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第一部『悪魔と人』

文室千凜の場合ーその②

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体から力というものが溢れてくる。千凛は手に持った剣を握り締めて最上真紀子の元へと走っていく。
いやただ走るだけでは物足りない。千凛の心の底から湧き上がった喜びに応えるためにはそのような行動だけでは物足りない。
そう考えた千凛は気が付けば両足を使って飛び跳ねて喜んでいた。そしてそのまま真上から両手に剣を構えて最上真紀子の元へと振り下ろす。
残念な事に初手の一撃は最上真紀子の持つ旧式の機関銃の銃筒によって防がれてしまったが、それでも大きく助走をつけて飛び上がった際に振り下ろした剣は彼女にとって予想以上の力を発揮したに違いない。
真紀子は銃筒を上手く盾の代わりに使用して自身の兜や体に当たるのを防いでいるものの、彼女の手が僅かに後方へと下がっている事に気がつく。
おまけに滅多に聞けない荒い息までも聞こえてくる。
いける。千凛はこれをまたとない好機と見做して最上真紀子へと執拗な攻撃を繰り出していく。
一度離した剣先を何度も何度も目の前に振り下ろしていく。その度に寸前で回避したり、或いは銃を盾の代わりにしたりして防いではいるものの、いつまでもそんな手が通じるはずがない。
兜越しに荒い息が聞こえてくるのを聞いて、千凛は最終攻撃を繰り出す事に決めた。

千凛は真下から大きく剣を振りかぶり、勢いのまま彼女が握っていたドラム式と呼ばれる丸い弾倉の付いた機関銃を弾き飛ばす事に成功したのだ。
最上真紀子は剣撃からは身を交わせたものの、両手から頼りにしていた武器を失ってしまった事に焦りを感じていたらしい。
真紀子が千凛に背中を向けて機関銃を拾いに向かう。
これは絶好の機会だ。千凛は密かに口元に笑みを浮かべる。自分が勝利の女神から熱い口付けを与えられている事を確信した。
情けなく尻尾を巻く最上真紀子の背中に向かって容赦なく剣先を突き立てていく。
彼女の背中に剣先が直撃し、千凛の依頼は確実に達成されると踏んだ時だ。
不意に最上真紀子が振り向き、私に向かって笑い掛けた。兜越しであるので彼女の表情は確信できないが、恐らくその下に浮かべている笑みは下唇を大きく開いて、彼女の真っ白なよく手入れされたミルクのような歯を曝け出すようなものであったに違いない。
いわゆる嘲笑うかのような笑みだ。千凛が地面を蹴るのと彼女の手に握っている古い型をした自動拳銃から弾丸が発射されるのは殆ど同時であった。
咄嗟に地面を蹴って回避したために致命傷は免れたものの、千凛の体の斜め上を銃弾が滑っていき、そのショックとダメージのために千凛は地面の上に倒れてしまう。
うつ伏せになり倒れてしまった千凛の体は真紀子の手によって強制的に持ち上げられてしまい強制的に真紀子と目線が合わさってしまう。

「これであたしの勝ちだなぁ。あんだけ息巻いておいて、この調子かい?殺し屋さんよぉ~」

彼女は馬鹿にしたように千凛の兜を黒く光る銃口でコツコツと叩く。

「……まだ私は契約したばかりなんだ。この力を正確に扱えないんだ」

「ハッ!おいおい認めちまえよ。テメーが負けたのはテメー自身が弱いからだとなッ!」

「黙れッ!私は弱くない!」

「いい加減に現実を認めろよ。テメェはあれか?ギリギリまで伸ばした夏休みの宿題ができてないのに、先生にできたと嘘を吐いて提出する頭の悪いガキか?」

「頭の悪いガキはお前だろ?最上真紀子」

「そりゃあどういう意味だよ?」

この時の真紀子の胸ぐらを掴む手が微かに震えた。どうやら自身の先程の挑発が胸か体のどこかで引っ掛かっているらしい。
もし、この場で千凛がその理由を説明してやれば最上真紀子は怒りで動揺して千凛を離してしまうかもしれない。
千凛はその可能性に賭けてみる事にした。

「だってそうだ。お前は化粧や服やらで誤魔化しているつもりかもしれないが、中身はガキなんだよ。大人の私から見れば小便臭い小娘に過ぎんよ」

真紀子の千凛を掴む手の力が強くなっていく。どうやら賭けは千凛の勝ちであるらしい。千凛は真紀子の恐喝に負ける事もなく挑発を続けていく。

「お前は大人のパーティーとやらで大人たちを騙したつもりかもしれないけどな。私からすればそんなものは日曜日に休日で家に居るパパの弱みを握って小遣いをせびる小娘の行動でしかないんだ。滑稽だよ」

