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第三部『終焉と破滅と』

最上一族の場合ーその①

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真紀子は彼女を睨んでいた。もし美憂が戦いに介入しなければ、志恩を迷う事なく殺していたであろうから。
志恩は今回の戦いで武装を進化させたが、それでも自分や美憂、それに恭介と比べれば戦闘経験は薄い。去年から多くの戦いに従軍はしているものの、直に戦った回数は少ないのだ。
不意打ちなどは想像もできなかっただろう。説得していた際の志恩は美憂が狙う程に隙だらけであったのだ。
真紀子は志恩の呪縛がなければ今すぐにでもあの正体不明の契約者に襲い掛かっただろう。
いや、もうサタンの息子だろう。長晟剛とは異なり、正式に主催者兼参加者であるルシファーから参加者として認められたのだから。
そうであれば真紀子に止める理由などないのだが、なんとなく怒りが湧いてくるのだ。

(あの野郎、どことなくムカつく空気を漂わせやがって……本当にイライラさせる奴だ)

真紀子が機関銃を握り締めながら兜の下で怒りの感情を露わにしていた時だ。
ふと、志恩と美憂の間に雷鳴が迸り、空間が裂けたかと思うと、天堂福音の姿が見えたのだ。
福音は手に持っている双手槍を振るうと、そのまま美憂を薙ぎ払っていくのである。
美憂は不意打ちという事もあり、大きく火花を上げて地面の上に膝を突いたのだが、それでもすぐに両足を上げて剣を福音の横一面に大きく振っていく。
福音は悲鳴を上げたものの、美憂を乱暴に蹴り飛ばし、その場から逃れる事に成功したのである。
美憂は剣を振るいながら福音の元へ向かっていく。
福音はそのまま双手槍で防ぎ、剣を弾いていく。そのまま福音は双手槍を美憂の背後に向かって振るっていく。
美憂は背後からの攻撃を受けたものの、足を使って踏み留まったかと思うと、そのまま踵を使って一回転を行うと、福音にカウンターとも呼べる攻撃を繰り出す。
福音は慌てて身を逸らしてカウンター攻撃による大ダメージは防いだものの、逸らすタイミングが僅かにずれ、左肩を負傷する羽目になってしまった。
それを見た美憂が剣先を突き付けながら言った。

「あんたもとうとうダメージを防ぎきれなくなったみたいだな」

「……今のはたまたまさ」

福音は悔し紛れに吐き捨てると、双手槍を旋回させ、一回転させていく。
そして、そのまま美憂に向かって近付いていくのである。
美憂が剣を構えて福音を迎え撃とうとした時だ。その前に志恩が割って入り、両者の壁となっていく。

「……悪いけど、邪魔をしないでもらえるかな?志恩くん」

「嫌だッ!ぼくはこの戦いを止めるんだッ!そのためにぼくはサタンの息子になったんだからッ!」

この時の福音の脳裏に浮かんだのはかつての志恩の記憶である。かつて今よりも小さかった志恩に福音は問い掛けた事があった。「どうしてヒーローが好きなのか?」と。
志恩がこの時に答えた答えは幼い子供にありがちなものであった。
「ヒーローが敵を倒す姿がカッコいいから」という単純なもの。
だが、志恩は今となってその明確な答えを見出したらしい。
志恩は大切な人を守るため、人々の暮らしを守るためという答えを見つけ出したのである。
これは兄貴分として祝福するべき事であろう。後は答えを見出した志恩が何をするべきかという事である。
福音は双手槍を構えると、志恩に向かって告げた。

「おめでとう。志恩……そんな志恩に最後の試練を与えよう。ヒーローというのは時に苦難にも見舞われるものなんだ。例えば敵対した身内を倒せるかどうかというものだ……キミはぼくに勝てるかな?」

「勝てるさッ!そして勝った上であなたも……あなたの妹さんも止めてみせるッ!」

「偉いなぁ、やっぱり志恩は真のヒーローだよ。幼い時分のキミの兄貴分として誇らしく思うよ」

福音は満足そうに笑った。兜に顔を覆われているので志恩からはその表情が見られないのだが志恩は先程の言葉の端こら嬉しさの様なものが伝わってきたというのだけは祝福したかった。
その後二人は何も言わずに互いの武器を突き付けてあって睨み合っていく。
志恩はランスを、福音は双手槍をそれぞれ突き付けたかと思うと、そのまま走ってぶつかり合っていくのである。
ランスが先に福音の兜の先端を突き付けたが、微かな傷を付けただけで終わってしまう。その隙を狙って福音はガラ空きとなっていた志恩の腹部を狙う。志恩は大きく飛び上がったかと思うと、そのまま福音の腹部に向かって両足による蹴りを喰らわせていく。

