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第二部 第一章
二仙山~篭山炭鉱(十)
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「で、なんでしょう話とは? 」
「いえね、そこに飾ってある化け物の首なんですが」
穆叟が立ち並んだ兵士に目配せした。途端に兵士たちは、居酒屋の奥に飾ってあった狍鴞の首に駆け寄り、持ち出そうとしたのだ。
「あっ、てめぇこの野郎! 何しやがる! 」
気色ばんだ辛岱親方を筆頭に鉱夫たちが一斉に立ち上がり、兵士たちに詰め寄ろうとしたが、兵士たちが剣を抜き切っ先を向けてきたので、立ち止まるしかなかった。
「これはいただいていきますよ。この化け物を退治したのは、郭さまの要請で来てくださった勇敢なる景州兵の方々です。多大な被害を出しながらも、みごと討ち取ってくださいました。そういうことです。いいですね」
「違うだろう、ふざけんな! せっかくこっちの嬢ちゃんたちが頑張ってくれたってのに、手柄を横取りする気か、汚ぇぞ! 」
「文句があるのか、おい」
ぬう、と一人の兵士が乗り出してきて、剣の切っ先を辛岱親方の喉元に突きつけた。
(なるほど、兵士が10人も死ぬわ、退治は失敗するわでは、面目丸つぶれだわな。だからってやり方が強引すぎるぜ。)
食ってかかろうとする鉱夫たちの前に燕青が出て行こうとしたが、四娘がさらにその前に割って入った。
「いいかげんにしてよ。別にあたしらは仕事はちゃんと済ませたし、祓いのお代さえいただければそれでいいのにさ、なにもしないでただ謝礼を懐に入れようっての!」
玉林も横に並んだ。
「そうだよ、ちゃんと払う物払って、あたいらに手柄を譲ってくださいと言えばいいのに、そんな物言いされたら、素直に渡す気になるわけないじゃん」
どうだ、と言わんばかりにふたりで腕組みをし胸を張った。
「なんだと、この生意気なガキどもがっ!」
兵士が短槍を振り上げ殴りかかった。
「きゃっ!」
四娘と玉林は思わず目を瞑り抱き合い身を固くした。が、来ると思った衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、ふたりの頭上三寸で、槍の柄がぴたりと止められていたのだ。
もちろん、止めていたのは燕青である。片手で止めていた槍をそのまま巻きこんで奪い取り、その槍の穂先を兵士の目の前に突きつけ、静かに言った。
「ちったあ大人しく話ができないもんかね。服装から見るにあんたら指揮する立場なんだろうが」
「ちっ、道士ふぜいが偉そうに、思い知らせてやるから表へ出ろお前! 」
「その喧嘩、買った! 」
返事とともに、助走もつけずにその場でひょいと跳び上がり、取り囲んだ兵士たちの頭を飛び越え輪の外に降り立ったかと思うと、後ろも見ずにすたすた歩き出し、扉から出て行ってしまった。
兵士たちは一瞬呆気にとられたが、燕青の姿が扉の外に消えた瞬間我に返り、急いで後を追って出て行った。
「おいガキども、お前らが生意気なこと言ったせいで、あの気取った若造も半殺しにされるぜ、気の毒にな、ふふふっ」
穆叟が口元をゆがめ下卑た笑いを浮かべた。
鉱夫たちは腹を立て、加勢に出ようとしたがそれを四娘が制した。
「大丈夫だよ。兵隊の5人くらいどおってことないからさ」
穆叟の方を見て、にやりと笑う。
外からひとしきり金属のぶつかり合う音、肉を打つ音が続き、兵士のひとりが居酒屋の窓を突き破って店内に飛び込んできたのを最後に、ぴたりと静かになった。ぎい、と扉のきしむ音とともに、燕青がすまし顔で入ってくる。大丈夫とはいったものの、やはり心配していた四娘はそっと胸をなで下ろした。
見て青ざめたのは穆叟である。先ほどの大言壮語はどこへやら、近づいてきた燕青を見て後ずさりし、とうとう壁まで追い詰められしまった。燕青は穆叟の目を覗きこみ、、静かに
「で、この化け物の首がどうしたって? 」
「あ、あの……我々が退治したことにしていただけないかと……その」
「いくら出す」
