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風太郎の旅立ち編

生まれ変わっても、もう一度、私を愛してくれますか?

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風太郎は繰り返されて出て来る綿の兵士をある時は自身の破魔式で生み出した氷の兵士で迎撃させ、ある時は自身の太刀に宿らせた氷の刃で綿の兵士たちをねじ伏せていく。
だが、一向に数は減らない。これが、死ぬ際の最後の執念という奴なのだろうか。はたまた、彼女自身ものだろうか。
その事に気が付いた風太郎は思わずアッと叫ぶ。
その時、彼の太刀を振るう動作が出遅れてしまう。そして、綿の兵士が首を締め付けるのをみすみす許してしまう。
それを見て叫ぶのは綺蝶。
「獅子王院さん!今、行きます!」
彼女は刀を持って風太郎の元へと向かおうとしたが、洋羽の手によって防がれてしまう。
彼は綺蝶の肩を強く握ってから、そのまま彼女を地面へとねじ伏せて、彼女の頭に向かって銃口を突き付ける。
「どうやら、戦争はオレ達の勝ちらしい。あんたの察しの通りさ。和子は時間を稼いでいた。オレがあんたに気付かれずに発砲するタイミングをな……まぁ、それであんたまで動揺したのは誤算だったが、事態はオレ達が咄嗟に思い浮かんだ事態よりもより良い方向に進んでいたらしいな」
洋羽のご丁寧な解説により、綺蝶は全てを理解した。どうやら、あの続く攻撃はこの男のこっそりと行う狙撃の手伝いであったらしい。
だが、風太郎はそれ以上の動きを予測したに違いない。例えば、この二人を助けるためのより強力な妖鬼が来るという様な事態を。
洞察力がこんな所で仇になろうとは弟子の風太郎は全く予想していなかった事であるのは間違い無いだろう。
そして、それを指摘しなかったのは師である自分の誤りだ。
綺蝶は悔しいと思いを抱えながらも、気丈に自分を真上から見下ろすハンチング帽の少年を睨む。
その綺蝶の様子を察したのか、少年は得意げな顔で笑う。
それから、マジマジと綺蝶の顔を見つめて、
「確かに、あんたは可愛い顔をしてるよ。あのお方からは対魔師の連中は皆殺しにしろと言われているが、あんたは別だ。東京のヤクザに売り渡せば高い金で売れるだろうな」
「……悪いですが、金で私は買えませんよ。それに、私は可愛げのない女とよく言われます。そんなのを誰が欲しがりますか?いませんよ。ここで、私を殺した方が良いですよ」
「へん、結論を急いじゃあいけないぞ、少なくとも、オレは高く売れると踏んでるんだ。あんたの顔なら、50万は下らないだろうなぁ~」
「それは嬉しいですね。まぁ、あなたに負けるつもりは毛頭ありませんが」
「まだ負け惜しみをーー」
と、その時だ。突然、白い虎、白虎が彼の背中を襲う。
洋羽は慌てて拳銃を綺蝶から虎へと向けたが、虎は一向に動じる気配を見せず、むしろ、積極的に洋羽を襲う。
その隙を突いて、綺蝶は地面の上から立ち上がり、光の剣を掲げて洋羽に向かって振り下ろす。
が、洋羽はその前に『浮遊爆裂』を使用して二人の前を離れていく。
だが、白虎だけは動じる事なくハンチング帽の少年に向かっていく。
洋羽は拳銃を捨てそうになったが、強い意志でそれを踏み止まり、拳銃を構え直す。
洋羽は『浮遊爆裂』を繰り返しながら、後退していくものの白虎は距離を徐々に詰めていく。
爆裂までも掻い潜り、向かっていくあの虎の怪物はどうすれば倒せるのだろうか。
洋羽が途方に暮れていた時だ。彼は見事なまでの妙案を思い付く。
少年は拳銃を構えてまずは空中に発砲する。
だが、白虎は銃が鳴っても上空に少しだけ視線を上げただけで、それ以上の動きは見えない。
自分の命を狙うべくひたすら土の上を風塵を上げながら向かって来る。
