上 下
41 / 135
第二部『箱舟』

姫川美憂の場合ーその⑥

しおりを挟む
だが、そんな美憂のささやかな希望などはあっさりとウォルターの手によって打ち砕かれてしまった。ウォルターは零一を足で虐めたまま美憂の首を絞めて拘束したのである。

「ぐっ、バカな……」

美憂はレイピアを落とし、両手で自身の首を締め付けるウォルターの手を退けようとしたのだが、それは結果的に美憂の足をバタつかせるだけで終わってしまう。
兜の下で美憂が苦悶の表情を浮かべているというのは零一にも想像できた。
だが、今の自分ではどうする事もできない。零一は兜の下で頬を紅潮させていた。怒りの炎が心の中で燃え上がっていく。ウォルターという外道を必ずやこの手で取り除いてやるのだという思いで彼の頭の中は埋まっていた。
だが、思っていたとしてもそれは実行に移さなくては意味がない。
零一からすれば虚しさが募っていくばかりである。どうすればいい。

「ならよぉ、こいつが死ねばいいだけの話じゃねーか」

背後から真紀子の声が聞こえた。どうやら彼女は美憂より一足遅く恐怖と衝撃から立ち上がったらしい。同時に雨霰の様な銃弾が三人に向かって降り注いでいく。ウォルターは避けきれないと悟り、そのまま逃亡したので、割を食らったのは零一であった。彼一人であったのならば逃げきれたのだろうが、彼の近くには美憂がいた。零一は咄嗟に捨て身となって美憂を庇ったのであった。
大量の銃弾を浴びせられ既に彼は瀕死となっていた。そんな零一を美憂は抱き抱えた。

「どうして、あたしを?縁もゆかりもないはずなのに……」

「……警察官の仕事は市民を守る事なんだ。私はその役割を果たしただけなんだ……私は義務を果たしただけだ。だから気にしなくてもいいさ」

零一はそれから美憂に兜を外す様に指示を出す。
兜からは真の零一の顔が見えた。彼は今にも死にそうに口元から血を流している。美憂はそんな彼を優しく抱きしめた。

「……ありがとう。ここ数週間あんたの敵でしかなかった筈のあたしを守ってくれて……」

零一は美憂の感謝の言葉を聞くと、そのまま満足気な顔を浮かべて地面の上に倒れ込む。後悔など感じられない安らかな顔で彼は息を引き取ったのであった。
美憂は零一を丁寧に地面の上に下ろすと、そのまま背後にいた最上真紀子を睨む。

「んだよ、あたしが悪いっていうのか?しょうがねーだろ、一発だけだとウォルターを仕留められないと思ったんだ」

「お前のあの台詞だけを聞くと、ウォルターだけを狙った様にも聞こえるがな、その真の目的がわからない程、あたしの頭はボンクラじゃあないんでね。あんたの目的はあたしとあの人……そしてウォルターを纏めて殺す事にあったんだ……それで事故に見せかけて殺すのがあんたの真の目的だったんだね」

「だからなんだってんだよ?テメェがノコノコあの男を助けになんて行かなけりゃあ、あの男はあんたを庇わずに済んだかもしれねーんだぜ」

「いうに事欠いて、貴様……責任をあたしに擦り付けるつもりか?」

美憂の怒りが頂点に達したのだろう。兜の牙を折って、そのままそれを地面の上にばら撒いていく。同時に美憂の分身が地上から姿を表し、真紀子に向かって襲い掛かっていく。
真紀子は機関銃を乱射して美憂の分身を倒していくが、真紀子が銃を乱射するたびに美憂が牙を折ってそれ地面の上にばら撒き、真紀子の元へと向かわせていくためにいくら撃ち殺してもキリがないのである。

「クソッタレ!いくら撃ってもキリがねぇ!いくら湧いてくるんだよ!?」

真紀子は警察の追跡を逃れるために荷台からパトカーを撃つ大昔の映画のギャングの事を思い出す。
鳥取に住んでいた頃に深夜の放送で見た様な気がする。半分呆けていた曽祖母が好きだった様な気がする。

