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風太郎の旅立ち編

風太郎と日向

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風太郎からすればここまで相手が激昂する事も想定内。それはそうだろう。あれだけの事を言えば誰だって怒るだろう。
だが、畳み掛けるのはここからなのだ。
彼は先程までの尖った口調を引っ込め、代わりに年長者へと使う丁寧な口調へと変えていく。
「先程は申し訳ありません。おれも少し頭に血が昇ってしまった様です。ですが、これだけははっきりと申し上げておきます」
風太郎は両眼を強く開いて一歩も引かずに言う。
「もし、あなたがこの討滅寮の全ての力を使ってでも、日向を殺すというのなら、おれがこの剣で止めてみせます」
風太郎はそう言うとあの後に腰に下げていた太刀を取り出し、塚を取り、鞘を抜くと、その刃をわざと老婆の前で見せびらかす。
老婆はちっと舌を打った後に勢い良く風太郎の頬を叩いて叫ぶ。
「このアホゥがッ!ワシは太刀が指し示した英雄だというからこそ、綺蝶の我儘を聞いてやり、三年間、貴様を鍛えさせた後にこの場で主を正式な対魔師へと任命しようとしたのに、よくもそのワシの気持ちを踏み躙ってくれおったな!」
それから、風太郎の頬をもう一度叩いた後に綺蝶の方へと向き直り、大きな声を上げて叫ぶ。
「綺蝶ッ!主ともあろうものが落ちたものじゃな!まさか、こんな小僧を三年もかけて育成するとは……失望したッ!」
「も、申し訳ありません!上様の期待を裏切ってしまい……」
「言い訳など良いわ!さっさとその餓鬼を連れて立ち去れ!当分、ワシの前に姿を見せるでない!」
こうして、風太郎と綺蝶、日向は強引に部屋から追い出されてしまう事となった。三人は綺蝶のために用意されているという二階の控室に向かい、そこで討論を行う事となった。
最も、良い意味での討論ではない。綺蝶から日向への一方的な詰問となっていた。
「では、近作さん今までの人生で不思議な力が発動した事はありませんか?」
「な、ないよ。本当だよ!」
風太郎や綺蝶よりも年上のはずの日向はその剣幕にたじろぎ、年上らしからぬ動揺を見せていた。
加えて、質問に返答するまでの時間も長い。
風太郎は座布団を敷いて向かい合う二人を壁を背に預けながら眺めていたが、この詰問が終わる気配は見えない。
と、言うのも日向が長い時間を掛けて、百点満点の解答を答えたとしても、綺蝶が「では」という接続詞を置いた上で質問を長々と続けるので終わるものも終わらないのだろう。
そんな事を考えていると、綺蝶に与えられた部屋の襖が開かれ、三人の前に先程の椿という名の妙齢の美しい女性が姿を見せる。
「あんたらかい?さっき、上様にいや、母様に啖呵を切った男ってのは?」
母様という単語からこの女性はあのおっかない老婆の実の娘らしい。
風太郎は母の使いの娘に素気のない返事を返し、彼女の前に寄ろうとしたのだが、綺蝶がその前に畳の上で両手を付いて丁寧に頭を下げる。
「先程は失礼いたしました。どうも、あの方は自制心が足りない様です。感情に流されやすい所は私の方からきつく叱っておきますので、どうか、この場はーー」
「違う、違う、私はそんな事を言いに来たんじゃないよ。あんたらに上様からの伝言を伝えに来たんだよ」
「伝言ですか?」
綺蝶の片眉が微かに上がる。
「うん、上様はその妖鬼の処分を保留にするって、働きによって処分するかを決めるらしいよ。なんでも、あんたの連れ獅子王院風太郎の度胸に免じてやるらしいからね」
「そうですか!ありがとうございます!!」
綺蝶は途端に表情を輝かせて懸命に畳の上で頭を下げる。それに続いて日向の風太郎の二人も慌てて頭を下げる。
それを見た椿は苦笑して、
「いいよ、いいよ。そんなに畏まらなくても。それよりも、渡すものがあってさ」
椿が両手を強く叩くて、彼女に後ろに隠れていたと思われる黒色のジャケットにズボン、そして白いワイシャツを着た二人の男が両手に抱えていた大きくて黒い布袋を椿に手渡す。
椿はそれを両手で赤ん坊を受け取るかの様に丁寧に抱き抱えると、それを畳の上に置いて風太郎と日向の二人を手招く。
二人がその袋を開くと、袋からはあの男たちと同じ黒色のジャケットにズボン、そして雪国の温泉旅館の周囲に降り積もった雪の様に真っ白なワイシャツが並んでいた。
「風太郎と日向の討滅寮の入寮記念だよ。この制服を着る事で、何処にいたとしてもあんたらは対魔師って事が認められるんだ」
椿は真っ白な歯を見せて言った。
風太郎もそれにつられて微笑を浮かべる。椿は用事を済ませたと言わんばかりにその後は無言で立ち去り、綺蝶もそれにつられて外へと出ていく。
風太郎と日向の二人は早速、部屋の中で対魔師の制服に着替えて身を包む。
制服にはご丁寧に刀や太刀を下げるものまで付いており、二人はそれまでは隠していた武器を堂々と下げる。
正確にはこの討滅寮の中だけであるが、それでも刀を差せるのは時代劇の主人公になった様で心地が良かった。
二人が互いに互いの姿を見て笑っていると、勢い良く襖が開かれて彼の前に綺蝶が姿を表す。
「獅子王院さん、近作さん。着替え終わったのなら、庭に来てください。緊急事態が起こりました」
二人は顔を見合わせた後に武器を持って寮の階段を降りて行き、出口を駆け、庭へと向かう。
二人は庭に着いた途端に思わず目を背けてしまう。
何故なら、二人の目の前には大勢の対魔師と思われる人間の死体が転がっていたからだ。
その中央に居るのはハンチング帽を被り、マフラーを巻いた幼い顔立ちの少年と頭に白色のショール巻いた俗に言う真知子巻きと呼ばれる姿をした少女であった。
風太郎は腰に下げていた太刀を抜いて、目の前の少年に向かって叫ぶ。
「お、お前たちは何者だ!?」
「うるさいなぁ~オレ達が何者だってどうでも良いだろう?」
まだ声変わり前の高い声。少年の声だ。
風太郎は刀を持った両手が強く震えている事に気が付く。
理由は一つ。この様な幼い少年までもが妖鬼となったという事だけだ。
と、ここで風太郎の前に拳銃の銃口が向けられる。
風太郎は慌てて体を逸らし、飛んでくる弾丸から身を逸らす。
弾丸は直ぐ近くの樹木に直撃する。風太郎はそれを見て冷や汗を垂らす。
もし、銃口を構えられた瞬間に避けなければ自分はどうなっていたのだろう。
恐らく、脳天を撃ち抜かれて死亡していたに違いない。
風太郎は心苦しくてもやるしかないと判断して刀を斜めに構えて少年の元へと向かっていく。
少年と少女はそれを見て笑顔を浮かべる。そう、全ての計画が上手くいったかの様な笑みを。
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