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第三部『終焉と破滅と』

最上一族の場合ーその②

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「見事だよ、志恩くん……よくぼくを倒したね」

「違う……これはーー」

志恩はかつて兄と慕った男に涙を流しながら言い訳の言葉を述べていく。
だが、福音は志恩の所業など気にしていないのだろう。兜の下から笑いを零しながら志恩の頭を優しく撫でていく。

「ハハッ、違うよ。ぼくは死ぬべくして死ぬんだ。後悔はしていないよ」

「そ、そんな……お兄ちゃん!」

「志恩……いいや、志恩くん。またその呼び方で呼んでくれたね。嬉しいな」

福音は口から血を零しながらもう一度志恩の頭を優しく撫でていく。

「心配しないで志恩くん……ぼくは怖くなんてないからね。何も心配しないでいいんだ」

「けど、けど……」

「大丈夫、ぼくはいずれこうなる運命だったんだ。父の身内として多くの人を傷付けてきた……その報いを受ける。そう考えたのならばこんなの全然怖くないよ」

嗚咽し始めてきた志恩の頭を優しく撫でていると、自分の側に秀明が足と腹とを引き摺りながら近付いて来た事に気が付く。
福音は倒れたまま秀明を笑顔で出迎えたのだった。

「やぁ、秀明」

「何が「やぁ」だ。この野郎……危うく志恩が人殺しになるところだろうが」

「ひょっとするとキミがトドメを刺しに来たのかい?」

「ったり前だろ?可愛い弟を人殺しになんてさせてたまるかよ」

秀明が打撃で震える手を動かしながら福音に向かって剣を振り上げようとした時だ。
福音は秀明に向かって告げた。

「ぼくが死ぬ前に僕の持ち株の残りの10%の株のうち5%を志恩くんに渡したいだが、生憎と志恩くんは身内じゃあない。だから、ぼくが渡すと明言した財産の事をキミが周りに伝えてもらえないか?」

福音は上半身が攻撃でひどく傷んでいるのにも関わらず、志恩が相続の際に困らない様に住所と氏名まで伝えたのである。そして、彼は最後に秀明に兜を外す様に指示を出し、志恩を手招きするとそのまま彼の兜の上に口付けを与えた。
それから福音は弱々しい微笑みを浮かべながら秀明に向かって言った。

「これで悔いはないよ。やっちゃってよ」

秀明はその言葉が発せられた後にゆっくりと心臓部に向かってサーベルを突き刺していく。
これによって福音は完全に絶命したのである。
涙を零す志恩の肩を秀明は優しく叩くと、自らの武装を解除して笑い掛けた。

「……情けない話なんだがな。おれもさっきやってきたあの女の攻撃を喰らっちまってな……今まで頑張ろう我慢してたけど、もう持ちそうにねぇや。すまんな」

秀明は自身のは腹から溢れる血を見せながら言った。夥しい量の出血が見えた。

「そ、そんなお兄ちゃんまで!?」

「さっきから腹部が妙に痛いと思っていたらこんな調子だったんだ。さっさと鎧なんて解除して腹を触ってたら上手く止血できてたかもねぇしれなかったというのに……」

「お兄ちゃん!そんな……福音さんが死んで、お兄ちゃんまで死んじゃったらぼくは!?」

「心配するなよ、志恩……おれの遺産の五割はお前にやるからよぉ……流石に全部ってわけにはいかねぇ。おれにはお袋がいるからな」

「そんなのいらないよ!折角お兄ちゃんと出会えたっていうのに!?どうして死ななくちゃあいけないの!?」

「……ゲームなんて関係なくても人っていうのはいつかは必ず死ぬんだぜ。これだって早くきたか、遅くきたかの違いにしかすぎねぇんだよ。遺産もいらないなんて言うなよ、その金で少しだけでもお前が楽ができるようになったらおれは嬉しいんだから」

秀明は痛む腹を抑えながら志恩に向かって笑い掛けていく。
それから秀明はまだ何かを言おうとする志恩を遮って大きな声で人を呼び寄せていく。
秀明の言葉を聞いて、能力のために未だに動けない真紀子を除くその場にいた殆どの人たちが集まってくる。

