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エピローグ『悪魔の使者たちは黄昏時に天国の夢を見るか?』

姫川美憂の場合ーその14

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「……最上が死んだだと?」

姫川美憂はそのニュースが出回った時それが未だに信じられなかった。
異常気象やそれに伴う疫病続きで学校がそろそろ閉まるかもしれないという頃にこんな衝撃的な事件を耳にしたので美憂は思わず聞き返してしまう。

「事実です。お嬢様は勤務先のビルでお亡くなりになりました」

メイドの話によれば美憂の代わりに雇われていた老齢の秘書というのは真紀子が殺した刑務官の姉妹の父親だそうで、真紀子の姿を天堂希空を弾劾した際の会議で目撃し、それ以来復讐を果たすべく水面下で動いていたらしい。
秘書の男性は密かに同じ様な境遇の遺族たちに連絡を取り合い真紀子を殺す計画を練っていたのだという。
真紀子ならばこんな計画見抜けそうなものであったのだが、不幸な事に様々な事の対応に追われてそこまで気が回らなかったのである。
そして、昨日になってその計画は実行に移し出されて真紀子は滅多刺しにされて殺されてしまったのだという。
美憂は真紀子の死を喪失し、真紀子が死んだ事を自覚すると大きな溜息を吐いていく。
最上真紀子とは長い付き合いであった。宿敵であったと時期もあれば親友であった時期もあった。かと思えば秘書として忠誠を誓っていた時期もある。
ゲームなどで幾度もぶつかり合ったが、それすらも今はいい思い出に思えてしまう。そんな事を思う中で美憂は咄嗟に悔しさの様な思いを抱えていた事に気が付く。真紀子を殺すのは自分だけだと思っていたのに先を越された様な思いである。
美憂はそんな思いを抱えて葛藤しているうちに無意識のうちに瞳から透明の液体が溢れている事に気が付く。
自分にとって最上真紀子の存在はよくも悪くも大きいものであったらしい。
無意識のうちに溢れた涙を人差し指で拭うと、伝えにきたメイドに頭を下げて家に戻っていく。
一人での帰り道。美憂は肩を落としながら歩いていく。肩にのしかかるのは真紀子を失った事による喪失感ばかりではなく次の収入源を求める不安である。
倒れる母を抱えて借金を返すにはあれ以上の仕事はないというのに。
どうすればいい。どうすれば……。
そんな美憂の脳裏にルシファーが語り掛けたきたのであった。

(あっ、そうだ。姫川美憂。今日この件について話があるから後で来てね。嫌だとは言わせないよ)

「ルシファー!?」

咄嗟に美憂は振り返って叫んだのだが、当然どこにもその姿は見えない。
ルシファーは美憂の脳裏に直接語り掛けてきたのだから。

(キミも物覚えが悪いなぁ。ぼくはキミたち全員の脳裏に話しかけられるんるんだよ?覚えていないかなぁ、ウォルターの時の事を)

「……お前」

美憂は歯を軋ませながらあのパーカーの少女の事を思い出して憎悪の炎を燃やしていくがいくら想像の中で相手に憎悪を燃やしたところで意味はないのだ。
美憂は白い血管が受け出るまでに拳を強く握ったが、やがて虚しさが勝って拳を解いてそのまま背を向けて自宅へと向かっていく。
玄関を開けると美憂の祖母の様な歳をした母親が弱々しい微笑を浮かべながら孫の様な娘を出迎えた。

「ただいま、母さん」

「お帰り、美憂」

母は玄関を閉めに向かうのだが、体が動かないのか体が震えていく。
美憂はそんな母を優しく受け止めた。

「いつもごめんね。美憂……」

「母さん。気にしないでくれ」

まるで自分の好きな時代劇のやり取りだ。美憂は苦笑しながらベッドの中へと母を運ぶ。
それからまたテレビでも観ようかと思った時だ。不意に真紀子の事を思い返す。
生きていれば今頃は真紀子の会社に向かう時間なのだ。週三の休日をもらえたありがたい職場であった。美憂は改めて真紀子の偉大さというのを実感させられた。
毎月に深夜のアルバイト以外であんなに大量の給料を貰える場所も対等な口を利いても許される場所もあそこ以外にはあるまい。
改めて重要な存在を失った。美憂が喪失感に包まれていた時だ。ふと自身の中にある感情が芽生えた事に気が付く。
それはこのまま戦っていていいのかという疑問である。真紀子が死んだ以上はもうそれに従って戦う必要もないし、自分としても戦う事に疑問を抱き始めてきたのだ。
美憂がそんな思いに葛藤されて、大きな溜息を吐いていると、例の金属と金属とがぶつかり合う音が耳に響いていく。
どうやらルシファーの言っていた話という奴だろう。
美憂が招集場所であるとされるある山の山頂に辿り着くと、そこには重い顔をした二人の姿が見えた。
武装もほどこしていない。本格的に戦うつもりがない事が窺えた。
それでも呼び出されたからには戦うしかあるまい。美憂が武装をほどこそうとした時だ。
ルシファーの声が聞こえた。