「え? 」
「お前らが退治したことにしてやってもいいが、あの首にいくら出すって聞いてるんだがね」
「そ、そんなお金など」
「もらってんだろ、その知県の郭だかって奴から。表でのびてる兵隊に支払う報酬をよ」
「いやこれを出すわけには」
「じゃあお前が自腹きれよ穆叟よぉ! あるだろそれくらいよ」
「お前今までいいだけ俺たちの給金ピンハネしてるよな、知ってんだぞ」
「それとも俺たち全員の口をふさげるのか? いつだって郭の野郎に密告れるんだぜこっちゃあ」
鉱夫たちが取り囲み、口々に穆叟を罵りはじめた。
脂汗を流し始めた穆叟は
「わ、わかりました。それでいかほど……」
「親方、いくらの契約でしたっけね?」
辛岱は黙って片手を広げて見せる。
「契約は五十両。あと首の代金として五十両、あわせて百両もらっておこうか」
「ひゃ、百両!」
「いやならいいんだぜ、今からみんなでその知県のところに押しかけて、おまえらが失敗したのに知らん顔して金だけくすねるつもりだったと……」
「わ、わかりましたぁ」
「だったらとっとと金取ってきやがれ! 」
燕青の一喝に慌てふためいて飛び出していく穆叟。それを見て鉱夫たちは腹をかかえて笑い出した。沈鬱だった炭鉱町に、活気が戻ってきたのである。
四娘が燕青に近寄り、脇腹を肘でつつきながら、
「お主も悪よのぉ……」
にやけながら小声で言った。
燕青は聞こえない振りをして、
「と、いうことだ親方。祓いの報酬はあいつからいただくから、みんなから集めた金は返してやってくんねえ」
「ありがてぇ、助かるったぜ小乙さんよ。実は結構この金をみんなから集めるのはきつかったんだ」
「出すべきところから出してもらっただけでさあね。あとはあの死んだ兵隊の家族にも、ちゃんと金が渡ってほしいもんで」
あたふたと戻ってきた穆叟から百両を受け取り、宿に戻って海東青の鸞に完了報告書を持たせて放した後、一行は眠りに就いた。相変わらず寝台には四娘と玉林、その足元に己五尾が丸まって寝ている。
それを見届けて、燕青は部屋の窓を開けた。秋の三日月が白々と炭鉱町の屋根を照らしている。
「これでこの町もちょっとは景気がよくなるかな」
大きな欠伸をひとつして、燕青も長椅子に横たわった。
(まったくあれ以来景気が悪いったらないやね、あの疫病神の若造とちび道士め、忌々しいったら)
薊州金夢楼の遣り手婆、孟章は三日月の下、廓の門前を掃きながらぶつぶつ呟いていた。
ほんのふた月前までは、この康永の街一番の廓だった金夢楼だが、筆頭の花魁である王扇太夫は足抜けするわ、楼主の洪泰元とお大尽の唐回、さらには何人もの若い衆が、殺されたり大けがをさせられたりで、それからすっかりケチがついてしまったのだ。
楼主には洪のいとこが後に収まり、何とか再開にこぎつけたが、血まみれの部屋を片付けたり、新しく使用人を雇い入れたりと何かと物入りで、その上元の楼主と御職をはった花魁との揉めごとやら刃傷沙汰やら、あることないこと噂が広まったため、客足がすっかり遠のいてしまった。閑古鳥が鳴きぺんぺん草が生え、ひとめで分かるほどの凋落ぶりである。
(30年も勤めてきたけど、この店もそろそろ終わりかねえ)
自身もかつてはこの金夢楼の女郎で、そこそこ売れっ子だった孟婆は、下を向き考え込んだ。
その時、孟婆の見つめる地面に影が映りこんだ。はっ、と顔を上げるとそこには黒い合羽を着込んだ旅人風の一団が立っていた。その数4人。
とたんに孟婆は遣り手婆としての自分を取り戻した。
「おや、旅のお方ですかね。どうです4名様、お上がりになって遊ばれては?」
しわだらけの顔を、さらにくしゃくしゃにし、精一杯の笑顔を作って話しかけた。
「……ここの使用人か?」
ぞっとするような冷たい声が帰ってきた。それを聞いて孟婆は瞬時に、客になるような相手ではないことを、いや、それどころか深く関わり合いになってはいけない輩だということを悟ったのだ。
震え上がる孟婆に、男はさらに続けた。
「ふた月ほど前に、この廓で起きた事件について話が聞きたい」
孟婆が見上げる先の、秋の三日月に照らしだされた顔。
