだけよ」
成る程と。孝太郎は微笑む。絵里子が飲まなかった理由に納得したらしい。
絵里子はそう微笑む弟の顔も中々ハンサムだと思って、思わず口元を緩めてしまった。
(ねえ、孝ちゃん……あなたはあたしの大切な人なのよ、気付いてよ……)
絵里子は昔、いや今もだろうか。恋をしているのだ。そう、実の弟である孝太郎に……。
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