「フフ、こうして見てみると、1930年代の映画を思い出すな。懐かしいよ。1937年生まれの私は幼少期にかけてこの手の映画を観たもんだ」

「なっ、テメェ!?いつからそこに!?」

「キミたち二人が無意味な同士討ちを繰り広げているうちに移動させてもらったんだ。背後がガラ空きだったね。お嬢ちゃん!」

ウォルターは兜に守られた真紀子の顔を思いっきり叩いて彼女の体を一回転させると共にそのまま彼女の手から機関銃を奪い取ったのである。
真紀子が尻餅をついたところで彼女に向かってその銃口を突き付けたのである。

「ガッ、ちくしょう……」

「フフッ、最期だから言っておくがね、私はキミみたいなお奴が昔から嫌いだった。人を虐めて傷付けて、そのくせ自分はお上品だとでも言いたげな悪女がな」

「……悪女で悪かったな。じゃああたしが死ぬ前にその悪女に感謝でもしたらどうだ?カルト教祖……あたしの様な悪女がいるからあんたの教団が栄えるんだろうが、さぁどうだ?死ぬ前に悪女におやすみのキスでもしてくれたらいいんじゃあないのかい!?」

「キスはせんよ、代わりに祈ってあげるよう。そんな悪女を救うのも私の役目だからね。安心したまえ、きっとキミが神に救われて天国に行ける様に取り計らってあげるから」

ウォルターが真紀子から奪い取って機関銃の引き金を引こうとした時だ。目の前で真紀子が今度は新たに拳銃を召喚したのが見えた。

「……どうしたんだい?今更怖気付いたなんて言わねぇよな?」

「ぐっ、悪女の分際で粋な真似をするじゃあないか!」

「当たり前だろ?悪女っては粋な真似してなんぼなんだよ!ヒーローに酒を飲ませて、自分が襲われたふりをして他のヒーローからの信頼を失くさせたり、ラスボスを倒したヒーローを嵌めて、処刑にして自分の地位を安定させようとしたりしてな、ヒーローが逆襲したりパワーアップしたりする……その後で惨めったらしく殺されるのが悪女の役なんだぜッ!」

真紀子はそのまま宣戦布告も言わずにウォルターが持っていた自身の機関銃を落とす事に成功した。真紀子はウォルターが怯んだ隙を利用して、機関銃を奪い取り、背後に向かって退却を始めていくのである。真紀子は安全装置をつけて拳銃をポケットの中に仕舞うと、そのまま両手で機関銃を握って美憂の元へと突撃していく。

意外な突撃に美憂は真紀子を逃してしまう事になった。慌てて追い掛けようとしても、真紀子が素早く背後を振り返って機関銃の引き金を引いて弾丸を乱射する事で美憂の手から逃げる事に成功したのである。
目的地は恐らく弟の志恩が捕らえられていると思われるかつての支部長の屋敷だろう。
このまま逃してはなるまい。だが、自分たちを狙うウォルターも気になる。
だが、ウォルターはそんな美憂たちの意図を察したのか、兜越しに微笑を浮かべながら他の三人に向かって告げた。

「あの女を追うがいい。今回だけは私はキミたちをもう追跡したりはせんよ」

その言葉を聞いて美憂と他の二名は身体と精神の両方面で痛む体を起こして真紀子を追っていくのである。
そして真紀子を追ってかつての町長が住んでいた屋敷へと向かっていく三人に向かってウォルターは小さな声で別れの言葉を告げた。

「さらばだ。諸君……また近いうちに必ず会おう事になるであろうがな」

ウォルターは大きな笑い声を上げながら来客用のホテルへと戻っていくのであった。

「コクスン!お帰りなさいませ!」

ホテルの受付係の女性が慌てて頭を下げる。

「いや、そんなに畏まってもらわなくてもいいんだ……それよりもホテルの部屋は空いているかね?」

「あ、空き部屋などととんでもありません!コクスンにはホテルのスイートをご用意させてーー」

「気など遣わなくても大丈夫だ。適当な部屋に案内してくれたまえ」

受付係の女性はそれを聞いて恐縮した様子で頭を下げる。
ウォルターはそれからホテルのポーターに荷物を預けて自身に割り当てられた部屋へと向かっていく。
これからの事を色々と考えたくなくてはならないが、これから長い戦いを控える身になるであろうから、ウォルターとしてはまずはシャワーを浴びてリラックスしたかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

魔法少女のなんでも屋

モブ乙
ファンタジー
魔法が使えるJC の不思議な部活のお話です

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

リアルフェイスマスク

廣瀬純一
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...