それは宋国秘密諜報機関である皇城司の下部組織、暗殺武闘集団「黒猴軍」第二隊長こと「曹琢」その人であった。
「いえね、そこに飾ってある化け物の首なんですが」
穆叟が立ち並んだ兵士に目配せした。途端に兵士たちは、居酒屋の奥に飾ってあった狍鴞の首に駆け寄り、持ち出そうとしたのだ。
「あっ、てめぇこの野郎! 何しやがる! 」
気色ばんだ辛岱親方を筆頭に鉱夫たちが一斉に立ち上がり、兵士たちに詰め寄ろうとしたが、兵士たちが剣を抜き切っ先を向けてきたので、立ち止まるしかなかった。
「これはいただいていきますよ。この化け物を退治したのは、郭さまの要請で来てくださった勇敢なる景州兵の方々です。多大な被害を出しながらも、みごと討ち取ってくださいました。そういうことです。いいですね」
「違うだろう、ふざけんな! せっかくこっちの嬢ちゃんたちが頑張ってくれたってのに、手柄を横取りする気か、汚ぇぞ! 」
「文句があるのか、おい」
ぬう、と一人の兵士が乗り出してきて、剣の切っ先を辛岱親方の喉元に突きつけた。
(なるほど、兵士が10人も死ぬわ、退治は失敗するわでは、面目丸つぶれだわな。だからってやり方が強引すぎるぜ。)
食ってかかろうとする鉱夫たちの前に燕青が出て行こうとしたが、四娘がさらにその前に割って入った。
「いいかげんにしてよ。別にあたしらは仕事はちゃんと済ませたし、祓いのお代さえいただければそれでいいのにさ、なにもしないでただ謝礼を懐に入れようっての!」
玉林も横に並んだ。
「そうだよ、ちゃんと払う物払って、あたいらに手柄を譲ってくださいと言えばいいのに、そんな物言いされたら、素直に渡す気になるわけないじゃん」
どうだ、と言わんばかりにふたりで腕組みをし胸を張った。
「なんだと、この生意気なガキどもがっ!」
兵士が短槍を振り上げ殴りかかった。
「きゃっ!」
四娘と玉林は思わず目を瞑り抱き合い身を固くした。が、来ると思った衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、ふたりの頭上三寸で、槍の柄がぴたりと止められていたのだ。
もちろん、止めていたのは燕青である。片手で止めていた槍をそのまま巻きこんで奪い取り、その槍の穂先を兵士の目の前に突きつけ、静かに言った。
「ちったあ大人しく話ができないもんかね。服装から見るにあんたら指揮する立場なんだろうが」
「ちっ、道士ふぜいが偉そうに、思い知らせてやるから表へ出ろお前! 」
「その喧嘩、買った! 」
返事とともに、助走もつけずにその場でひょいと跳び上がり、取り囲んだ兵士たちの頭を飛び越え輪の外に降り立ったかと思うと、後ろも見ずにすたすた歩き出し、扉から出て行ってしまった。
兵士たちは一瞬呆気にとられたが、燕青の姿が扉の外に消えた瞬間我に返り、急いで後を追って出て行った。
「おいガキども、お前らが生意気なこと言ったせいで、あの気取った若造も半殺しにされるぜ、気の毒にな、ふふふっ」
穆叟が口元をゆがめ下卑た笑いを浮かべた。
鉱夫たちは腹を立て、加勢に出ようとしたがそれを四娘が制した。
「大丈夫だよ。兵隊の5人くらいどおってことないからさ」
穆叟の方を見て、にやりと笑う。
外からひとしきり金属のぶつかり合う音、肉を打つ音が続き、兵士のひとりが居酒屋の窓を突き破って店内に飛び込んできたのを最後に、ぴたりと静かになった。ぎい、と扉のきしむ音とともに、燕青がすまし顔で入ってくる。大丈夫とはいったものの、やはり心配していた四娘はそっと胸をなで下ろした。
見て青ざめたのは穆叟である。先ほどの大言壮語はどこへやら、近づいてきた燕青を見て後ずさりし、とうとう壁まで追い詰められしまった。燕青は穆叟の目を覗きこみ、、静かに
「で、この化け物の首がどうしたって? 」
「あ、あの……我々が退治したことにしていただけないかと……その」
「いくら出す」
「え? 」
「お前らが退治したことにしてやってもいいが、あの首にいくら出すって聞いてるんだがね」
「そ、そんなお金など」
「もらってんだろ、その知県の郭だかって奴から。表でのびてる兵隊に支払う報酬をよ」
