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第二部『箱舟』
ウォルター・ビーデカーの場合ーその④
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「君は僕の太陽。たった一つの太陽。どうか僕から太陽を奪わないで……」
秀明は検査のために病院したベッドの上で何度もこの歌を一人で口ずさんでいた。ソーダショップの死闘が終わった後に今は亡きウォルターが歌っていたこの曲が秀明の頭にへばりついて離れなかったのである。お陰で彼は暇な時間はパソコンを弄りながら無意識のうちに歌ってしまっていたではないか。
秀明はベッドの上で横になりながらあの後の事を思い返していく。
頭からあの歌詞がチラついて離れないのだ。中々にいい歌を歌うじゃあねぇか。カルト教団の教祖にしては……。
秀明がベッドの上で横になりながら先程の歌詞の事を考えていると、病室の扉が開いて、志恩と美憂の姿が見えた。
「……あぁ、志恩、それに姫川か。神通の姿が見えないが、あいつは?」
「わからん。急な用事とか言って見舞いを辞退しやがった。白状な奴だよ。けど、あたしたちは違うぞ、お見舞いと共に品物も持ってきた」
美憂が持ってきたのはレトルトの日本茶の詰め合わせであった。目の前の三つ編みの美少女は根っからの日本趣味であるらしい。
「ぼくからはこれ、あんまり大したものじゃあないけどね」
志恩が渡したのはウェットティッシュである。入院生活には重宝するものであり、秀明から見たらとてもありがたいものであった。
秀明は弟の頭を優しく撫で回した後に礼の言葉を述べたのである。
「……それでだ。調子はどうだ?」
「なぁに、大した事はねぇよ。このまま寝てりゃあ楽になるだろうよ」
「それはよかった」
美憂は安堵の溜息を吐く。
「うん。ところでさーー」
それから後はたわいのない雑談ばかりが繰り広げられていくのであった。三人での話し合いは盛り上がり、その中でも一番雄弁な喋り手であったのは入院しており退屈を持て余していた秀明であった。
秀明の話は若くして社長を務めるだけあって力強く、それでいて面白かった。
時刻も面会時間が終了しようとする頃であった。背を向けて去ろうとした時だ。不意打ちを浴びせるように秀明は二人に向かって言った。
「そういえば、お前らウォルターについて調べたか?」
「ウォルターに?どうしてだ?」
「気になったりしねぇの?あいつがどうして教団を立ち上げたりしたりとか?なんでおれは調べた。幸い時間だけはたっぷりあるしな」
「悪いが、あんな悪どい教祖の過去になんて興味がないね」
「まぁ、そう言ってやるなよ。あいつはあいつで可哀想な奴なんだからさ」
秀明の話によればウォルターの殺人事件は富豪によって彼の恋人が殺された事によって引き起こされたのだという。
「ウォルターの昔の恋人はジャッキーって言ってたかな?幼い頃から仲良しで二人は結婚を約束してたそうだぞ」
「そんな仲の恋人が富豪に殺されたのならばウォルターも怒るだろうな」
「……話はここからなんだ。お前もう世界史で公民権運動は習ったよな?ウォルターとジャッキーと恋仲になったのはその前の事だよ。つまり公民権運動の前の時代の事だったんだ」
秀明の話によればジャッキーの両親はウォルターとの仲を承認していたらしいが、ウォルターの両親はジャッキーとその両親を嫌悪しており、嫌がらせを行い二人の仲を引き裂こうとしていたらしい。
「当然そんな事をされれば二人の情熱は余計に燃え上がるってもんよ。話によるとウォルターは自分の仕事が落ち着いたら両親と絶縁した後でジャッキーと結婚するつもりだったらしいな」
「けど、ジャッキーとは結婚できなかった?」
「あぁ、彼女の転職が二人の運命の分かれ目になっちまった」
