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第三部『終焉と破滅と』

最上真紀子の場合ーその20

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「やはり失敗したのね。あいつら」

希空は携帯電話に部下たちが出ない事を知って、部下たちが最上真紀子の殺害に失敗してしまった事を悟ったのだった。
希空は思わず爪を噛みながら今後の打開策を思案していく。誘拐も暗殺も失敗したとするのならば後はこちらから内部離間工作でも仕掛けない限りは難しいだろう。
これに関しては真紀子の性格からすれば一番成功しやすい計画であるのだ。
あんな性格の悪い奴ならば誰だって嫌がっているに違いない。
かつて彼女が自分にした様に自分が同じ方法であの女の帝国を奪ってやるのだ。
希空が楽しげな顔を浮かべていると、扉を叩く音が聞こえてきた。
真紀子の可能性があるので、無視をしていたら勝手に扉が開いたではないか。
合鍵かもしくはマスターキーか。それは希空にはわからなかった。
だが、その得体の知れない者が入ってくるのは確かであった。
希空は慌ててその場から逃れようとしたのだが、窓は高くて逃れられそうにないし、冷蔵庫やクローゼットの中に隠れていたとしてもいずれは見つかるだろう。
希空が他に方法がないかと冷や汗を垂らしていた時だ。
とうとう扉が開かれてしまった。扉からは拳銃を構えた最上真紀子の姿。
消音器を備えている様子からその執念がわかる。
真紀子は部屋の扉を開くと、ゆっくりと鍵を閉めて希空の元へと迫っていく。

「なぁ、希空。お前って奴はつくづく性根が腐ってやがるな」

「何を言っているの?性根が腐っているのはあんたの方でしょうが!?」

「…‥抜かすなよ。さっきの暗殺者はテメェの差金だろうがァ、お陰でテメェには心底からイライラさせられたぜ。ここを見つけるまでもイライラしっぱなしだったし、見つけてからもテメェの面を見てるとイライラが止まらねぇ」

真紀子は拳銃を突き付けながら言った。
黒くて鋭く光る銃口を見て、流石の日本の元女王も怖気付いてしまったらしい。
冷や汗をかく姿がはっきりと見えるし、生唾を飲み込む姿さえ見えた。
希空は堪らなくなってその場から逃れようとしたのだが、真紀子はそれを許さない。
希空の足に向かって銃を構えると、そのまま希空の足を撃ち抜いていくのであった。
真紀子は悲鳴を上げて転がる希空の元へと舌舐めずりをしながら近付いていき、尚もその場から逃れようとする希空の腕に向かって強烈な一撃を喰らわせていく。
真紀子の体をゾクゾクという感覚が襲っていく。抑え込んでいたストレスという名の激流はその枷を取り除かれ、真紀子の体を駆け巡っているのだ。興奮という名の劇薬に姿を変えて。
真紀子は更に背中に繰り返して銃を撃っていき、希空の悲鳴が部屋の中へと響き渡っていく。
真紀子はそのまま一気に希空の元へと近付くと、その手の甲に向かって銃弾を浴びせていく。
それによって最後まで窓に伸ばしていた手が下ろしてしまった事になる。
真紀子はその手の甲を強く踏み付けて希空から悲鳴を絞り出していく。

「アッハッハッハ、どんな気持ちだい?お姫様ァ!馬鹿にしていた侍女に反逆されて足を踏まれるって気分はよォ!」

「……クタバレ、クソ野郎。あんたに答えるべき答えなんてそれくらいよ」

真紀子はそれに苛立ったのか、今度は希空の背中にある銃痕を強く蹴り付けて、わざと彼女の口から痛みのような思いを吐き出させていく。

「このクソ野郎……」

希空は真紀子を口汚く煽っていくが、真紀子は何も言わない。代わりに希空の頭を強く蹴っていく。
希空は強制的にビジネスホテルの壁と口付けを交わす羽目になってしまったが、真紀子は容赦する事なくそのまま希空の背中をいじくり続けていく。
暫くの間希空の背中をいじっていた時だ。真紀子はふと思い出した様に希空に問い掛けた。

