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エピローグ『悪魔の使者たちは黄昏時に天国の夢を見るか?』

ルシファーの場合ーその①

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『そ、そんな事は聞いておらん!』

電話口の向こうのアンドルーが激昂していた。アンドルーが激昂するのも無理はないが、真紀子の方こそ激怒したい気持ちであった。扉というのは12月に入ってから開かれるものではなかったのか。
真紀子が歯を軋ませていると、向こうからも怒声が飛ぶ。

『ミス・最上ッ!私はキミが悪魔と契約を結んでその上で優秀な頭脳を持っているからと聞いて、天堂からキミというルートを許したんだッ!それなのにこれはどういう事なんだ!?』

「あ、あたしだって初耳ですッ!」

真紀子はそう答えたが、それが言い訳にもならない事を知っていた。
考えてもみればベリアルに問い掛けなかった自分が悪いのだ。
真紀子は歯の中で無数ともいえる苦虫を噛み潰していく。
だが一方で向こうからの抗議の言葉は止む事がない。
真紀子は四苦八苦をしながらもアンドルーに向かって解説を行い、なんとかその場を乗り切ったのである。
ようやく難を乗り切って溜息を吐く真紀子であったが、ホッとばかりもしていられないらしい。
すぐさまサタンの息子たちの招集をかける音が自身の耳へと響いたのである。
真紀子はこの家のメイドとして仕えている明日山百合絵と共に招集場所へと移動させられたのである。
すると、そこには既に残りのサタンの息子たちが集められており、一触即発という状況にあった。

「どうしたんだ?テメェら戦わないのか?」

真紀子の素朴な問い掛けに対し、先に来ていたと思われる美憂が淡々とした口調で答える。

「……悪いが、今回の招集はお前の好きな戦いではないらしい。ルシファーがあたし達を呼んだのについてはどうやら別の理由があるらしいな」

「別の理由だと?」

「あぁ、なんでも今回のゲーム。いいや自分たちの存在に関して話したい事があるらしいな」

恭介の言葉と共に廃教会の中に備え付けられているパイプオルガンが一人でにな音を鳴らしていく。それはちゃんとした曲の体をなしており、思わず参加者たちを唖然とさせた。
聞こえてくる歌はひどく不気味なものであり地獄に堕ちた死者たちが助けを求めているかの様なものであり、参加者たちの不安を煽っていく。
全員が意を決して誰もいないパイプオルガンを眺めていると、次第にそのオルガンを弾き鳴らしているのが白いパーカーを着た少女だという事に気がつく。
それを見た恭介が無意識のうちに叫んだ。

「る、ルシファーッ!」

だが、少女は宿主の言葉など無視してひどく不気味な音楽を流し続けていく。あまりにも不気味で悍ましい曲に一同が怯えていた時だ。
彼女はようやく音楽を止め恭介たちの前に向き直る。

「これでようやく今現在のゲームにおける生存者が揃ったみたいだね」

「さっきのあの不気味な音楽はなんだ?」

恭介の問い掛けに少女は顔に嘲笑うような笑みを浮かべながら答えた。

「決まっているだろ?悪魔たちの聖歌さ。ぼくらの敵をキミたちが讃える際に使う聖歌とは少々異なるがね」

「……どうしてあたしたちを集めた?」

美憂が両目を鋭く尖らせながら尋ねる。

「決まっているだろ?キミたちに警告の言葉を発するためさ」

「……警告の言葉だと?何を言っている?」

真紀子の問い掛けにルシファーは淡々とした口調で答えていく。

「警告は警告だよ。キミたちはこのゲームに勝つつもりはあるのかい?」

その言葉を聞いた一同が思わず心臓を鳴らす。
ルシファーはそんな一同に構う事もせずに話を続けていく。

「だってそうだろ?キミたちは扉が開かれる日数まであとほんの数ヶ月しかないというのに未だに馴れ合いの様な戦いを続けているじゃあないか……これでは面白くない。だからさぁ、戦ってよ。ぼくのために」

その言葉を聞いた瞬間に全員の肝が冷えていくのを感じた。まるで自身の肝だけが冷たい冷蔵庫に入れられてしまったかの様な感覚だ。
そんな全員の心境を見透かしたかの様にルシファーは顔に嘲笑う表情を浮かべている。

