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船橋事変編

源平合戦よりの復讐

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燃えていく。主君の籠るお堂が。そして、数々の戦場で互いに背中を預け合った戦友が今、仁王立のまま弓矢に刺されていく。だが、自分は逃げなくてはなるまい。と、言うのも主君は義経公は自分に逃げろ言ったのだから。
彼は直線に進言した。
「何を仰せられるか、私は義経公の影として幼き頃より仕えた身!このままここでお供させて頂きとうござります!」
義経と同じ鎧に身を固めた男はそう進言したが、義経は黙って首を横に振って、
「分かってくれ、これは儂の最後の策略、意地なのだ。儂ではなくお主が逃げる事により、まだ暫くは義経が生きていると思わせられて、向こうが無駄な探索に時間を費やす上に、捕らえた時に影武者だと分かれば、兄上は地団駄を踏んで悔しがるじゃろう。時間を無駄にしたとッ!とな。儂はそれを幽霊となり見守る。それが儂の最後の策略じゃ」
義経の影武者を務めている男はそれを聞くと、瞳から涙を流す。
義経は恐らく体のいい事を言って自分を逃すつもりなのだ。その証拠に、彼は妻子と共に宿舎とされた堂の中に籠り、鍵を掛けてしまう。
本来ならば、ここで死ななければならないのは自分。
けれども、主君である友である義経はわざわざあの様な方便を利用して自分を追い出したのだ。ならば、自分も主君にして友の最後の策略に答えなくてはなるまい。彼は彼がかつて奥州に身を寄せた折に、秀衡が義経のために掘らせたという秘密の出口を利用して義経が居た場所を後にしていく。
宿舎から少しばかり離れた丘の上から、彼の主君が炎の中へと消えていく様子が見えた。
彼は遠い場所から燃える義経の宿舎を眺めながら、平家滅亡の功労者である弟をこの様な形で追い詰めて殺した頼朝と義経を己の保身のために裏切り、軍勢を差し向けた藤原泰衡の両名を憎む。
いつか殺してやるという決意の元に彼は北へ北へと逃れていく。
正直に言えば、冬が明けて、夏になっためか、冬支度をする事もなかった泰衡の追っ手が彼の元へと迫っていく。
とある山の麓で追い詰められた彼は泰衡の手下と最後に意地を見せて、斬り結ぼうとした。
その時だ。彼の前に突如、赤い着物を着たおかっぱの髪をした女性が現れる。
女はその小柄な肉体に似つかわしくない槍斧を振り回して、追っ手の首を次々と地面の上に落としていく。
土の上が鮮血に染まっていく。暫くの間、この土の上が赤色で染まる事は確定だろう。
義経の影武者がこちらに近付いてくる女性に向かって先程までは泰衡の手下に向けていた太刀の刃先を彼女に向けた時だ。
彼女はクスクスと笑って、
「やめてよぉ、そんな物騒なものを向けるのはぁ。それに、あたしはあなたの命の恩人よぉ。感謝される道理はあっても太刀を向けられる道理はないわぁ」
それを聞いた義経の影武者であった男は太刀を腰に下げていた鞘に戻し、丁寧な一礼を行う。
「す、すまぬ!お陰で助かり申した!だが、お主は一体何者じゃ?女子の身とは思えぬ。身のこなしに武具の扱い……只者とは思えぬ」
「あらぁ、あたしの正体を知りたいのぉ?なら、こう答えるわぁ。あたしはだと……」
彼女はそう言うと、義経の影武者であった男に近付き、彼の首元に自身の指を突き刺す。
悲鳴を上げる男の耳元で彼女は小さな声で囁く。
「これで、あなたもあたし達の仲間入りよぉ。あなたは何処までぇ、耐えられるかしらぁ」
自分の体の中に異物が入っていく感覚を味わう。彼は言葉にならない声を上げるのと同時に、首元を抑えて血に塗れた土の上に転ぶ。
彼女はそれを見ると、優越感に満ちた笑みを浮かべて、
「あなたは耐えられるかしらぁ、稀に死ぬ人もいるからぁ、後はあなたの運次第ねぇ」
薄れゆく意識の中で彼は彼女が肩に槍斧を持って何処かへ去っていく姿を見つめていく。
だが、目蓋は最後まで見たいという彼の意思を裏切り、彼の視界を閉ざす。
やがて、彼が目を覚ますと自分の中に確実な何か分からない別の不思議な力が湧いている事に気が付く。
彼はそれが妖鬼の力だと理解するまでに多少の時間を費やした。
彼は顔が猿、狸の胴体。虎の手足に尾は蛇というまさしく妖怪の様な姿で力を利用して追っ手が死んだ山の上で獣を狩りながら、暮らしていると、迷い込んだと思われる農民二人の会話に耳を澄ましていく。
どうやら、二人の会話によれば、藤原家は義経を匿ったという理由で頼朝に滅ぼされてしまっていたらしい。
義経を追い詰めた藤原家が滅んでしまったのは心苦しいが、ならば、それ以上の仇である源氏を追い詰めるまでである。
彼は山を降りると、鎌倉に潜り込み、そして、とうとうあの忌々しい頼朝を襲う機会が訪れる。
ある時、頼朝は新しい馬の乗り心地を楽しんでいた。そこを彼は襲った。
それも、かつて彼が殺した筈の義経の姿で。
頼朝とその護衛にあたっていた御家人衆は義経の姿に恐れ慄き手が出ない。
あの憎い仇を八つ裂きにしてやろうと太刀を抜いて襲おうとした時だ。
恐怖に駆られた頼朝は乗っていた馬から落馬してそのまま意識を失ってしまう。
彼はそれを見て復讐する気がなくなり、その場を去ってしまう。
だが、自分の義経に似ている姿が頼朝の死因に繋がったかと思うと愉快でならない。
だが、彼は容赦をしない。彼の家である源氏の直径を根絶やしにするために、源頼家、実朝の両方を手に掛けた。
彼が狡猾なのは直ぐには手に掛けずに、彼らが御家人衆と揉め、手に掛けても良いという時期を狙ったという点である。
自らの罪を北条家に押し付けて復讐を成し遂げた彼は以後、もう一度、自分の目の前に現れた例の小柄な女性に忠義を尽くしていく。
以来、もう800年以上の時が過ぎていた。気が付けば、彼は24魔将として数えられ、今回は新たに人間が作り上げた遊戯施設で虐殺を起こす羽目になっている。
それも、他の24魔将を率いるという形で……。
彼は自分と共にここを訪れた四人の男女に向かって告げる。
「作戦の決行は二日後の夜じゃ、各々抜かりのない様に憚るが良い」
それを聞いて四人の男女はそれぞれ潜入時の姿に戻り、遊戯施設の宿泊施設の中に戻っていく。
彼らが宿泊施設へと帰っていく姿を目撃すると、彼も今度は元の人間の姿に戻ろうかと考えたのだが、運悪くたまたま朝にゴルフコースの整備に訪れた男に目撃されてしまう。
何も言わずに立ち去ろうとした男を追い掛け、彼はその血肉を貪り食う。
それこそ、一欠片も残さない様に。それが、長い妖鬼生活の中で対魔師や守護地頭の類を呼ばせないための一番の得策であると学んでいた。
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