秀明の話によればウォルターは大学を卒業した後に会社員となり、ジャッキーは地元の小企業の秘書から引き抜かれて、地元の大富豪の息子の秘書に決まっていたという。
だが、彼女の転職が悲劇につながったのだ。ある時大富豪の息子が彼女を殺害したのだ。それも身勝手な理由だったという。その身勝手な理由のためにジャッキーは無惨に殺害されてしまったらしい。
「それで、その人は捕まったんだよね?」
志恩が必死な表情を浮かべて兄に尋ねる。秀明はそれに対して重苦しい顔を浮かべながら苦々しそうに答えた。
「けどな、地元の有力者の息子だからって理由でコネと金であっさりと釈放されてしまったそうだ」
「そ、そんな……」
志恩が衝撃を受けた顔をしていた。
「当然ウォルターはそれを許さなかった」
ウォルターは大富豪の殺害を計画した。
大富豪の息子が行きつけのバーに向かうと、懐に隠し持っていた回転式拳銃を持って近付いて、大富豪の息子にありったけの銃弾を撃ち込んだのだという。
「……六発の銃弾が全て体にぶち込まれていたんだからな……奴の恨みの具合の凄まじさがわかるってもんだぜ」
「その後はどうなったの?」
ウォルターはその後警察に捕まり、有罪になったのだという。当然富豪は激昂しウォルターを死刑にする様に指示を出したのだという。
そして富豪の目論見は成功した。一審にてウォルターは死刑を言い渡されたのである。
ウォルター本人も大人しく死刑判決を受け入れたのだが、しばらく時間だ経った後に審理のやり直しを求める声が訴えられ、ウォルターの審理はやり直された。
結果として二審では無期懲役を、第三審においては事情が考慮され懲役27年に減刑されたのである。
「けど、27年後の世界はウォルターからすれば見知らぬ世界に等しかった。だから彼は外国に移住したんだろう。教団内の古臭い街もジャッキーとの思い出に浸りたかったんだと思うと、少し気の毒だとは思うぜ」
「……まさか、ウォルターにそんな過去があったなんてな」
志恩は黙っていた。俯いていてその顔は見えない。秀明の話に納得したのか、していないのかは一目見ただけではわからない。
秀明はそんな弟に向かって厳かな声で言った。
「いいか、志恩……ウォルターの件みたいに世の中には理不尽な事がたくさんあったり、自分が納得できないよう理不尽な考えだってたくさんある。時には正義なんてものも信じられなくなる事があるだろうし、ヒーローが都合よく現れて、悪い相手を倒してくれるなんて事はあり得ないんだ」
「……だから、志恩。お前がヒーローになってみな」
秀明の一言に志恩は思わず顔を上げる。
「お前が許せないって事があるんだったらそう叫べばいい。頑張ってそのくらいの人間になればいいんだ。そうすりゃあ誰も文句を言わねぇぜ」
志恩は黙っていた。どうやら兄の言葉をじっと噛み締めて聞いているらしい。
「世の中はお前のお姉ちゃんみたいにいかにもいい人って顔をしながら裏ではこいつを嵌めてやろうって腹黒い事を考えている奴もザラにいるんだ。そんな奴らと渡り合うためのヒーローになるんだよ。そんな奴らが作り上げる理不尽から人々を守るためにな」
志恩は明るい声で「うん!」という元気のいい返事を返した。
同時に看護師の女性が現れて面会時間の終了を告げる。
志恩と美憂が帰る中、秀明はベッドの上で一人先程の事を考える。
自分は弟に向かって偉そうな事を言っていたが、自分はその理不尽に屈してしまっているのだ。
会社を成り上げるために相手を蹴落としたし、遊び呆けていた頃の自分は側から見たらチンピラにしか見えなかっただろう。それに自分はその志恩の姉の言いなりになっているという状態なのだ。
志恩にとってお手本にならなくてはならないのに自分がこんな調子では志恩に申し訳が立たないではないか。
