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天楼牛車決戦編

玉藻紅葉の意地

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彼女はまず、薙刀を持ち変えると、そのまま目の前から迫る木本奏音に向かって大振りに振っていく。大振りに振る事によって彼女(本当は「彼」なのだが)を近付けさせない事と同時に毒を大きく振って彼女を殺すのが最大の目標であった。果たしてその作戦は成功するのだろうか。
彼女は危惧した。結果として彼女の予感は的中してしまう。風太郎は氷と風を纏わせた刀を振り回しながら、紅葉の元へと迫っていく。
紅葉は彼が来るのと同時に、目の前へと薙刀を突いていく。
だが、それを風太郎は避け、彼女の猛攻を掻い潜り、左斜め下から剣を振り上げていく。
紅葉は薙刀の塚を盾に、風太郎の刀を防ぐ。だが、それも意味がないだろう。今、木本奏音はこんな所にまで密接している。ここに毒を弾き出せれば、この男は直ぐにでも死ぬだろう。
彼女は勝利を確信した顔を浮かべる。勝ち誇った顔。得意げな顔。それらの全ての表情が彼女の顔の中にあるかの様だ。
風太郎が太刀を薙刀にぶつけている隙に、彼女は風太郎の体に向かって毒を垂れ流させていく。
それを見た綺蝶は血相を変えて、立っていた場所から飛び出さんばかりの勢いで風太郎に向かって襲い掛かっていく。
だが、毒は既に垂れてしまっていた。風太郎の体には紅葉の毒が命中し、彼の体が紫色に染まり、彼はのたうち回った挙句に地面の上に倒れてしまう。
「いっ、いやァァァァァァァ~!!」
綺蝶が悲鳴を上げる。これまでに上げた事がない程の絶叫だった。それを見た周りの仲間たちは今にも気絶しそうに足をふらつかせる綺蝶の体を支えようと駆けようとしたのだが、綺蝶はその手を断り、しっかりと地面に踏み止まって目の前の女を睨む。
綺蝶の胸の中ではっきりと告げられていく。この女を殺せという明確な意思が。
彼女は闇の破魔式を使用して、紅葉の元へと向かうが、彼女の毒の魔獣覚醒の前に、彼女は近付く前に、撤退を余儀なくされてしまう。
このまま距離を取り続けようとしたのだが、何故かあの女がこちらに向かって歩いてきてから、背中の触手で綺蝶の足を貫いて彼女の足を奪う。
彼女の危機を知った大勢の対魔師たちが玉藻紅葉の前に立ち向かって行くが、全て彼女の触手、或いは薙刀と毒の前に倒れていく。
彼女は慟哭を開いて自身を睨む可憐な少女の元に近付くと、彼女の顎を持ち上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「あなたの想い人は死んだわ。残念ねぇ。ねぇ、子猫ちゃん?」
「その『子猫ちゃん』というのは私の事ですか?」
「逆に誰がいるのよ?あなた以外にいないに決まっているでしょ?お馬鹿さん」
紅葉は優しく顎を持ち上げていたが、直ぐに彼女の頬を強く握り締めながら問う。
「子猫ちゃん……正直に白状なさい。あの破魔式は何処で手に入れたの?」
「……昭和二十年代の後半ですよ。私が小学校の高学年くらいの頃でしたから」
「あなたの時間なんて聞いてないわ!どうやって手に入れたのかを尋ねているの!」
「……さぁ、どうでしょう。私は教えませんから。でも、どうしても気になるんだったら、その足りない頭でこれまた足りない脳みそを雑巾を絞る時の様にぎゅうぎゅうに絞れば出てくるんじゃあないですか?」
綺蝶の毒舌を耳にした紅葉は眉間に青筋を立てている。いや、それどころか眉間に大きく皺さえも寄っている。
彼女は両頬をつねるのをやめ、代わりに彼女の胸ぐらを掴んで、拷問の姿勢を取っていく。
「ねぇ、もう三度目はないわよ。子猫ちゃん……闇の破魔式の入手の仕方を教えなさい。そうすれば、先程の言葉は寛容な精神でーー」
「許してくださいますか。ありがとうございます。ですが、あなたに許してもらわなくても良いですよ。私はあなたを絶対に許しませんから。でも、万が一、風太郎さんをあの世から返してくれたのなら、闇の破魔式をどうやって手に入れたのかを教えてもーー」
結局の所、彼女が最後の言葉は言えなかった。と、言うのもその言葉を口に出す前に、彼女は勢い良く殴られて地面の上に倒れてしまったからだ。
彼女は頬をさする真似も、顔から涙を流したりもしなかった。
ただ、強い目で玉藻紅葉を睨んでいた。
「全く、何を考えているのやら、分かったもんじゃあないわね。最近の若い者は礼儀という者を知らないのね」
「……見かけの割には随分と年寄りじみた考えだな。あんた」
玉藻紅葉がその無礼な発言を聞いて背後を振り返る。すると、そこには一人の寡黙な青年が立っていた。
青年の名は松風神馬。綺蝶や今は亡き月島順や氷堂冴子らと並ぶ上位の対魔師である。
彼は小さだが、確実に怒りを含ませながら自分の言葉を玉藻紅葉に向かって言い放つ。
「ねぇ、坊や。人を年寄り扱いだなんて酷いとは思わない?少なくとも、そこの小娘どもよりもよっぽど、若く見えると思うけど」
紅葉は綺蝶を指差して告げる。神馬が反論の言葉を口にしようとした時だ。
「そんなんだから、おばさんとか言われるんですよ」
綺蝶が顔に浮かべるのは上機嫌の笑顔。それとは対照的に、紅葉は薙刀を振って彼女の首元に突き付けながら言った。
「黙りなさい。あなたは先程、私を殿上人を侮辱した。それだけ死に値する筈よ」
「殿上人?笑わせないでください。自ら、その地位を放棄したのはあなたですよね?それなのに、まだ臆面もなくそんな事を言えるんですか?それに今の時代は何ですか?今の元号は?もう、天安や貞観じゃないですよ」
彼女はその問いに対しての問いは言葉ではなく触手。
彼女は無数の触手で綺蝶を襲っていくのだが、彼女目は冷静に触手の動きを見極めて刀を振っていく。
彼女は先程、風太郎を殺された怒りで冷静ではなかったのだが、得意の毒舌と嫌味を発揮できた事により、調子を取り戻したらしい。
綺蝶は触手と毒を刀で弾きながら、前へ前へと向かう。
そして、彼女の前に辿り着くのと同時に、真下から放つ第三の闇の破魔式を。
黒竜が真下から紅葉を襲い、紅葉は少なからず負傷を負ってしまう。
だが、その体は直ぐに治癒されていく。まるで、それこそが彼女の持つ特性だと言わんばかりに。
(成る程、木本奏音ほどの対魔師がどうして倒せなかったのかを理解しましたよ。あの女の再生力は異常ですね)
綺蝶は先程、自らが闇の力で開けた傷が直ぐに治癒されていく姿を見つけて頭の中でそう結論付けた。
何にせよ。あの女を倒す事は厄介だ。綺蝶は今回の分析で厄介ごとだけが分かった様な気がしてならない。
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