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冬の章 奇跡の霊薬と一致団結

第34話 ひとときの目覚め

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 わたしは大あわてで部屋に駆け戻った。
 
「一時的に小康状態になってるだけよ。あまり、あの子を刺激しないように」

 背後からシスター・イライザに呼びかけられたけど、ろくに聞いてなかった。

「カレン!」

 たしかに、カレンはうっすらと目を開けていた。

 いつも聡明な光を宿しているその瞳は、暗くかげって見えた。
 焦点が定まらず、うつろにも感じられる。

 けど、それを死相だとは思わなかった。
 ……思いたくなかった。 

 首を起こすこともできない様子で、取り囲むわたしたちのことを、どこか遠くから眺めるように見ている。
 苦しくないはずがないのに、その所作はひどく物静かで、落ち着いていた。

「……なんだか、大げさなことになっているみたいですね」

 いまにも消え入りそうな弱々しい声音のくせに、他人事みたいに言う。

 ――待っていろ、カレン。シスターが教えてくれた。霊薬アルカヘストというものがあるらしい。これを作れば必ず治る。すぐに手に入れるから、それまでしっかりしていてくれ。

 頭の中では、言葉が洪水のようにあふれかえっている。
 なのに、口を開こうとすると、喉が詰まって、声にならない。

「カレン……カレン……」

 ただ、名前を呼ぶことしかできなかった。
 視界がにじみ、頬からボタボタと落ちる涙がうっとうしかった。

「レイリア様、顔がブサイクになってます」
「……う、うるさい」

 腕で乱暴に目をぬぐうけど、また涙があふれてくる。
 こんな調子じゃダメだ。

 カレンを力強く励ますつもりだった。
 絶対に治るから安心しろ、というつもりだった。
 なのに、肝心なときにかぎって、騎士道小説のヒーローのようになれない。

 わたしの顔を見つめながら、カレンの目元が、ほんの少しだけ微笑むように揺れた。

「レイリア様……」
「ああ、なんだ?」
「申し訳ないですけど、しばらくご飯が作れそうにありません。……ご自分で用意していただけますか?」
「ああ……」
「タマネギが半分とリーキと……、ニシンの塩漬け……たしか、エンドウマメとタマゴもまだ残っていたはずですので、それで……」
「……ああ、だいじょうぶだ」
「それと、ここのところ井戸の水が冷たくて、洗濯物もサボり気味でしたのでそれも……」
「分かってる。なんにも心配するな。カレンの分まで全部やる。だから、安心して寝ていてくれ」

 ようやくそれだけ言えた。
 でも、会話が途切れると、また涙があふれて、どうしても嗚咽《おえつ》が漏れてしまう。
 もっとカレンと話がしたい。

 食事や洗濯のことなんてどうでもいい。
 言わなければいけないこと、大事なことがもっとたくさんある気がした。
 でも、口を開くと喉が詰まって、視界がぼやけて、何も言えなくなる。

「レイリア様、泣かないで……。だいじょうぶです。あなたはもう、だいじょうぶ」

 カレンの声は、かすれて小さいのに、たしかな熱を帯びていた。
 あたたかい何かが、胸に沁みこんでいくようだった。

 逆にカレンに励まされてるシマツだ。
 こんな情けないヒーローがどこにいるだろう。

 でも……。
 彼女はいつも、そうやってわたしを支え、導いてくれた。

 カレンは自分の父、ハンスのほうに力無く目を向けた。 

「父さん……。これでもう、心配のタネがなくなりますね」
「おまえはバカか」

 ハンスの声音は、押し殺しきれず、震えていた。

「娘を心配するのは親の仕事だ」

 なんだか、その物言いはカレンそっくりだった。
 だから、いまのわたしには分かる。
 そっけないその言葉に、どれほどの愛情が込められているのかが。

 カレンが小さく口を動かした。
 けど、言葉にはならなかった。

 その唇は“ごめんなさい“と動いて見えた。
 もう、起きているのも限界のようだった。

「さあ、もう無理しないで。薬を飲んで、ゆっくり眠りなさい」

 イライザが、カレンの頭をそっと抱きおこし、口にカップを近づけた。
 中身はおそらく、煎薬せんやくだろう。

 カレンはゆっくりと、気力を振りしぼるように、それを飲みきった。
 かろうじて聞き取れるほどのかすれ声で、もういちどわたしの名を呼ぶ。

「レイリア様。枕の向きを変えていただけますか」
「……ああ」

 言われたとおりに整えた枕に、カレンは頭を乗せた。
 そのまま、目を閉じ、静かに寝入っていた。
 わたしはその手を取り、握りつづけた。

 息づかいは、最初に倒れたときより、少しおだやかになった気がする。
 けど、か細くなってしまっただけかもしれない。

 ――わたしはレイリア様と過ごした日をけっして後悔しません。

 いつか、カレンに投げかけられた言葉が胸によぎる。
 苦しみをすべて受けとめきったようなその顔は、いっそ安らかにすら見えた。

 それが、わたしにはかえってつらかった。
 このまま天の国にひとりでいかせたりなんか、絶対にしたくなかった。

「……それで、レイリアさん。これからどうするつもりなの?」

 カレンが完全に寝ついたのを確かめてから、イライザが試すように問いかけてくる。
 村長やハンスの視線もわたしに集まっているのを感じた。

 いったい、どうする?
 その問いかけとともに、わたしの頭にくっきりと浮かんだのはカレンの姿だ。
 いま、苦しげにベッドに横たわっている彼女の姿の向こうに、いくつもの思い出が重なってみえる。

 ひとりよがりの正義に酔っていたわたしに、あきれてため息をつき……。
 厳しくしかりつけ、向こう脛《ずね》を蹴っ飛ばし……。
 小さく微笑みかけ……。
 勇気と道すじを与えてくれた。
 そんな聡明な彼女の姿だ。

 カレンにはいつも助けられてばかりだった。
 いつも、彼女に救われていた。
 だから、今度はわたしが彼女を救う番だ。

 そうだ。
 見ていてくれ、カレン。

 わたしはもう、間違わない。

「……カレンが教えてくれたことだ。全力でみなに頼る。シスター・イライザ、あなたにもだ」
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