「おい、天堂。あたしの名前を言ってみろ」

「ま、真紀子……」

それを聞いた真紀子は眉を顰め、額に皺を寄せ、唇を噛み締めながら希空の背中をいじくり回していく。

「もう一度だけ言ってみろ。あ、た、しの名前だよッ!」

「真紀子ッ!」

「あぁ!?」

真紀子はドスを効かせて怒鳴り付ける。

「ま、真紀子様ですッ!最上真紀子様ですッ!」

希空は真紀子の恫喝に涙を流しながらこれまでの気丈な彼女からは想像もできない程の顔であった。
真紀子はそれを聞くと、眉間の皺を引っ込め、代わりに目尻を下げ、優しく微笑んでみせた。

「その通り、よく言えたじゃあないか!」

「じゃ、じゃあ……あたしを解放してくださいッ!」

希空は心の底からの言葉を叫んだが、真紀子はそれを無視して話を続けていく。

「昔さぁ、弟が借りてきた古い子供番組の悪役が仲間割れした奴があってさぁ、仲違いしてた幹部が廃人にさせられたんだよ。頭の病院に行って、ひたすらに泣き叫ぶって展開だったんだよ」

「いっ、一体何の話を?」

「決まってるだろ?あんたの今後の話を例に出して話してンだよ。けど、安心しな。あんたを廃人にはしねぇ」

その言葉を聞いて希空はホッと溜息を吐いたのだが、次の真紀子の言葉を聞いてその顔はみるみるうちに青くなってしまう。

「あんたの罰は輸出だ。ちょうど海外の組織と繋がりを作ろうと思ってたんだ。その手土産にちょうどいい」

勝ち誇った笑みを浮かべる真紀子とは対照的に希空の顔は絶望の色へと染まっていく。
ビジネスホテルの一室の中で真紀子の高笑いと希空の悲鳴だけが響いていったのであった。

「それで、その後に希空の奴はどうなった?」

「その後の顛末を聞きてぇのか?」

真紀子はワインレッド色をしたスーツの懐から一枚の紙を差し出す。

「これは?」

「輸出された後の天堂希空の処遇について記されたものさ。まぁ、読んでみな」

真紀子の言葉に従って手紙を開くと、そこには美憂が想像もできなかった様な悲惨な末路が記されていた。
美憂は手紙を読んでいる最中にその衝撃のために二度も口を開けてしまっていたし、真紀子に手紙を渡す際にもその手が大きく震えていた。

「……まさか、あいつがあんな目に遭ったとは」

「どうだい?スカッとしたろ?」

「……どうだろう?あそこまでいきすぎると、少し同情してしまいたくなる」

美憂は用意されたフレンチのメインディッシュをフォークとナイフを使っていじりながら言った。
本日のフレンチ料理のメインディッシュは鹿肉に赤ワインのソースをかけたものであったが、いまいち食欲がなくなってしまっている。
一方の真紀子は楽しそうな表情を浮かべながらメインディッシュを頬張っていく。真紀子は小さな可愛らしい口であったのだが、どうやればそこまで開けるのかと思う程に大きく開いて食べたのであった。
その時の真紀子の表情がなんとも言えず美味しそうであったのもみていられなかった。ただ、それでも父を虫ケラの様に殺した日本国の王女にお仕置きを喰らわせてくれた事には感謝の念を送っていた。
美憂は二人きりでの夕食を終えると、真紀子が代金を手渡す。そのまま今日は終わるかと思われたのだが、帰る前に真紀子が美憂の元に寄ったかと思うと、黙って先程の手紙を差し出したのだ。

「いるか?親父さんの仏壇の前に備えて仇は取れたと報告するとか」

「あんな悍ましい手紙を父の仏壇の前に備えられるか。それに手紙を持っているだけで、天堂希空の呪いがあたしにまで降り掛かりそうだ。だから、遠慮しておく」

「いうねぇ~まぁ、いいや。また何か面白い事があったら連絡するわ」

「あぁ、貴様も気を付けろよ」

美憂は改めて真紀子と別れ、一人自宅までの道を急いでいた。
今日は母を一人にしてきた。さぞかし寂しがっている。帰って、話をしなくてはなるまい。
美憂が家までの帰り道を急いでいた時だ。不意に背後から気配を感じて振り返る。
すると、そこにはこの前、二人の脱落者が出たゲームの時に初めて顔を見せた新たなサタンの息子が居た。
その手には秀明を襲った時に使用したナイフを持っており、美憂には殺意の様なものが伝わってきた。
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