そして、もう一度銃を宙に向かって撃つ。
もう一度、白虎が上を向く。今だ。洋羽は引き金を引こうとしたが、その前に彼の両手は激痛に見舞われてしまう。
その上、拳銃はその痛みに任せて反射的に地面へと落としてしまう。
洋羽はそれから、自分の両腕の痛みが何であるのかを確認する。
その正体は太刀。大昔に使われなくなった刀が洋羽の両腕を貫いていた。
続いて、洋羽は痛みのした方向を振り向く。
すると、そこには息を荒げた少年の姿。
どうやら、あの少年がこの太刀を投げたらしい。
どうして、あの少年が太刀を投げられたのだろう。いや、理由はたった一つ。
和子がとうとう力尽きたのだ。こんな事なら、余計なお喋りをせずに斑目綺蝶を始末しておけば良かった。
洋羽が後悔の念と呆けた表情を顔に貼り付けて太刀を投げた少年を眺めていると、彼は首に白虎が飛び掛かってしまっていた事に気が付かずに、白虎の侵入を許してしまっていた事に気が付く。
そして、太刀を投げた例の少年を恨めしげな目で睨みながら意識を意図しない所で遠い場所へと飛ばしていく。
その際に洋羽は長い夢を見た。
それは赤い雨。終わらない業火。火に包まれる東京の街の光景。
洋羽がこの世に生を受けたのは戦争開戦の年の一年前。
彼は世間の不穏な空気とは裏腹に両親から祝福されてこの世に生を受けたのだった。
東京で生まれ育った彼は幼過ぎるという理由で地方には連れて行かれず、そのまま東京で地獄を見る事となった。
両親が懸命に逃がしてくれた事から、彼は生き延びる事が出来たが、それでも彼はそれらの全てを失った。
彼は戦後は浮浪児となり、戦後の闇市を生き延びた。生き残るためには手段を選ばなかった。
だが、そんな彼にも魔の手が伸び、施設へと入れられそうになった。
そんな時だ。彼の前にサングラスをかけた男が現れたのは。
「お前さえ良ければ、オレの組織で使ってやるぜ。その代わり……」
その後の言葉は言わなくても理解できる。とどのつまり、彼らは面倒を引き受ける代わりに、自分たちの鉄砲玉になれと命令したのだ。
ボタン一つ押すだけで動くロボット。脚をつけた自爆装置。
そう言った表現が一番的確かもしれない。彼は対立するヤクザ組織の大物やら戦乱の混乱に乗じて台頭した小規模の犯罪グループのリーダーやらを始末するために使われる事となり、結果として自分と同じ様な孤児が多く命を落とす事となった。
洋羽はいつ命を落とすかもしれないという状況下のためか、少しでも現実を忘れるために酒へと溺れていく。
そんな時だ。ある屋台で彼が真知子巻きの美しい顔の少女、和子と出会ったのは。
切っ掛けは偶然であったが、洋羽と和子とは不思議と気が合った他、同年代だという事もあり、その屋台に行けば自然と話し合う様になった。
そして、洋羽は気を見て申し込む。彼はなけなしの金で買った“指輪の箱”を彼女に見せて、
「頼むッ!これでオレと結婚してくれ!あんたがオレと結婚してくれたら、オレは必ずこんな商売から足を洗うから!」
と、息巻いた少年に彼女はそれまで首に巻いていたマフラーを外す。
その顔を見て少年は衝撃を受けた。何故なら、その顔の左半分には焼け爛れた顔、あまりにも残酷なまでの障害の傷があったのだから。
聞けば、地獄の折に大火傷を負ったという少女は普段は真知子巻きのマフラーで顔を隠していたが、彼女は自分をしつこく誘う男をその姿を見せる事で避けていたのだという。
洋羽もこれまでの同じ態度を取るのかと思ったが、洋羽は黙って和子を抱き締めて、
「お前もオレと同じなんだな……安心しろ、オレが一生、お前を守るから……」
和子は自分を初めて自分のこの左の顔の部分を愛してくれた少年に抱擁を返す。
そして、二人で足を洗って出直そうかと考えたのだが、それを許さないのがヤクザだ。二人は事務所に出向いた折に拘束され、何処かの倉庫へと連れて行かれてしまう。