真紀子の方から反論が聞こえない。怒りのために震えているのか、はたまた反論ができないほどに図星なのか。
千凛は勝利を確信して挑発を続けていく。

「第一、貴様の組織はズボラすぎるぞ。用心棒のヤクザどもはどうした?小娘」

「……テメェッ」

「おっ、小娘呼びは不快だったか?なんならお嬢ちゃんの方がいいか?」

「あたしを子供扱いするんじゃあねぇ!」

真紀子が激昂した。このまま怒り狂って突撃を行った隙を利用して不意打ちを喰らわせてやろう、千凛が兜の下で微笑を浮かべた時だ。
千凛の足に激痛が走る。そしてそのまま私は地面の下へと落ちていく。

「というのがあんたの筋書きだったのか?」

最上真紀子の声は正常である。その声からは怒りというのがまるで感じられない。
どうした事だろう。千凛があまりの事に唖然としていると本人がそのまま理由を話してくれた。

「あたしを怒らせて隙を作って逃げるつもりだったんだろうけど、そう物事はうまく運ばねーぜ。あんたの考えてる事なんて最初からお見通しなんだぜ」

千凛は少しばかりこの女の事を甘く見ていたらしい。
自身の頭を真紀子の履いているブーツによって踏まれた時千凛は殺し屋家業を行ってから初めて死というものを覚悟させられた。

「……さてと、テメェはあたしの名前を知ってる上に命まで狙ってる。生かしてたらいつ枕元に現れるかもわからねぇ。だから、この場でぶっ殺すのが得策だと決断した」

「や、やめろ!」

真横で美憂が叫ぶ。だが、真紀子は返答の代わりに銃弾を喰らわせていく。
美憂の体が弾丸を受けてその場の中へと崩れ落ちていく。
お終いだ。このまま最上真紀子は必ず私を殺すに違いない。
私が死を覚悟して両目を瞑った時だ。ふと背後から見知らぬ声が聞こえた。
声から察するに女性の声ではない。第二次性徴期前の高い少年の声だ。それもえらく美声の。
透き通った高い声は聞く人の耳を心地良くさせた。
怪物の様な女も例外ではなかったらしい。少年の声を聞いて先程とは対照的に機嫌を良くしていた。
だが、時間が経つにつれてその声は先程のように悪くなっていく。
真紀子の声が悪くなっていくにつれ、私の頭を締め付けていた足の力が弱まっていくのを感じた。
千凛は意を決して真紀子の足を両手で掴んで地面の上へと投げ飛ばす。
まるで虫を放り投げるかの様にあっさりと投げ飛ばしてしまったので、慌てて飛ばされた最上真紀子を見てみると、彼女は地面の上で大の字になっていて動けなくなっていた。

「志恩ッ!テメェ!あたしに何をしやがった!?」

「わ、わからないよ……けど、戦いをやめてって願ったらお姉ちゃんの体が吹き飛ばされて……」

「……それがあいつの願いというわけか……」

姫川美憂が足をふらつかせて立ち上がると志恩に向かって言った。

「ぼくの願い?」

志恩が美憂に問い掛ける。

「あぁ、お前はこの馬鹿げた戦いを辞めたいと願った。けど、このゲームに参加する前金として叶えられるのは三割程度ーー」

「その三割の願いっていうのが優勝候補のあたしの動きを止める事ってか!クソッタレ!」

美憂の解説を忌々しげな口調で真紀子が遮る。
どうやら途中で戦いに乱入した少年は自由自在に最上真紀子の動きを止められるらしい。
これは絶好の機会ではないか。千凛は地面の上で呻めき声を上げる真紀子の息の根を止めに向かう。
人の生き血を啜る害虫は社会を良くするために始末する。それが彼女仕事であった。
この女は多数の女性を泣かせ、多くの名誉ある人々を脅す社会的に有害な存在だ。生かしておけば犠牲者が増える一方だろう。このまま兜を奪って脳裏捨てて刃をその喉笛にでも突き立てればこの女は死ぬ。
千凛が剣を突き立てようとした時だ。不意に背後から殺気を感じて慌てて体を捻る。
すると、そこには二又の槍を千凛に向かって突き立てようとする少年の姿があった。
千凛は剣で槍を防ぎながら尋ねた。

