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第二部『箱舟』

貝塚友紀の場合ーその⑦

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志恩は懸命に槍を振り回して、友紀の剣を弾き飛ばしていた。それでも幾度もふるわれていく剣に勝機を見出せずに絶望の表情を浮かべていた。
その時志恩には疲れが生じていた事もあり、槍の穂先と相手の剣とが大きくぶつかり合い、志恩の体に大きな隙が生じてしまったのである。志恩の体は大きく弾かれてしまい、目の前に剣先が突き付けられていく。志恩は慌てて槍の柄の部分を用いて防ぎ、友紀の剣を弾いていくものの、友紀はその隙を待っていたのだ。剣を滑らせてその先端を志恩の元へと滑らせていく。
志恩は慌てて体を逸らす事により攻撃を回避したが、友紀はそこで素早く足を払って志恩を滑らせた。

友紀はその上に馬乗りになり、剣を逆手に握り、そのまま志恩を滅多刺しにしようと試みたのであった。
志恩は悲鳴を上げて地面の上に突っ伏していく。友紀は勝利を確信した。
だが、背後からの気配を感じて慌てて志恩の体から離れたのである。
慌てて背後を振り返ると、そこには怒りに燃える秀明の姿。秀明は右左に激しくサーベルを振るって友紀を斬り殺そうと試みる。

「ほぅ、いい太刀筋だな。だが、どうしてキミは弟に味方する?これはゲームなんだぞ」

「うるせぇ!あいつもそうだが、ゲームの外では……」

「当たり前だろ?ゲームと外とは切り離して考えたまえッ!」

友紀はそのまま掴み掛かってきた秀明を蹴り飛ばし、彼を背後の資材の元へと追いやったのである。秀明は資材の前に蹴られて酷い打撃を負ってしまったらしい。起きあがろうとする秀明の元に彼は剣先を突き付けて言った。

「これで私の勝ちだな。思えば今日の占いは運が良かった。私の元に正位置の星が来たのだ。審判の大アルカナが示すのは今までの頑張りが報いられるという意味だ。これはゲームにおいて再度脱落者が現れるという事を意味しているのではないのかな?」

「……それがおれって事かよ?クソッタレ、いいぜ。さっさと殺しな……覚悟はできてらぁ」

「安心しろ、痛いのは一瞬だ」

友紀が志恩の時と同様に剣を逆手に持って秀明の元へと突き刺そうとした時だ。
不意に背後の気配に気が付いて、友紀が振り返ると、そこには周囲を包囲さんとばかりにこちらへと近付いてくる人々。
一般人ではない。その証拠はその手に持っている武器であった。一般人が突撃銃や散弾銃、それに拳銃などを持っているだろうか。明らかに何か別の目的がゲームの会場を訪れたのだろう。
友紀の頭の中に思い浮かんだのは『招かれざる客』という古い諺であった。

「あいつら何者だ?」

「野次馬じゃねぇっていうのは見てわかるぜ」

資材に背中を預けている秀明が荒い息を吐きながら悪態を吐いたが、友紀は気にする事なく話を続けていく。

「わからん。何者だ?」

友紀が首を傾げていると、その返答の代わりにその人々に向かって大量の銃弾が浴びせられていく。二人が銃弾をした方向を見てみると、そこには無言で機関銃を撃ち続ける真紀子の姿。
真紀子は一通り銃を撃ち終わると、恐らく満足そうな表情を浮かべて周りの人々に向かって言った。

「何者か知らねーけどよ。危ない奴には近付かない方が得策ってもんよ。ここから攻撃するのがまぁ無難だわなぁ」

「何が無難だ。人を大量に殺しておいてよくそんな事が言えるもんだな。この異常者が」

廃工場の壁を杖の代わりに起き上がった美憂は足をふらつかせながらも皮肉を言う事だけはわからなかった。

「ハッ、モタモタしてたらこっちがあいつらにぶっ殺されちまうだろうかよぉ、人殺しもクソもあるもんか」

真紀子は美憂に悪態を吐き返すと、そのまま無言で自身の両手に持つ機関銃を持って相手に向かって撃ち続けていく。
次々と人が倒れていく姿は地獄絵図であった。美憂はまだ幼い頃に夏休みの日に児童館で戦争の悲惨さを伝えるビデオを見た事があったが、今の光景はまさしくそれであった。無意味な突撃を行う兵隊が次々と相手の機関銃によって掃射されてしまう地獄が今この場で再現されていたのだ。
美憂は咄嗟に真紀子に飛び付いた。そしてそのまま彼女の兜を剥ぎ取って、その顔を思いっきり殴り付けたのである。

