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第三部『終焉と破滅と』

天堂福音の場合

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天堂福音は自分の目の前にいる美憂が進化した力を持つサタンの息子だとはどう考えても信じられなかったのである。
どうして、彼女がここまでの力を持てたのであろうか。それが福音には理解できない。進化し、従来の鎧や武器を超越している存在というのならば自分とて同じ様な存在ではないか。
だというのに、どうして彼女だけがこうまでも強大な力を得ているのだろう。憎悪という感情はここまで人を動かすのだろうか。憎悪は無論彼の中にも備わっている。自身のプライドを傷付けられた時に生じる感情や家族を傷つけられた際に生じる感情なども等しくそうであろう。
彼が自身の弟分と位置付ける志恩が傷付けられた時も彼は先程の美憂と同じ様な感情を持つに違いない。
だが、美憂と福音との間にある決定的な差というものはその感情を上手く引き出せるかどうかの違いにあるだろう。
実際に美憂はその力を上手く利用して、今現在福音を圧倒しているのだから。

福音は美憂から放たれる強烈なストレートを喰うと、そのまま悲鳴を上げて地面の上を転がっていくのであった。
兜と鎧とを全身に打ち付けて、武器すらも手放してしまうが、福音は慌てて新たな武器を作り出し、真上から振りかぶっていく剣を新たな双手槍で防ぐのであった。
美憂は一度剣を離し、膠着状態になることを防いだ後で今度は左右から剣を斬りつけていくのである。
ジグザグの剣身は尖っており、交わしにくい上に防ぎにくい。
一度何かに引っ掛かれば暫くは抜けないという弱点があるが、向こうもそれを把握しているのだろう。乱雑に見えて計算しながら剣を振るっているのである。
福音は身の危険を感じ、今日の場は背後にいる真行寺美咲を連れて逃げ帰る事にしたのである。二人は背後から武器を持って追いかけて来たのだが、そもそもこれは公式の悪魔たちの殺し合いではない。なのでタイミングを見計らわなくてもよかったのである。

福音は真行寺美咲を自宅にまで送り届けた後に拠点としている府内の一等地のホテルにあるスイートルームへと戻ったのである。
福音はスイートルームにて客のために用意されている赤ワインをワイングラスへと注ぎ込み、同じくつまみとして用意されているサラミを小皿の上に並べていく。
それを眺めながら福音は一人で呟く。

「……地球の滅亡か、考えもしなかったな」

誰にも言っていない一人言なので、言葉が漏れる心配もない。
彼が安堵していると、ホテルの部屋の扉を叩く音が聞こえた、黒い服を着た男が姿を見せた。

「失礼致します。とある大学の方から連絡がありまして、そこにおられる悪魔学と呼ばれる学問の権威とされる長晟剛教授が福音様と面会をしたいそうで」

「……面会?ぼくと?」

「えぇ、なんでも、あなたと我々は同じ秘密を共有しているので、話しやすいとか」

「……わかった。明日のお昼過ぎに大学の研究室を訪れると言っておいてくれ」

黒服は丁寧に頭を下げると、再び部屋を後にする。
こうして広い部屋の中に天堂福音は一人取り残された。
翌日大学の研究室を訪れ、彼はそこで様々な話を聞いた。驚く程に興味の深い話である。

「お話が正しければ地獄よりの門が開いて、悪魔たちが這い出てくると?」

「えぇ、タイムリミットはこのゲームが終わる頃までです。悪魔たちが地獄からの門を完全に開き、この世界を乗っ取らんとするその日までに我々は味方を集めなくてはならないのです」

福音はその言葉に突き動かされた。勿論彼にヒーロー願望などない。ただ彼の中にあるのはこれから家族として迎え入れようかと考えている秀明と志恩の行方である。
彼はまずは秀明の経営する大手IT企業『ギンガ』へと足を踏み入れ、秀明に剛の仮説を話していくと、秀明は真剣な顔を浮かべて首を縦に動かす。

「勿論、あなたに何を言われるまでもない。おれは元からこんな馬鹿げたゲームには反対の立場だったんだ。元々はおれを脅してくる妹に対する対抗手段としてこのゲームに参加したんだ。我欲を満たすためにこのゲームに参加したわけじゃあないしな」

