上 下
26 / 135
東京追跡編

遠呂智との決戦

しおりを挟む
強い。長谷川零は首元を抑えられながら改めて目の前の男の強さを自覚した。
それもそうだろう。この男は自分が生きていた平安時代よりも更に遡り、神武帝が存在したと言われる伝説の時代から剣士として名を馳せていたのだ。
考えてもみれば、自分などこの男から見たらまだまだ雛に過ぎないのかもしれない。
乾いた笑いが漏れる。それは諦めの矜持に近い諦めの笑み。本当は発したくなくても自然と発してしまうのだ。この無自覚な笑みは。
いっその事こと泣きたい気分だ。零はそう思ったが、そういう訳にもいくまい。
泣きを見せるというのは相手に弱みを見せるという事になってしまう。この男の前でだけはそんな事はしたくはない。
男はそれを見ると、小馬鹿にした笑みを浮かべて男の首を握る力を強めていく。
「残念だな。腕は上がっていなかった様だ。最後に会ったのはいつだった?」
「……大正の頃だよ。その後は恐慌やら戦争やらでお前さんたちを追う暇がなかった」
「じゃあ、もう五十年も会ってなかったのか。なら、その間に腕を磨いていなけりゃあ、落ちるわな。全く情けない……」
そう言って男は首を絞める力を強めていく。本当に死ぬかもしれない。既に舌が空気を求めて上へ上へと伸びていく。
舌ばかりではない。足もせめてもの自由を得ようと無意識のうちにバタつかせている。
零に考える余裕など自分の首を絞めている男は全くと言っていい程与えなかった。いや、むしろ考えを張り巡らせる暇などないと言った方が適切かもしれない。
このまま自分は死んでしまうのではないかと思われたが、突如、男が自分を解放した事により、事なき事を得る事に成功する。
零が首元を抑えながら、呼吸を戻すために喉を鳴らしていると、彼の前では剣を構えた青年との遠呂智との斬り合いが続いていた。
青年は刀を振って懸命に応戦しているが、遠呂智には当たっていない。それどころか、自分には当たらない刀や破魔式を見て笑い楽しんでいる様だ。
まるで、安全な場所でゲームを観戦する秩序無き観客の様に。
いや、実際、この男にとってこれはゲームだった。凶暴であるが、自分にとっては害のない男の剣を見て優越を楽しむという悪質な行為だ。
青年は思わず太刀を持っていた右手の拳を震わせたが、それでも先程の出来事が脳裏に深く刻み込まれてしまったのか、立ち上がって男の元にまで動く事ができない。
情けない話だ。青年が半ば諦めかけていると、斑目綺蝶ともう一人の新人、近作日向とが遠呂智に立ち向かっていく。
遠呂智は手に持っていた直剣で二人の斬撃を防ぐ。そして、そのまま二人の剣を弾いて風太郎との勝負に戻っていく。
その剣技の素早さに零は舌を巻く。あまりにも素早く、無駄のない剣技だ。
並の剣士ならばあの場で叩き斬られていたに違いない。
だが、日向は素人の筈。本来ならば、あの場で腹を斬られてもおかしくはない。
零が倒れながら、その様子を眺めていると、なんと遠呂智は風太郎の腹を叩いて彼を悶絶させて地面に倒れさせてから、同じ様に地面に倒れている日向の元へと近付いていく。
当初は日向にトドメを刺すのかと思われたのだが、男の取った行動は予想の斜め上をいっていた。
男は日向と視線を合わせると、彼に向かって言った。
「お前、体の中に妖鬼を飼っているな?」
日向はそれを聞いた瞬間に心臓が口から飛び出しになった。日向は反射的に首を横に振って否定したが、遠呂智は日向の両頬を力強く触り、自分の元にまで引き寄せて語り掛ける。
「隠していてもおれには匂いで分かる。かつての公家が森に隠れていた刺客の侍を見破ってあいつやお前のお友達と同じ形の剣で斬り倒した様にな」
「おれからは妖鬼の匂いがするって言いたいのか?」
遠呂智は満面の笑みで首を縦に振る。そして、顔いっぱいに青ざめた色を貼り付けて絶望した様子を見せる日向とは対照的に。
「おれが見たところ、お前はまだその力を自由自在には扱えない。どうしようもない怒りを覚えた時にしか使えないんだろ?」
日向は答えられなかった。男の指摘が当たっていたからだ。日向は討滅寮に刺客の妖鬼がやって来た時の事を思い返す。
思えば、あの時も記憶が無くなっていた。もし、あの時に討滅寮の対魔師の一人でも襲っていれば、自分は即座に殺されていただろう。
思い返すだけで全身が冷えていく。遠呂智はそんな日向の内心までも見透かして笑っていたに違いない。
彼は顔を日向の顔を見て笑うと、無言でその指で日向の首横に突き刺そうとしたが、それは綺蝶が許さなかった。
彼女は勇気を振り絞って遠呂智に向かって刀を振るい、彼が日向に新たな妖鬼の元を入れるのを防ぐ。
遠呂智は面倒臭そうに振り返ると、その直剣を動かして綺蝶を弾く。
まるで、夏の日に寝転がっている時に自分の周りを飛ぶ鬱陶しい蝿を落とすかの様な態度。
いや、実際、この男からすれば人間などは全て蝿なのかもしれない。
綺蝶は倒れたまま自分の元にまで迫る遠呂智を見上げながらそう考えていた。
遠呂智は何の感情も抱く事なく綺蝶の首を目掛けて刀を振ろうとしたが、その前に背後から石が自分に向かって飛んできた事により、遠呂智は石を左手で握り締めながら、飛んできた方向を振り向く。
満身創痍とも言える風太郎が立ち上がっている事から、石を投げたのは十中八苦彼だろう。
遠呂智は顔に微笑を浮かべて風太郎の元へと寄っていく。
震える手で太刀を握った風太郎は何とか遠呂智を待ち構えたが、この男には全て見透かされているらしい。
遠呂智はただ直剣を地面へと突き刺して周囲に雷を飛ばして周囲の電灯の電流系統を狂わせていく。
これで辺りは原始時代と同様に深い闇に覆われてしまう。
風太郎はそれでも戦う意思を捨てようとはしない。自分の元に迫ってくる遠呂智を強い目で睨む。
勝負は今ここで決めるしかない。風太郎が意を決して太刀に氷を宿らせて向かっていこうとした時だ。
けたたましいサイレンの音が鳴ってそれは半ば強制的に中断させられた。
それだけではない。周りを大勢の盾を持った警察官たちが取り囲んでいる。
どうやら、駆け付けた警察官の声を拾うに、あまりにも凶悪な通り魔事件であったために、誰が来れば良いのか、どの様に対処すれば良いのかで揉めていたらしい。
警察が来るのと同時に、遠呂智は舌を打って四人との戦いの間に割って入ろうとした警察官を直剣で次々と始末していく。
だが、警察官たちも黙って殺されはしない。銃を構えて応戦したために、思ったよりも抵抗できているらしい。
銃声とサイレン、そして悲鳴とが響き合う中で自分と同じ様に道の真ん中に倒れていた零と二人の仲間が起き上がって風太郎を誘う。
「この隙を利用して逃げよう」と。
風太郎は黙って首を縦に動かして三人について行く。
震える足を必死に動かして逃げる途中、遠呂智が追って来ない事を祈りながら。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