「戦ってゲームの進行を進めてくれなけりゃあつまらないよ。早く戦ってよ」

「……ふざけるなよッ!」

激昂して立ち上がったのは恭介であった。今にもルシファーに殴り掛からんとせんばかりの勢いである。そんな恭介を真紀子と美憂の両名が必死に止める。
だが、羽交締めにされてもなお、恭介は拳を振るい抗議の言葉を投げ続けた。

「ふざけるなッ!おれたちはお前たちの玩具じゃあないんだぞッ!」

「神通恭介、その発言は間違いだ。取り消しなよ」

「ふざけるーー」

「ふざけてなどいない。キミたちはぼくたち悪魔の玩具だ。それだけは間違いのない事実なんだからさ」

「……私たちが悪魔のおもちゃ?それってどういう事?」

不安気な顔を浮かべて立ち上がった美咲の問い掛けにルシファーは得意気な顔を浮かべて立ち上がった。
ルシファーはそんな彼女を見てクスクスという笑い声を上げていく。

「……簡単な話だよ。人類は悪魔と共にその過程を過ごしてきたんだから……」

ルシファーは人差し指を宙に掲げて、自分たち悪魔が生み出された経緯と人類とが生み出された経緯を語っていく。

「……かつて神は完璧な存在だった。悪などという感情とは無縁だった。ただ一人混沌と静寂とが支配するこの世界を一人で統治しておられた」

だが、神はそんな世界を虚しく思い、世界を創造したのだとされている。

「……それらの過程。その神の身勝手な思いから生まれたのが『悪』という理念さ。『悪』は理念だし、元は神から溢れたものだ。滅ぼす事はできない」

ルシファーは唖然とする一同を放って話を続けていく。

「とはいえ、初めはその『悪』という感情もちっぽけなものだった。広大な光の空間を漂う残留思念の様なものに過ぎなかった。だが、ある時『悪』は一人の神の使徒を標的にした」

それが大天使ルシファーであったとされる。全員の記憶の中にかつてルシファーは神に仕える天使であったという事を思い出した。
全員の頭の中にその考えが広がったのをきっかけにルシファーは口元に意味深な微笑を浮かべて話を続けていく。

「元大天使ルシファーつまりぼくは神に対して叛逆を試みた。高慢なる神に反感を抱いていた天使はぼくらだけではなかったからねぇ。大天使の三分の一を仲間に引き入れ、反乱を試みた」

だが、ルシファーは反乱に失敗して部下の悪魔たちと共に地獄の底へと堕とされたのだという。

「ちょっと待て、元は混沌と静寂だけの世界だっんだろ?どうして地獄なんてものがあるんだ?」

「……神が世界を作る前からその存在はあったんじゃあないかな?まぁボクもよく知らないんだけど」

恭介の質問にルシファーは心底から興味がなさそうな声で答えた。

「じゃあ質問を変えよう。全てがルシファー。あんたの部下だというのならばあたしの契約してるヒュドラや最上の部下であるあの女の悪魔はなんなんだ?見たところはお前の部下じゃあなさそうだから」

美憂の質問にルシファーは目を輝かせながら答えた。

「いい質問だね。姫川美憂ッ!『悪』という概念はあらゆる世界へと蔓延していったんだ。キミはマルチバースという言葉を知っているかな?」

マルチバースというのはパラレルワールドの集合体であるとされ、多数の宇宙の集合体であるとされている。
ルシファーによれば神の世界や『悪』の概念。更には地獄の存在すら人間の住う世界や宇宙と共に枝分かれになっており、ヒュドラやブカバクなどはそれらの分岐した神々の世界或いは地獄から来たとされている。

「……じゃあ、ルシファーが今の様な馬鹿げたゲームを開いているのも全てはそれらの別の悪魔や『悪』を満足させるためなの?」

「志恩くん……それもあるんだけどね、残りはボク自身が満足するためなんだ。面白いんだよ。人間って奴が慌てふためいて泣き叫び、おのれの醜い欲望のために殺し合う姿を見るのはさぁ!溜まらないんだよッ!」

ルシファーは両手を広げて笑い大きな声を上げていく。最初は今の美少女としての姿に相応しい可愛らしい声であったが、徐々に野太くて聞こえにくい不快感を与える様なものへと変わっていった。
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