「……成る程じゃあ、あなたはこの世界が……いいや、志恩くんが生きられるための世界を作り出す事に賛成という立場なのですね」

「あぁ、勿論……本当は姫川もおれと似たはずの立場だったんだ……けど、あんたの妹が……天堂希空が姫川の父親を殺す様に指示を出したらくしてさ」

「妹が?」

福音が片眉を上げる。

「それで復讐のために最上真紀子の秘書になってしまった。神通はといえばあいつにご熱心だからあいつの方につくよ。昨晩のうちにあんたが遭遇した戦いの経緯はそういう事になるのさ」

秀明は人差し指と中指との間に挟んでいた煙草をそのまま灰皿ポストの前にまでくると、そこに灰を落としていく。

「まぁ、それで戦いを止める方の派閥が随分と減っちまってね。今のところはおれと志恩、戦いには殆ど出ない真行寺、あの教授の四人だよ。いや、真行寺が殆ど出ないから実質三人だな」

秀明は疲れたと言わんばかりの表情を浮かべながら吐き捨てる。
よく見れば隈までもできているではないか。社長業に学生の本文である勉学に加えて、弟の志恩やその義理の家族との交流に加えて、ゲームまで加わるのだからかなりの激務であるには違いない。
福音が同情の念を寄せていた時だ。

「……もしかしたら姫川美憂と神通恭介を元の非戦派に戻す事ができるかもしれません」

秀明が深刻な顔を浮かべながら言った。

「本当ですか?」

「えぇ、二人がくっ付いているのは天堂希空という共通の敵がいるからです。その敵さえ倒してしまえば、二人は自然と消滅するでしょうからね」

秀明が煙草を吸いながら言うと、福音は納得したらしく首を縦に動かす。
それから福音はその足で最上真紀子の元へと向かっていく。
真紀子はその日新しく購入したというマンションの一室でマネーロンダリングの作業を行なっていたのだが、その場所に突然現れたのだから真紀子としても怯えてしまうしかなかったのだろう。
相手は日本国の事実上の王子である。真紀子は一応の礼節を持って彼に接し、ワインとつまみを出し、わざわざ礼装用の白色のドレスに着替えるという徹底ぶりである。
加えて、真紀子自らの手でお酌を行い、彼の中にワイングラスを注いでいく。

「いらっしゃいませ!本日はどの様なご用件で?」

真紀子は精一杯の笑顔を浮かべながら応対していた。どうやら自分の顔を見るなり、過去に植え付けられたトラウマの事を思い出すらしい。その笑顔が妙にぎごちなかった。
福音は差し出されたワインを一口だけ口にすると、真紀子に向かって告げた。

「……妹を、希空を日本の女王から引き摺り下ろすための用意をしてきた」

「えっ?」

真紀子は予想外の言葉に表情を凍らせていたが、福音がその次に発した言葉で彼女はようやく正気へと返ったのである。

「本当だ。ぼくが持っている天堂グループの株30%のうち八割の20%をキミに譲渡しよう」

真紀子はまだ黙っていた。まだ、疑問の念を持っているらしい。そんな彼女のために福音は用意された椅子の上から起き上がり、そのまま彼女が事務所として使っている一室から紙とペンを取り出し、そこに譲渡を示す手紙を記したのであった。

「……本当に20%もの株をいただけるんですか?」

「人類存続のためだ。やむを得ない。だが、これが終わったら姫川を辞めさせてあげてくれ。これ以上お前の欲のためにゲームを望む人を増やしたくないんだ」

「クックッ、OK、了解。だが、あんたも変人だなぁ、いくら人類のためだからって、わざわざ自分の妹を売るだなんてよぉ」

真紀子の話によれば、この書類はもう少し計画が進んだ後に東京の本社に直接乗り込んで、希空に突き付けるつもりだという。
家の中で先程のトラウマも忘れて高笑いを続ける真紀子に福音は心底から嫌悪感の様なものを感じていた。
同時に家族思いである筈の福音は人類存続や志恩の未来のためとはいえ妹を追い込んでしまった事に罪悪感を味わう。
だが、仕方がないと割り切り、心の中で妹への謝罪を行い続けていた。
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