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第三部『終焉と破滅と』

二本松秀明の場合ーその⑩

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「おい、お前たちッ!何をしてやがるッ!」

秀明は土産に持ってきた菓子折りを振り回しながら志恩の家の前に集まっている野次馬を蹴散らしていく。
それから秀明は志恩の家の周りを見つめていく。

「クソッ!全く……ひでぇもんだな」

志恩の家の周りには誹謗中傷のビラが所狭しとばかりに貼られていた。秀明は両眉を顰めながらビラをくしゃくしゃにすると、そのまま道路の上に放り捨てたのである。
すると、道路の前に誹謗中傷が描かれている事に気が付いて、秀明は落書きが記された道路を腹立ち紛れに踏んでいく。
それから中傷ビラを塀から乱暴に引きちぎっていくが、その下にも中傷文がスプレーに気が付いた。

「どこのどいつがやりやがったッ!クソッタレ!」

秀明は拳を強く握り締めながら叫ぶ。慌てて、周りを見渡すものの、人の姿は見えない。
秀明は舌を打ち、改めて菓子折りを持って志恩の家のチャイムを鳴らす。
家から声は聞こえてきた。志恩の養母の声である。打ちのめされ、憔悴し切った哀れな声である。
秀明は自身の名前を告げて、家に招いてもらい養母から事情を聞き出していく。
話によると真紀子の再逮捕によって、あちこちから民事裁判を起こされているらしい。加えて、養父も勤め先から解雇され、今はアルバイトを余儀なくされているという。
志恩も資金やいじめの問題で塾を辞めるようになってからは毎日図書館に通っているのだという。
秀明は悔しくなった。自分は兄だなどと言っておきながら結局のところ何もできていないではないか。そんな事もできずに何が兄だ。秀明は自分を責め立てていく。秀明が頭を抱えていると、石礫が家の中へと飛来していく。窓ガラスが壊されたのだ。恐らく心のない人による嫌がらせであろう。秀明は石礫を放った相手を追い掛けようとしたが、逃げ足が早くてすぐに追い付けそうにはない。
秀明が拳を強く握り締めていると、養母が諦めた様に言う。

「……いいのよ、どうせ今月にはこの家を出て行かなくてはいけないんだから」

「……それって」

「ローンが払えなくなっちゃってね。この家を売却する事になったよ……もっともこんな家誰も買わないだろうから、売った時の値段は買った時の値段の三分の一にもならないだろうから」

「じゃ、じゃあおれが払いますよ!おれの預金を引き出せばこんな家の一軒や二軒くらいーー」

秀明は悲しそうな表情で首を横に振る養母の姿を見て、それ以上の言葉をいうのをやめた。
どうやら二本松の世話になるつもりはないらしい。恐らく借りを作りたくないのと、このまま家を売って、どこか人目の付かないところに逃げたいのだろう。
秀明はその思いが痛い程にわかった。同時に秀明はこんな状況になっても志恩を追い出したりしない養父母を感心に思った。
自分たちだけで逃げるつもりならば志恩を施設なり自分なりに預けて縁を切る事ができるだろう。
だが、そうした事をしないのは未だに志恩を自分たちの子供だと思っているからだろう。確かに二人は真紀子を養子に迎え入れた事については後悔しているかもしれない。それでも、志恩だけは別と考えていたのだ。
秀明はそんな弟や弟の養父母の役に立つために懐から自分の財布を取り出そうとした時だ。ふと、養母が秀明へと目を向けて言った。

「……ねぇ、秀明さん……もしあたしたちが死んだら志恩を、息子をよろしくお願いします」

「な、何を言っているんですか?」

だが、そのやつれ切った顔は必死な表情で秀明に訴え掛けていた。
もしかしたら二人は自殺してその金を志恩に充てるつもりなのかもしれない。
秀明は慌てて養母を押し留めて説教を行う。

「あんた、何考えてたんだよッ!折角おれがこの状態にあっても志恩を見捨てないすごい人だと思って感心してたのに、結局は死んで楽になるつもりなのかよ!?後に残された志恩についてはどうするつもりなんだよ!?」