(やめなよ、姫川美憂……今日はゲームのためにキミたちを集めたんじゃあないんだから)

「それって?」

(キミたちを集めた目的はたった一つ……キミたちにはもう期待していないという事を教えたくてさ)

「それはどういう事だ!?」

(ぼくたちは既に地獄への入り口インフェルノを開く事を決意した。恐らく今日の昼間には大量の悪魔がこの世界に流れ込んでくる事になってるよ。ゲームのキーとなる真紀子が死んだ以上はこれ以上の発展を望めないと我々は判断したんだ)

「ふ、ふざけるなよ!オレたちはまだやれるぞッ!」

恭介の声が轟く。それを聞いたルシファーは大きな声を立てて、それから低い声で見下ろす様に告げたのである。

(最上真紀子が死亡した以上、キミたちが命を懸けて戦う確率はゼロに近くなった。残りの僅かな期間を馴れ合いの戦いに使うよりは待たされた分早く侵攻した方が早い。要するにぼくらはキミたちにはもう期待していないんだよ。わかるかい?)

恭介はその言葉の意味を理解した。ルシファーが既にゲームに見切りを付けたという事なのだ。

「で、でもそんなの神様が許さないよ!神様はきっと人間の味方をーー」

(おや知らないのかい?最上志恩……神は人間なんてとっくの昔に見捨ててるんだよ。ぼくらが好き勝手にやれるのがその証拠さ)

ルシファーの説明によれば神は大昔に人類を見捨ててしまったのだという。
その一例が古代に起きたノアの方舟伝説であったという。
その際に神々は人々を見捨ててしまい、代わりに悪魔が人々を見守り、導いてきたのだという。

「……ふざけるなッ!そんなものどうせお前たちの娯楽のゲームのためだろうがッ!」

恭介が近くのベンチを蹴り飛ばしながら心の中のルシファーに向かって叫ぶ。
そんな恭介の疑問にルシファーは嘲笑を交えながら答えた。

「否定はしないよ。けど、悪魔がいなかったら文明はここまで発展しなかっただろうねぇ?戦争が必要悪なのと同じ理論だよ」

「……悪魔というのは神と人との繋がりを断ち切るために戯言を吐く……こいつの言葉は全て戯言だッ!気にするな!」

美憂が大きな声を振り上げて周囲に向かって訴え掛けていく。

(戯言だと吐き捨ててしまう割にはそれらしい反論も持ってこれないじゃあないか、姫川美憂)

ルシファーの辛辣な一言に美憂が言葉を失い掛けた時だ。代わりに志恩が口を挟んだ。

「……戦争は必要悪なんかじゃあない。人と人とが手を取り合って繋いでいけばきっと素晴らしい未来を繋いでいける。人間にはそんな優しい心だってあるんだ。悪魔なんていなくても人間はきっと発展できたに違いない」

(それこそ戯言だ。原始人類の発展は悪魔の協力と第一回のゲームの開催なしでは有り得なかったよ)

「それこそそういう証拠があるのならば見せてよ」

(キミ、それは悪魔の証明と言ってね。ないものをないと証明する事は不可能でーー)

「でも、悪魔は今ここにいるじゃあないか。何が悪魔の証明だよ」

志恩の言葉にルシファーが言葉に詰まったのを全員は聞き逃さなかった。全員が志恩は真のヒーローだという事を自覚した。
その姿を見た美憂は口元に勝ち誇った様な笑みを浮かべながら言った。

「お前の負けだな。ルシファー」

(……やれやれ、彼みたいな子は初めてだよ。けど、忘れないでよ。少しだけ早く悪魔たちはやってくるんだから)

ルシファーの声はそこで消えた。三人がそのまま空の上を眺めていると、そこから得体の知れない紋様なものが浮かび上がったかと思うと、そこから大小の異形の怪物が姿を表して人々に向かって襲い掛かっていく。しかもその数が途切れる事はない。無数ともいえる数の悪魔が人々を襲っていっていたのである。
同時に山が大きな音を立てて噴煙を上げ、海が荒れて大波が地上を襲っていく。
その光景を三人は暫く山の上から眺めていた。
だが、すぐに三人で何かを悟ったかの様に首を一斉に頷かせると、一斉に自分たちに鎧の武装をほどこす。
そして二人が鎧を変え、恭介が双剣を握り締めるとそのまま真っ逆さまに山を駆け降りていく。
悪魔たちから人間の世界を守るために。
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