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第二部 第二章

康永金夢楼・金軍陣幕内・西岳華山(一)

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「ふ、ふた月前とおっしゃいますと? 」
「この廓で、小柄で色白な男が騒ぎを起こしたと聞いたが」
「ああ、あの……」

 忘れもしない、この金夢楼を没落させた奴らのことだ。目の前の男の恐ろしい雰囲気も忘れ、孟婆もうばばの目に怒りの火がともった。

「忘れようったって忘れるもんじゃない! あの忌々しい畜生どもめ、何でもお話しますのでどうぞお入りくだされ」

 孟婆は4人を門の中に招き入れ、裏庭のうまやに案内した。
「ところで、皆様はお上のお調べでいらしたんで? 」
「まぁそんなところだ、ときに先ほど、やつら、と申したが? 」
「へぇ、その小柄で色白の男には連れがいましてね」

 孟婆は、金夢楼の御職だった王扇太夫の部屋にあやかしがでたこと。それを祓うために楼主が、街で見つけた少女の道士を雇ったこと。男はその道士の連れらしいこと。さらにそのふたりが、明け方に楼主と店のお得意様とその部下を皆殺しにしたうえ、店の若い数人にも大けがをさせたことを一気にまくしたてた。

「おまけにそいつら、王扇太夫をさらっただけでなく、ここから馬を1頭盗んで逃げたんですよ! 」
「ん?  3人で1頭とは?  」
「そいつらが自分たちで乗ってきた、真っ白な馬もいましたからね。分乗したんでしょう」

 孟婆はさらに、男は小柄で色白、はっとするような色男だったこと。少女は男よりさらに頭ひとつ小さく、かわいらしい顔をしていて10歳くらいの子供に見えたこと。前髪を下ろし左目が隠れていて、背中に長剣を背負っていたこと、などを興奮気味に話した。
「実際に大けがさせられた若いもいます。呼んできましょうかね? 」

 曹琢そうたくがうなづくと、孟婆は顔中に包帯を巻き、腕をつるし松葉杖をついた男をひとり連れてきた。口も満足に開かないらしく、聞き取りづらい声で男は話し始めた。

「ええ、あっしらが旦那に命じられて、唐回とうかい様の部下とともにその男をぶっ殺……取り押えようとしたんですがね。野郎、刀を奪い取るとあっと言う間に4、5人いた唐回様の部下をみんな斬り殺しやがった。あっしら店の者も殴りかかったんですが、あっちこっちの骨をはずされたりへし折られたり、みんな身動きとれなくなりやした。で、あっしらの見てる前で旦那と唐回様を、そりゃあむごい殺し方で……」

(ふうむ、かなりの数の男たちを、簡単に無力化しやがったのか。相当の手練てだれれだな)

「あと何かわかることは? 」
「へぇ、男は小乙しょういつと名乗ったそうです。多分偽名だと思いやすが。それと、戦ってる時ちらりと胸元から、牡丹か何かの彫り物が見えやした」

(む、牡丹の彫り物は聞いていた情報と一致するし、ますます怪しい。少女と花魁おいらんのふたり乗りってのも目立つから、目撃者は居そうだな)

「いや、いろいろ話を聞けて助かった。ところでそいつらはどっちに逃げたかわかるか? 」
「すいやせん、そこまでは。逃げたのは夜明けで、ちょうど城門が開く時間でしたから、門番に聞けばわかるかもしれやせん」
「左様か、手間をかけたな。これは駄賃だ、ふたりで分けるがよい。ただしわしらのことは他言無用。よしか? 」
 ぺこぺこ頭を下げる婆に銀1両を渡し、4人は金夢楼を後にした。

 次に4人は城門担当の兵士たちを訪ねた。4方の城門のうち、運良く最初の北門で情報を得ることができた。とは言っても、白馬に少女と妙齢の美人が乗り、その後を小柄な男が茶色の馬で続き、北方へ走り去ったことがわかっただけであったが。