「でも、それが一番志恩のためになるでしょ?」

「ならねぇよッ!志恩はこんな状況でもあんたら二人を親だと慕ってるッ!あんたらを愛してるんだッ!そんな愛しい息子を置いていっちまうのかよ!」

「じゃあ、どうしたらいいのよ!?あんたが全ての人の借金を肩代わりしてくれるの!?」

養母の怒声が轟いていく。秀明が肩をすくませた瞬間を狙って養母は反論を行っていく。

「ないでしょ?結局あたしたちが死ぬしかないじゃあないッ!ただ一人残される事になる志恩にお金を残してあげるそれくらいしかできないのよッ!あたしやあの人みたいな普通の人にはッ!」

養母の言葉が耳に痛かった。確かに自分は世間一般的には天才だとか努力家だかには分類される人間だろう。
実際に秀明の経営する『ギンガ』の年末決算は去年以上の売上を記録していたし、その傍らで行っていた大学での勉学にも抜かりはなかった。
それは秀明が裏で必死の努力をしていたからであるが、普通の人にはどちらも難しいと言われている。
秀明が掛ける言葉に頭を抱えていると、玄関の扉が開き、やつれた顔をした養父と疲れた顔をした志恩の姿が見えた。

「ただいま、あっ、兄さん来てたんだ……」

「お、おう。志恩。あっ、これ手土産だから、後で食べような」

秀明は志恩に笑い掛けたが、志恩は疲れたような笑いをこぼすばかりである。
秀明はそれを見て居た堪れない気持ちになってしまった。どうして志恩のような子がこんなに苦しい目に遭わなくてはならないのだろう。
全ては最上真紀子のせいだ。あいつが生きて害悪を振り撒き続けている限り、あいつさえいなければ……。
秀明の中に炎が燃え上がった。赤くそれでいてドス黒い色をした憎悪の炎が燃え上がり、彼の中で最上真紀子の抹殺を決意させたのである。
同時に、姫川美憂への憎悪も燃え上がってきていた。2011年に開かれた最後の戦いで最上真紀子を殺していれば志恩が苦しまなくても済んだというのに。
最上真紀子が生きているせいで最愛の弟が苦しむのだ。姫川美憂があの時に最上真紀子を殺す事を止めていなければ最上真紀子が再逮捕される事もなく、志恩や志恩の養父母がここまで苦しむ事もなかったに違いない。
全てあの二人のせいだ。秀明はこの瞬間、ミステリー小説の中に登場する犯人が復讐の遂行のために人を殺す心境というのが知る事ができた。

秀明はひとまずこの場で計画の遂行の事を考えていく。
獄中からの逃亡犯である最上真紀子がどこにいるのかはわからない。だが、姫川美憂の自宅ならば知っている。
今からでも姫川美憂を始末してしまおう。いや、別件で姫川美憂を呼び出して、油断したところを短刀か何かで殺してしまうのもいいだろう。
秀明は手土産のロールケーキを台所で切り分けながら首を横に振る。
もし、彼が殺人を起こしてしまえば最上真紀子の同類となってしまうのだ。その手で志恩の頭を撫でる事などできないだろう。
頭を悩ませる彼の頭の中に浮かんだ解決方法というのはゲームの中での始末という方法である。

だが、この方法を取ってしまえば志恩とは完全に敵対する羽目になってしまう。今までの戦いから見ても、真紀子を殺せば志恩は悲しむであろうし、美憂を殺せば志恩ばかりではなく、彼女に惚れている神通恭介までもが敵に回ってしまうだろう。伊達正彦なるテロリストや天堂グループといった容易ならない連中がいる以上は全員を敵に回すのは得策ではない。
故にゲームにおいても現実においても二人を始末するのは難しいといえるだろう。結局憎悪の炎というのは彼の中で燃えるだけで終わってしまう。
秀明が自宅に帰り、溜息を吐きながらシャワーを浴びていると、不意に耳のうちに金属と金属とがぶつかる音が聞こえてきた。
どうやら、久し振りにゲームが開かれたらしい。秀明は拳を腕に振り上げて一人喜びを露わにした。
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