そんな事を考えていると、秀明はますます自分が弟にばかり勝手な事を話して、自分自身の理想を押し付ける身勝手な屑にしか思えて仕方がなかった。
秀明は検査のために病院したベッドの上で何度もこの歌を一人で口ずさんでいた。ソーダショップの死闘が終わった後に今は亡きウォルターが歌っていたこの曲が秀明の頭にへばりついて離れなかったのである。お陰で彼は暇な時間はパソコンを弄りながら無意識のうちに歌ってしまっていたではないか。
秀明はベッドの上で横になりながらあの後の事を思い返していく。
頭からあの歌詞がチラついて離れないのだ。中々にいい歌を歌うじゃあねぇか。カルト教団の教祖にしては……。
秀明がベッドの上で横になりながら先程の歌詞の事を考えていると、病室の扉が開いて、志恩と美憂の姿が見えた。
「……あぁ、志恩、それに姫川か。神通の姿が見えないが、あいつは?」
「わからん。急な用事とか言って見舞いを辞退しやがった。白状な奴だよ。けど、あたしたちは違うぞ、お見舞いと共に品物も持ってきた」
美憂が持ってきたのはレトルトの日本茶の詰め合わせであった。目の前の三つ編みの美少女は根っからの日本趣味であるらしい。
「ぼくからはこれ、あんまり大したものじゃあないけどね」
志恩が渡したのはウェットティッシュである。入院生活には重宝するものであり、秀明から見たらとてもありがたいものであった。
秀明は弟の頭を優しく撫で回した後に礼の言葉を述べたのである。
「……それでだ。調子はどうだ?」
「なぁに、大した事はねぇよ。このまま寝てりゃあ楽になるだろうよ」
「それはよかった」
美憂は安堵の溜息を吐く。
「うん。ところでさーー」
それから後はたわいのない雑談ばかりが繰り広げられていくのであった。三人での話し合いは盛り上がり、その中でも一番雄弁な喋り手であったのは入院しており退屈を持て余していた秀明であった。
秀明の話は若くして社長を務めるだけあって力強く、それでいて面白かった。
時刻も面会時間が終了しようとする頃であった。背を向けて去ろうとした時だ。不意打ちを浴びせるように秀明は二人に向かって言った。
「そういえば、お前らウォルターについて調べたか?」
「ウォルターに?どうしてだ?」
「気になったりしねぇの?あいつがどうして教団を立ち上げたりしたりとか?なんでおれは調べた。幸い時間だけはたっぷりあるしな」
「悪いが、あんな悪どい教祖の過去になんて興味がないね」
「まぁ、そう言ってやるなよ。あいつはあいつで可哀想な奴なんだからさ」
秀明の話によればウォルターの殺人事件は富豪によって彼の恋人が殺された事によって引き起こされたのだという。
「ウォルターの昔の恋人はジャッキーって言ってたかな?幼い頃から仲良しで二人は結婚を約束してたそうだぞ」
「そんな仲の恋人が富豪に殺されたのならばウォルターも怒るだろうな」
「……話はここからなんだ。お前もう世界史で公民権運動は習ったよな?ウォルターとジャッキーと恋仲になったのはその前の事だよ。つまり公民権運動の前の時代の事だったんだ」
秀明の話によればジャッキーの両親はウォルターとの仲を承認していたらしいが、ウォルターの両親はジャッキーとその両親を嫌悪しており、嫌がらせを行い二人の仲を引き裂こうとしていたらしい。
「当然そんな事をされれば二人の情熱は余計に燃え上がるってもんよ。話によるとウォルターは自分の仕事が落ち着いたら両親と絶縁した後でジャッキーと結婚するつもりだったらしいな」
「けど、ジャッキーとは結婚できなかった?」
「あぁ、彼女の転職が二人の運命の分かれ目になっちまった」
秀明の話によればウォルターは大学を卒業した後に会社員となり、ジャッキーは地元の小企業の秘書から引き抜かれて、地元の大富豪の息子の秘書に決まっていたという。