忘れられた元勇者~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~

こげ丸
ファンタジー
世界を救った元勇者の青年が、激しい運命の荒波にさらされながらも飄々と生き抜いていく物語。 世の中から、そして固い絆で結ばれた仲間からも忘れ去られた元勇者。 強力無比な伝説の剣との契約に縛られながらも運命に抗い、それでもやはり翻弄されていく。 しかし、絶対記憶能力を持つ謎の少女と出会ったことで男の止まった時間はまた動き出す。 過去、世界の希望の為に立ち上がった男は、今度は自らの希望の為にもう一度立ち上がる。 ~ 皆様こんにちは。初めての方は、はじめまして。こげ丸と申します。<(_ _)> このお話は、優しくない世界の中でどこまでも人にやさしく生きる主人公の心温まるお話です。 ライトノベルの枠の中で真面目にファンタジーを書いてみましたので、お楽しみ頂ければ幸いです。 ※第15話で一区切りがつきます。そこまで読んで頂けるとこげ丸が泣いて喜びます(*ノωノ)

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

プラネット・アース 〜地球を守るために小学生に巻き戻った僕と、その仲間たちの記録〜

ガトー
ファンタジー
まさに社畜! 内海達也(うつみたつや)26歳は 年明け2月以降〝全ての〟土日と引きかえに 正月休みをもぎ取る事に成功(←?)した。 夢の〝声〟に誘われるまま帰郷した達也。 ほんの思いつきで 〝懐しいあの山の頂きで初日の出を拝もうぜ登山〟 を計画するも〝旧友全員〟に断られる。 意地になり、1人寂しく山を登る達也。 しかし、彼は知らなかった。 〝来年の太陽〟が、もう昇らないという事を。  >>> 小説家になろう様・ノベルアップ+様でも公開中です。 〝大幅に修正中〟ですが、お話の流れは変わりません。 修正を終えた場合〝話数〟表示が消えます。

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

処理中です...