「なんのつもりだ?少年……」

「やめてよッ!お姉ちゃんを殺さないで!」

「!?何を言っている?このゲームは殺し合いなんだぞ!?それを躊躇しろというのか?それにこいつを生かしておけば犠牲者は増える……死んだ方がいい邪悪な女だッ!」

千凛は正論を持って少年を正そうとしたが、少年は聞く耳を持たない。
それどころか、槍を振り上げて私を襲い始めていく。
やむを得ずにこのまま少年と一戦を交えようとしたのだが、足のアキレス腱に大きな痛みを感じて思わず膝を突いてしまう。
慌てて背後を振り返ると、そこには旧式の自動拳銃を構えた真紀子の姿があった。
利き手に握られた拳銃の銃口からは白い煙が出ていた。

「……どうやら弟の拘束が解けた様だな。クソッタレ、我が弟の能力ながら厄介な能力だぜ」

「……貴様」

「へっ、テメェが弟と戦っている間にあたしはすっかりと元に戻っちまったよ。さてと、これでテメェに借りは返せたな。後は」

信じられない事に真紀子は実の弟に向かって銃を放ったのだ。あんなに弟は姉を慕っているというのに……。
弟の悲鳴にも耳を貸さずに銃撃を続ける姿に我慢ができずに私は痛む足を引っ張りながら切り掛かっていく。

「貴様ァァァァ~!!!」

千凛の叫ぶ声が夜の街に慟哭していく。だが、真紀子は動じる事もなく平然とそれを避けたのだった。
千凛は怒りのままに剣を突き刺そうとしていくのだが、真紀子は動じる事なくそれを順番に交わしていく。
千凛は兜の下で懸命に剣を振っていくのだが、真紀子の嘲笑う声を聞くたびに自身が果てしなく愚弄されているような気がして不愉快であった。
真紀子はそのまま脇腹を蹴り付けて、千凛を吹っ飛ばし、地面の上に彼女を転がせていく。
千凛は真紀子に蹴られた衝撃によってゴホゴホと咳き込む。
だが、彼女は容赦する事なく横になった千凛を蹴り続けていく。
千凛はたまらなくなり辞めるように懇願したのだが、真紀子はその懇願をあろう事か冷笑していたのだ。

「オメェよぉ~なんか勘違いしているんじゃあねぇの?」

「……なんだと?」

「お前はさぁ、あたしをその剣で斬り殺そうとしてたわけだろ?けど失敗して、そこに転がっているわけだ」

「回りくどいな、何が言いたいんだ」

「つまるところさぁ、お前は人を殺すくせに自分が殺されるのは嫌なのかと聞いてんだ。あたしは」

千凛は言葉を失ってしまった。真紀子のその言葉は何よりも正論であったからだ。反論の機会を失っていると、彼女は続け様に足蹴を喰らい続けてしまう。
それに耐えきれなくなったのか、背後から美憂がレイピアを構えて千凛に向かって突っ込んでいく。
真紀子は慌てて拳銃を突き付けたものな、美憂の攻撃の方が早かったらしい。真紀子は真上から左斜め下に向かって剣が振り下ろされていく。
真紀子は斬撃を喰らってその場へと倒れ込む。ただ無理をしたためか美憂も力を尽きてしまう。荒い息を吐く美憂を横目に千凛は剣を構えながら倒れた真紀子の元へと近付いていく。
あいつを生かしてはおけない。あの人間の皮を被った寄生虫の息の根を止めなくては人々が安心して眠れない。
千凛は剣を杖の代わりにして倒れた真紀子の元へと向かっていく。千凛は真紀子の元へと辿り着くと、その場にロンウェーの剣を放り捨て、代わりに自らが殺しに使う際に用いる仕込み剣を抜いた。
一筋の光が閃めき、鋭利な光を帯びた剣先が真紀子の首元へと振り下ろされていく。これで稀代の悪女は最期の時を迎えるはずであった。

だが、その首が胴から離れるという事はなかった。
というのも、真紀子本人が狂気じみた笑みを浮かべながら首筋を掴んだ上に千凛の胴体に強烈な頭突きを喰らわせたからである。
千凛は堪らなくなって呻めき声をあげ、よろめきながら仕込み剣を地面の上に落としてしまう。
真紀子は相変わらずの狂気じみた笑みを浮かべながら千凛の頬を殴り飛ばす。
強烈な右ストレートを喰らって千凛は地面の上を転がっていく。
真紀子は満身創痍の状態であった。だが、それでも元気を出して言った。

「今日のところはこのくらいにしてやるぜ……あたしもテメェらももう戦えねぇみたいだからな」

真紀子は足をふらつかせながら元来た道を引き返していくが、千凛は自分と共に転がった剣を握って真紀子を追い掛けようとしたが、思うように足が動く事なく追跡は断念せざるを得なかった。
千凛はベテランの殺し屋である自分が動けない事がひどく不甲斐なかった。
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