「いやこれを出すわけには」
「じゃあお前が自腹きれよ穆叟よぉ! あるだろそれくらいよ」
「お前今までいいだけ俺たちの給金ピンハネしてるよな、知ってんだぞ」
「それとも俺たち全員の口をふさげるのか? いつだって郭の野郎に密告れるんだぜこっちゃあ」
鉱夫たちが取り囲み、口々に穆叟を罵りはじめた。
脂汗を流し始めた穆叟は
「わ、わかりました。それでいかほど……」
「親方、いくらの契約でしたっけね?」
辛岱は黙って片手を広げて見せる。
「契約は五十両。あと首の代金として五十両、あわせて百両もらっておこうか」
「ひゃ、百両!」
「いやならいいんだぜ、今からみんなでその知県のところに押しかけて、おまえらが失敗したのに知らん顔して金だけくすねるつもりだったと……」
「わ、わかりましたぁ」
「だったらとっとと金取ってきやがれ! 」
燕青の一喝に慌てふためいて飛び出していく穆叟。それを見て鉱夫たちは腹をかかえて笑い出した。沈鬱だった炭鉱町に、活気が戻ってきたのである。
四娘が燕青に近寄り、脇腹を肘でつつきながら、
「お主も悪よのぉ……」
にやけながら小声で言った。
燕青は聞こえない振りをして、
「と、いうことだ親方。祓いの報酬はあいつからいただくから、みんなから集めた金は返してやってくんねえ」
「ありがてぇ、助かるったぜ小乙さんよ。実は結構この金をみんなから集めるのはきつかったんだ」
「出すべきところから出してもらっただけでさあね。あとはあの死んだ兵隊の家族にも、ちゃんと金が渡ってほしいもんで」
あたふたと戻ってきた穆叟から百両を受け取り、宿に戻って海東青の鸞に完了報告書を持たせて放した後、一行は眠りに就いた。相変わらず寝台には四娘と玉林、その足元に己五尾が丸まって寝ている。
それを見届けて、燕青は部屋の窓を開けた。秋の三日月が白々と炭鉱町の屋根を照らしている。
「これでこの町もちょっとは景気がよくなるかな」
大きな欠伸をひとつして、燕青も長椅子に横たわった。
(まったくあれ以来景気が悪いったらないやね、あの疫病神の若造とちび道士め、忌々しいったら)
薊州金夢楼の遣り手婆、孟章は三日月の下、廓の門前を掃きながらぶつぶつ呟いていた。
ほんのふた月前までは、この康永の街一番の廓だった金夢楼だが、筆頭の花魁である王扇太夫は足抜けするわ、楼主の洪泰元とお大尽の唐回、さらには何人もの若い衆が、殺されたり大けがをさせられたりで、それからすっかりケチがついてしまったのだ。
楼主には洪のいとこが後に収まり、何とか再開にこぎつけたが、血まみれの部屋を片付けたり、新しく使用人を雇い入れたりと何かと物入りで、その上元の楼主と御職をはった花魁との揉めごとやら刃傷沙汰やら、あることないこと噂が広まったため、客足がすっかり遠のいてしまった。閑古鳥が鳴きぺんぺん草が生え、ひとめで分かるほどの凋落ぶりである。
(30年も勤めてきたけど、この店もそろそろ終わりかねえ)
自身もかつてはこの金夢楼の女郎で、そこそこ売れっ子だった孟婆は、下を向き考え込んだ。
その時、孟婆の見つめる地面に影が映りこんだ。はっ、と顔を上げるとそこには黒い合羽を着込んだ旅人風の一団が立っていた。その数4人。
とたんに孟婆は遣り手婆としての自分を取り戻した。
「おや、旅のお方ですかね。どうです4名様、お上がりになって遊ばれては?」
しわだらけの顔を、さらにくしゃくしゃにし、精一杯の笑顔を作って話しかけた。
「……ここの使用人か?」
ぞっとするような冷たい声が帰ってきた。それを聞いて孟婆は瞬時に、客になるような相手ではないことを、いや、それどころか深く関わり合いになってはいけない輩だということを悟ったのだ。
震え上がる孟婆に、男はさらに続けた。
「ふた月ほど前に、この廓で起きた事件について話が聞きたい」
孟婆が見上げる先の、秋の三日月に照らしだされた顔。
それは宋国秘密諜報機関である皇城司の下部組織、暗殺武闘集団「黒猴軍」第二隊長こと「曹琢」その人であった。
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