「その小乙しょういつという男の足取りを追う。白い馬に剣を背負った子供の道士と王扇とか言う花魁がふたり乗りだった、というのも手がかりになるだろう。まずは北へ向かうぞ」
おう
 4人は馬にまたがり、康永の町の北門から走り出した。一方そのころ……


 1頭の白い馬にふたりの少女道士が乗っていた。馬を引くのは小柄で色白な好男子。そして道ばたの草むらを追従する、三つ股の尾を持つ狐。

 言うまでもなく、篭山炭鉱での祓いを終えた祝四娘しゅくしじょう一行である。

「ねぇ小融しょうゆう、なんで縮地法使わなかったのさ? 」
「ああ、あの辺りって炭鉱を掘ったせいで、龍脈がところどころ切れていて、うまく術が使えるかどうかわからなかったんだよね」
「そっか、まぁそれほど二仙山おやままで遠いわけでもないしね、ゆっくり帰ろうか」

 馬上のふたりの、のんきな会話を聞きながら、燕青も久々にのんびりした気分を味わっていたところに、路傍ろぼうから己五尾が話しかけてきた。

「あるじどの、ご機嫌でおじゃるな」
「まぁな、あの気のいい親方に損をさせずに済んだし、腹の立つ穆叟ぼくそうって奴からも巻き上げることができたしな」

 当時の下級官僚の月給が8貫文かんもんほどだという。1貫文は銭1000文で銀1両にあたる。つまり穆叟から巻き上げた百両は、ざっと下級官僚の給料1年分ほどの価値になる。

 逆に、辛岱しんたい親方が鉱夫たちから五十両かき集めるのがどれほど大変だったか、そしてその金額がすぐに払える穆叟ぼくそうが、今までどれほど私腹を肥やしていたのかがわかろうというものである。

「百両もあれば、3ヶ月は食い扶持に困らないと思うよ」
 聞きつけた玉林が馬上から話しかけてきた。

 二仙山の住人およそ20人、さらに通いの使用人も入れると、食べるだけでもかなりの費用がかかる。はらいやまつりの仕事も、大店おおだなの商家なり、県の庄屋しょうや級のお召しなら期待も出来ようが、実際は農民や町人の、祖先を祭ったり、縁起担ぎのお祓いだったり地味な依頼がおもで、1両にも満たない仕事の方がほとんどなのである。 

 そもそも予定では、50両の仕事のはずだったのが、倍の収入になったのだからほくほく顔にもなろう。
 浮かれ気分で帰途につく一行だったが、彼らの帰るべき二仙山では、羅真人のもとに意外な知らせが届いていた。


「真人さま、お呼びで? 」
「おお来たか一清、龍虎山の洟垂れから知らせが来ての。また厄介なことになりよったぞい」
 そういって羅真人は、一清道人に手紙を差し出した。受け取った一清道人は、さっと目を通すなり眉をひそめた。

(……西岳崋山せいがくかざん鐘厳宮しょうげんきゅうが襲撃され、檮杌とうごつの封印が破られた、だと?)

「真人さま、いったい誰がこのようなことを?」
「わからぬ、だが五岳に四凶しきょう蚩尤しゆうが封じられていることを知る者は、道士以外にさほど多くあるまい。また、道士だったら檮杌とうごつを解き放ったら、どんな惨事になるかわかりそうなものじゃがな」
「狙いも下手人もよくわかりませんな」
「まぁ、少なくとも宋国の道士ならばそんなことをせんじゃろうが」

 この羅真人の推測は常識的な考えだが間違っていた。
 西岳崋山の魔物「檮杌とうごつ」を解き放ったのは、同じ宋国の道士たちだったのだ。
 では、いったいなぜ、そのような行動に出たのか。

 話は2ヶ月ほど前、遥か北方、金国軍の軍幕内での密談にさかのぼる。
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