だが、彼女の転職が悲劇につながったのだ。ある時大富豪の息子が彼女を殺害したのだ。それも身勝手な理由だったという。その身勝手な理由のためにジャッキーは無惨に殺害されてしまったらしい。
「それで、その人は捕まったんだよね?」
志恩が必死な表情を浮かべて兄に尋ねる。秀明はそれに対して重苦しい顔を浮かべながら苦々しそうに答えた。
「けどな、地元の有力者の息子だからって理由でコネと金であっさりと釈放されてしまったそうだ」
「そ、そんな……」
志恩が衝撃を受けた顔をしていた。
「当然ウォルターはそれを許さなかった」
ウォルターは大富豪の殺害を計画した。
大富豪の息子が行きつけのバーに向かうと、懐に隠し持っていた回転式拳銃を持って近付いて、大富豪の息子にありったけの銃弾を撃ち込んだのだという。
「……六発の銃弾が全て体にぶち込まれていたんだからな……奴の恨みの具合の凄まじさがわかるってもんだぜ」
「その後はどうなったの?」
ウォルターはその後警察に捕まり、有罪になったのだという。当然富豪は激昂しウォルターを死刑にする様に指示を出したのだという。
そして富豪の目論見は成功した。一審にてウォルターは死刑を言い渡されたのである。
ウォルター本人も大人しく死刑判決を受け入れたのだが、しばらく時間だ経った後に審理のやり直しを求める声が訴えられ、ウォルターの審理はやり直された。
結果として二審では無期懲役を、第三審においては事情が考慮され懲役27年に減刑されたのである。
「けど、27年後の世界はウォルターからすれば見知らぬ世界に等しかった。だから彼は外国に移住したんだろう。教団内の古臭い街もジャッキーとの思い出に浸りたかったんだと思うと、少し気の毒だとは思うぜ」
「……まさか、ウォルターにそんな過去があったなんてな」
志恩は黙っていた。俯いていてその顔は見えない。秀明の話に納得したのか、していないのかは一目見ただけではわからない。
秀明はそんな弟に向かって厳かな声で言った。
「いいか、志恩……ウォルターの件みたいに世の中には理不尽な事がたくさんあったり、自分が納得できないよう理不尽な考えだってたくさんある。時には正義なんてものも信じられなくなる事があるだろうし、ヒーローが都合よく現れて、悪い相手を倒してくれるなんて事はあり得ないんだ」
「……だから、志恩。お前がヒーローになってみな」
秀明の一言に志恩は思わず顔を上げる。
「お前が許せないって事があるんだったらそう叫べばいい。頑張ってそのくらいの人間になればいいんだ。そうすりゃあ誰も文句を言わねぇぜ」
志恩は黙っていた。どうやら兄の言葉をじっと噛み締めて聞いているらしい。
「世の中はお前のお姉ちゃんみたいにいかにもいい人って顔をしながら裏ではこいつを嵌めてやろうって腹黒い事を考えている奴もザラにいるんだ。そんな奴らと渡り合うためのヒーローになるんだよ。そんな奴らが作り上げる理不尽から人々を守るためにな」
志恩は明るい声で「うん!」という元気のいい返事を返した。
同時に看護師の女性が現れて面会時間の終了を告げる。
志恩と美憂が帰る中、秀明はベッドの上で一人先程の事を考える。
自分は弟に向かって偉そうな事を言っていたが、自分はその理不尽に屈してしまっているのだ。
会社を成り上げるために相手を蹴落としたし、遊び呆けていた頃の自分は側から見たらチンピラにしか見えなかっただろう。それに自分はその志恩の姉の言いなりになっているという状態なのだ。
志恩にとってお手本にならなくてはならないのに自分がこんな調子では志恩に申し訳が立たないではないか。
そんな事を考えていると、秀明はますます自分が弟にばかり勝手な事を話して、自分自身の理想を押し付ける身勝手な屑にしか思えて仕方がなかった。
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