「皆の衆よ、耳の穴をかっぽじって聞きな!ここにいる志恩くんは天堂福音から持ち株のうちの5%をいただいたんだ!すげぇだろ!」

秀明は空元気を装って叫んだのだが、流石に体に限界がきたらしい。その場で大きな咳を出したかと思うと、途端にその場に倒れ込む。
その場に居合わせた全員、特に志恩は熱心に腹違いの兄を助けようとして、涙目になりながら半ば半狂乱ともいえる様子で揺すっていくのだが、秀明は起きようとはしない。二本松秀明はここにその命を散らしたのであった。
志恩は暫くの間はその事実を飲み込めずに唖然としていたのだが、次第に大きな声を上げて泣き喚いていく。
理性も何もない。今の志恩は壊れたスピーカーの様に涙を流していくばかりであった。
だが、そうなるのも無理はない。自分にとって常に味方であった腹違いの兄を亡くしてしまったのだから。
一緒の家にこそ暮らしていないものの、血の繋がりのない両親からも信頼を置かれて、休日には交流を深め、ゲームでは共に肩を並べて戦った兄だ。志恩が受けた心の傷はより深く鋭いものであったに違いない。

今この瞬間こそあの少年を殺す絶好の機会なのだが、百合絵にはそんな事をする度胸がなかった。
百合絵は他の面々の前に気付かれないようにその場から立ち去っていく。
あの少年からすれば不意打ちで兄を殺めた自分こそが真っ先に仇として狙われるのだ。百合絵は生きたかった。例え卑怯だと、冷血漢だと罵られようとも。
志恩は一通り泣き止んだところでようやく正気を取り戻し、空元気を装いつつも晴れやかな笑顔を浮かべた兄の死体に向かって丁寧に頭を下げて言った。

「……さようなら、兄さん」

志恩はそれからゲームを中断させるために慌ててその場を去っていく。
残った面々は暫くの間は黙って志恩の背中を眺めていたのだが、やがて各々が何も言わずに立ち去っていく。
最後に残ったのは動きを止められた真紀子だけであった。
真紀子は倒れている腹違いの兄の死体へと近付くと、その死体を見下ろしながら言った。

「あばよ、兄貴……あんたと過ごした時間は悪くなかったぜ」

真紀子は倒れている兄の死体に最期の別れを送ると、そのまま自宅へと向かっていく。
住居兼事務所となっているマンションへと戻るとシャワーを浴びて寝る準備を済ませるとそのままベッドの中へと潜り込む。
眠っている間に真紀子は初めて兄と出会った日の事を夢見ていた。
兄と出会ったのは府内のバーであった。当初はいいカモであるくらいの認識でしかなかったが、出生の事を知ると、これ以上ない程のカモを得られたと実感したのである。
実の兄であろうとも使えるものは使う。真紀子の考えにズレはない。以後も腹違いの兄はいいカモであり続けた。
けれどもゲームにおいては敵同士。そこでは外の世界での関係は一切無縁であったのだ。

ゲームの中で兄と戦う事は本当に楽しかった。イライラが発散されていくような気がした。
真紀子が秀明の事を思い返していると、不意に殺気の様なものを感じてゆっくりとベッドから起き上がると、そこには銃を構えた黒服の姿が見えた。
真紀子は咄嗟に掛け布団を黒服たちの前に浴びせると、サタンの息子としての武器を取り出し、機関銃で相手の足を狙って撃ち抜いていく。
黒服の男たちは悲鳴を上げて倒れ込み、夥しい量の血を流しながら泣き叫ぶ。
だが、真紀子は容赦しない。真紀子は倒れている黒服の一人に銃口を突き付けながら言った。

「テメェら、誰に頼まれてあたしを襲いに来た?」

「の、希空様ですッ!あのお方に頼まれて、あなた様を始末しろと……」

「やはり、あの野郎か」

真紀子は歯を軋ませると、正直に答えた黒服の足を強く蹴って悲鳴を上げさせていく。

「やはり生かしておいてのは失敗だったな。明日にでも始末してやる」

真紀子は刺客を放たれて改めて天堂希空の抹殺を心に決めたのである。
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