福音は志恩の蹴りによってバランスを崩して地面の上に転がっていくが、そのまま倒れる事なく立ち上がったかと思うと、そのまま地面に落ちていた双手槍を拾い上げたかと思うとその勢いのまま志恩の腹部に攻撃を仕掛けていくのであった。
志恩はその槍を自らのランスを用いて防ぎ、そのまま槍の穂先とランスの刃とを重ね合わせていく。
これでは膠着状態に陥ると判断したのか、一旦はお互いに武器を構え直し、宙の上で何度も何度と武器を打ち合う。
金属と金属とが重なり合う時に生じる大きな音を見て、周りにいたサタンの息子たちは言葉も出さずに見守っていた。
突然ゲームに乱入してきた百合絵も、志恩をなるべく助けたいと思っている秀明も例外ではなかった。
秀明は痛む腹部を抑えながら二人の戦いを見守っていたのである。

志恩の武装が強化される鍵は彼の中にある憧れと努力であったに違いない。
秀明は生き別れていた弟と運命の再会を果たしてから共に過ごしてきた年月の事を思い返す。
思えば志恩も自分もあの頃から様々な目に遭っている。
だが、それでいてお互いにゲームや困難が降り注いできても成長ができている様な気がするのだ。

(全く大したものだよ)

秀明は心の中で志恩に賞賛の言葉を投げかけていく。
秀明は自慢の弟が戦う姿をじっくりと見物するために煙草という嗜好品がない事を心底から残念に思った。こういう時こそ煙草があればいいのに。
志恩と福音は激しい戦いを繰り広げていく。既に武器を使わない肉弾戦も数回行われている。

「やるなぁ!志恩!やっぱりキミはカッコいいよ!」

「やっぱり、やめようよッ!二人で一緒に悪魔たちを止めよう!?子供の頃に砂丘で一緒に城を作ったでしょ!?あんな風にまた力を合わせて頑張ろうよッ!」

お互いに右ストレートを喰らわせながら主張していく。
お互いに地面の上に倒れるものの、もう一度今度は武器を持って起き上がって斬り合いを行なっていく。
正真正銘力の力によるぶつかり合いだ。

「まさか、弟があんな力を持っていたとは予想外だったぜ」

真紀子は機関銃の銃身を摩りながら近くにいた恭介に聞こえる様に言った。

「志恩が?」

「あぁ、このゲームでもあたしの銃に怯えて逃げ回るだけの奴で、あたしも狩りやすい獲物として追いかけ回すんだ。ンでゲームの外では可愛らしい弟として接する。そんな日々が続くかと思っていたのに人って成長するもんだねぇ」

「当たり前だろ?何も変わらない人間なんているかよ」

「だよな」

真紀子は兜の下で笑い顔を作る。作り笑いではない本物の笑顔を浮かべていた。
兜越しであるので恭介や他のサタンの息子にはせいぜい目くらいしか見えないであろうが真紀子はそれでよかった。
今日はとても気分がよかった。だから笑顔くらい見せてやりたい。そんな気持ちであった。
真紀子が笑っている間にも激戦が続いていた。ランスと槍とが打ち合わされ続け、防ぎきれなかった際には互いに鎧のどこかを負傷する。福音の鎧にあるピンクの膜は進化した武装の前には一才無意味であるが、それでもなんとなく福音は
付けていなかった。雰囲気でも出るのかと考えたのかもしれない。
それとも、ピンクの膜を出す事によって自分は天使であるとも思い込みたかったのかもしれない。志恩に幸福をもたらす天使である、と。
いずれの理由にしろ福音は膜をなんとなく出しておきたかった。
互いに武器を打ち合い、鎧を掠め合っていくうちに勝者が決定した。
何度か目の打ち合いの後に志恩のランスが福音の腹に思いっきり突き刺さったのである。
これにより勝負の勝者は志恩に決定されたのであった。
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