「て、テメェ!何をしやがる!?」

「うるさい!貴様ッ!自分が何をしたのかわかってるのか!?」

「あたしに人殺しを後悔しろと言いたいのか!?ざけんなッ!向こうだってあたし達の命を狙ってんだぞ!ンな状態で躊躇ってなんかいられるかッ!」

「うるさい。うるさい。他の人たちがどんな思いでーー」

「今は道徳の授業中ではなかった筈だが?」

美憂の背後にはいつの間にか友紀が立っていた。美憂はそれを聞くと我に返って真紀子を殴るのをやめた。真紀子は兜を拾い、再度装着するとそのまま美憂の腹に向かって強烈な一撃を喰らわせた。

「これでおあいこだッ!ボケナスッ!」

真紀子は悶絶する美憂に拳を突き上げながら叫ぶ。と、同時に三人ばかりの武装した男たちが廃工場に入ってきたのを確認した。先程は工場の周囲を包囲するほど迫ってきていたが、残っていたのは三人だけであったらしい。
真紀子はそれを見るのと同時に武器を機関銃から拳銃に変えて二人を射殺してから、もう一人の首筋を叩いて昏睡させた。

「……今日のところはお開きだ。そういう気分じゃなくなったからな」

「最上、そいつらどうするつもりだ?」

「決まってんだろ?持って帰って尋問するんだよ、心配すんな。今度姫川にでも伝えて、こいつらが誰なのか教えてやっから」

真紀子は友紀の問い掛けにぶっきらぼうな調子で返すと、気絶した男を抱えて廃工場を去っていく。

「……私たちもお開きにするか、こんなに死体があったらゲーム続行どころじゃあないだろうからな」

友紀のその一言でその日のゲームはお開きとなった。
友紀はその足で自宅へと戻ると、簀巻きにされて床の上に転がっている女王を蹴って生存を確認する。
蹴られた際に体をバタつかせている様子から女王はまだ生きているらしい。
友紀は女王の簀巻き状態を外し、代わりに口元にガムテープと手を背後に回し、その手首に手錠を嵌めるという状況へと追い込んだのである。

「安心したぞ、キミにまだ死なれは困るからな……私の復讐の宴は始まったばかりなんだからな」

友紀はそう言ってテレビを点けた。友紀が冷蔵庫の中に冷やしていた缶ビールを飲みながら何気なく深夜放送の西部劇を見ていると、ニュース速報が流れた。
ニュースの速報は廃工場付近に発生した大量の死体であった。

ニュースになっているのか」

友紀はビールを片手に思わず一人呟く。本当に何気ない一言であったが、この一言は友紀の側でガムテープで口を塞がれている女王からすればショッキングな出来事であった。彼女はあの惨殺事件の首謀者かそうでなくても、事件が起きた時に現場に居たのだ。にも関わらず彼女は通報もせずに平然と帰宅してきたという事になる。女王からすればそんな相手からは一刻も早く逃げたかった。

這いながら逃げ出そうとしても、その際に床を這う音が床中に響いて友紀に気が付かれてしまうだろう。
どうすればいい。女王が悩んでいると、彼女が酔っ払う隙を利用する事にした。
もし、あのままビールを何杯も飲み続ければ彼女は酔い潰れてしまうに違いない。そのまま這ってでも逃げるのだ。
女王がそう決意した時だ。自分の顔にビールの缶が直撃したのを感じた。体を回転させて背後を振り返ると、そこには眉間に皺を寄せた友紀の姿が見えた。

「私が酔うのを待って逃げようだなんて思うなよ。キミは一流かもしれんが、私は一週間のうち何回もキミなんかより頭のいい女と高度な駆け引きをしているんだ。今更キミの作戦が見破れないはずもないだろう?」

友紀は勝ち誇った表情で告げた。
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