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東京追跡編

野良犬の追跡

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風太郎と綺蝶。それから、近作日向の三人はそのまま東京での散策を続けていた。浅草だけではなく銀座にまで足を伸ばしたのだが、妖鬼を操る黒幕を突き止められそうにはなかった。
だが、手掛かりは掴めそうにない。やむなしに休憩をする事になったが、その際に日向は大きな歓声を上げた。
「ひよぉ~流石は東京じゃぁ~こんなハイカラなもんを食べてるんかねぇ~」
「大袈裟だなぁ、たかだか鯨カツくらいで……」
風太郎はそう言って串に刺さった揚げた鯨を口にしていく。
鯨の食感はとろける様なという形容詞が似合う程に上手く安い事から、風太郎は昔からよく口にしていた食べ物だった。
風太郎は食べかけの鯨のカツを見ながら、かつての家族の記憶を思い出す。
あの時は幸せで、家族が不幸に見舞われるなんて思いはしなかった。
そんな事を考えていると、横でセーラー服の少女が右肩を持って顔を覗き込む。
「お疲れみたいですね。獅子王院さん」
相変わらずの美しい顔だ。顔だけで一生は食べていけそうな程の可愛らしい顔であったが、あの出来事を見てみればこの顔も怖く思えてしまう。
彼女は人の思い出が詰まった店を焼いた。人を誰も襲っていない妖鬼を殺すためだけに……。
そう考えるとどうも顔を合わせづらい。
と、ここで例の美少女がベンチに座り、風太郎の方へと詰め寄っていく。
「どうしたんですか?獅子王院さん?あれ以来、何処か上の空ですよぉ~私が何かしましたか?」
顔をすねらせる彼女の顔を見て風太郎の心の中に棘の様な痛みを感じたが、それでも、目を逸らし続けていた。
すると、そこに日向が首を突っ込んで、
「おい待てよ!お前、折角、綺蝶さんが話しかけてんだぞ!何とか反応しろよォォォォォ~!!!」
涙声の日向に風太郎が苦笑していると、三人の側に柄の悪いという表現が似合う程の厳つい顔の男たちが現れた。
「お前らだな?うちの組長が探しているっていうガキどもは?」
「ガキという発言は不適切だと思いますよ。私たちはもう既に就職をしている身ですから、ま、それはいいです。それで、暴力団の方が何の用ですか?」
綺蝶は無意識のうちに火花を飛ばし、突然現れた暴力団の男を牽制していた。
それを見て言葉を失う風太郎。やはり、あの時に感じた恐ろしい気配は気のせいではなかったに違いない。
現在でも敬語口調でありながらも、暴力団と対等に渡り合う少女を見て確信に近いものを得ていく。
風太郎が二人のヤクザと一人の少女から放たれる剣幕に圧倒されていると、突然、ヤクザの男の一人が懐に持っていたと思われる大振りの小刀を取り出す。
が、同時に綺蝶がヤクザの出した小刀を大きな刀で弾き飛ばす。
それから、刀をそのまましまう事なく、そのまま男の喉の前に突き付けて、
「もう決着は付きましたよね?そろそろ帰ってもらえませんか?」
綺蝶の抗議にヤクザの男二人は足を震わせてその場から去っていく。
綺蝶はその後、笑顔を浮かべて二人の前に振り返って、
「そろそろお腹が空く頃ですよね?三人でぼたん鍋でも食べに行きませんか?」
その後は綺蝶に連れられ、猪の鍋を食べたのだが、やはり居心地が悪い。
先程の出来事が尾を引いていたのだろう。綺蝶以外の人間の箸が進んでいなかった。
だが、いつまでもこの空気を引っ張るわけにもいくまい。風太郎が意を決してぼたん鍋を食べようとしてした時だ。
綺蝶が風太郎の前に飛び付く。そして、そのまま綺蝶は隣に座っていた日向の袖も引き、半ば強制的に地面に伏せさせた。
風太郎が抗議の声を上げようとした時だ。突如、轟音によって鍋店のそれまでの楽しげな空気が吹き飛ぶ。
凄まじい音が聞こえた。その音が入り口の方から発せられるのと同時に絹を裂く様な悲鳴が聞こえ、壁のあちこちに弾痕を作り上げていく。
それが済んだら、入り口から日本刀と大きな小刀を持った二人の男が現れた。
夕方と同じく二人であったが、二人の髪型がいわゆるリーゼントヘアーと呼ばれる不良スタイルの髪型であった事と若い顔立ちであった事から、違う人間である事は明白である。
風太郎はそのまま逃げようとしたが、その前に綺蝶が隠していた刀を抜いて峰で二人の男の体を斬りつけていく。
その様は可憐で優雅で、まさしく蝶の舞の様に煌びやかであった。
綺蝶は刀を仕舞い、怯える店主を他所に優しく鍋代を置くと、そのまま二人に立ち上がる様に指示を出す。
「行きますよ。このまま長居していたら、警察に捕まってしまいますから」
二人は始終圧倒されっぱなしであったが、警察に捕まれば面倒になるという事だけは分かったために、そのまま師である女性の元に引っ付いていく。
結局、その日は別の街の旅館に泊まり一日を終える事になった。
東京の真ん中に存在する旅館は確かに、旅行地に存在する旅館よりも小さくはあったが、サービスという面では全くと言っていい程、劣ってはいない。
風呂は五右衛門風呂であったが、部屋は予想以上に広く心地が良かった。
綿の心地の良い布団で三人で寝る筈であったのだが、風太郎は寝付けなかった。
彼は闇の中、天井を眺めて今日の日の事を考えていた。
最初のヤクザの件はまだ偶然で片付けられるかもしれない。だが、二度目は完全に襲撃だ。
では、何故自分たちはヤクザに襲われるかを考えたが、分からない。
いや、考えられるとしたら、たったの一つ。ヤクザと自分たちが追っている妖鬼の総大将とが結託しているという可能性だ。
ならば、地獄だ。自分たちの役目は妖鬼を狩る事であり、人間と戦う事ではない筈だ。
いつまでも人間と戦うのではなく、折角、三年もの長い時間を修練に費やしたのだから、妖鬼を相手にしたいものだ。
と、ふと木の板の上を踏み歩く音が耳に響く。
風太郎はそれを聞くなり、隠していた太刀を持って布団の上から立ち上がる。
と、それを耳にしたのか綺蝶も同時に刀を手にして立ち上がる。
「あなたも聞こえましたか?あの音が」
「勿論だ。靴だろ?相手は五人。本格的に殺しに来やがったな」
風太郎は日向を起こすと、そのまま武器を構えて相手を待つ。
勢い良く旅館の襖が開かれるのと同時に、二人の剣士が峰で相手を打ち倒していく。
いよいよ、最後の一人まで相手を斬り倒した時だ。男は考えられない様な悲鳴を上げて拳銃を構えた。
が、彼が引き金を引くよりも先に綺蝶が刀を相手の足に飛ばす。
男の拳銃は天井を撃っただけで済んだが、それは人々を驚かせるのに十分であったに違い無い。
あちこちの襖が開き、驚いた顔や怯えた顔が姿を見せる。
二人は顔を見合わせて頷き、部屋に戻った後に荷物を取り、日向の手を引いて外に出て行く。
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