和子は洋羽の見ている前でヤクザたちの制裁を受け、惨めな死体となり転がっていく。
そして、自分を引き入れた親分、サングラスにスキンヘッドの男が洋羽に向かって拳銃の銃口を突き付けて、
「ったく、お前たちの抜け駆けを許すと思ったのか?あんな女はどうでも良いが、お前にはまだまだしてもらわなくちゃあいけねぇ仕事があるからな。ここで死んでもらっちゃあ困るんだよ」
そして、そのまま立ち去ろうとした時だ。突然、ヤクザの親分の首が飛ぶ。
入り口付近の地面や壁が赤色のペンキでもぶち撒けられたかの様に赤く染まっていく。
他の組員もそうだった。彼らは一閃の閃光が洋羽の前で光るたびに、時代劇の映画で見るかの様な斬首刑に処されて死んでいくのだ。
目の前の光景が信じられずに、呆然としている彼の前に現れたのはかつて、学校がまだ正常に機能していた時期に教科書の挿絵で見た日本古来の神を思わせる耳の上に団子を重ねたかの様な特殊な髪型に、口元から見える鮫を思わせる様な歯。真面目な人間が見たのならば、不快感を与える様な相手を常に睨んでいるかの様な両目。そして下へと大きな鼻。
柄の悪い顔に不思議な程に似合う分厚い唇。
そして、その古代の神様が着ていたかの様な白いそれでいて何も装飾のない麻の服。
正直に言えば、どうしてこんな服を着ているかと思う程に不良風の衣装が似合いそうな男だった。
洋羽が呆然としていると、彼は無言で洋羽の顔を手に持っていた真っ直ぐな鉄の刀で洋羽の顔を貫いて、
「っと、これでオレの任務は完了だな。あいつがお前の様な孤児を欲しがっていてな。お前の体を妖鬼にさせてもらったよ。これで、あのクソッタレの対魔師どもも始末できるってもんさ」
対魔師?あいつ?何の事を言っているのだろうか。
もう、どうでも良い。洋羽は黙って両目を閉じ、その後に自分の意識が乗っ取られるのを感じていく。
その後、目覚めたのは多くの人間の血が撒かれ、スプラッタな光景を描いた倉庫の中。
隣には同じく目を覚ました和子の姿。
二人は互いに抱擁して無事を喜んだが、それを先程の男の手によって妨害されてしまう。
「感動のご対面中に水を差すようで悪いんだが、あんたらはもう人間じゃあない。あんたらは既に妖鬼というこの世ならざるものへと変化している。それに気を付けな。そして、後はお前らにも分かると思うが、お前らには強力な力を与えた。妖鬼として選ばれた人間のみが使用できるものがお前らには備わっているのさ……」
二人はそれを聞いてから、早速、その力を試す事にした。勿論、標的は自分たちを殺そうとしたヤクザの屋敷。
そこに居た連中を皆殺しにし、金品を漁っていく。
それから、二人はあの柄の悪い男の命じるままに虐殺や暗殺を繰り返していく。
まるで、鉄砲玉の様に……。
そして、今回、討滅寮なる屋敷に襲撃を仕掛け、それが失敗し、二人とも死んでいっているというわけだ。
これまでの走馬灯を辿る中で自分はつくづく愚か者だと洋羽は解雇する。
和子と縁を結ぶために殺人から縁を切ろうとしたのに、失敗し、和子には幸福を結ばせるどころか、殺人と縁を結ばせてしまうとは……。
何ともまぁ、滑稽でそれでいて笑えない話だろうか。
洋羽はもう一度自嘲する。自分の情けなさ、不甲斐のなさ、そして、簡単に人殺しに手を染めた事、和子にまで業を負わせてしまった事を。
だが、その上で洋羽は意識の中の和子に問い掛けた。
生まれ変わってもまた、私と一緒になってくれますか?と。
意識の中の和子はそれに対して微笑みを浮かべながら首を縦に動かす。
洋羽はそれを見て自身も微笑み返す。二人は互いに手を伸ばし合い、やがて手を取り合って笑うとそのまま闇を歩いていき、姿を消していく。
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