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秋の章 魔物退治と収穫祭

第30話 きみといっしょにごちそうを

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 腐竜を討伐してから、日々はあわただしく過ぎた。
 あの悪夢のような姿の魔物を村で迎え撃ったのも、遠いできごとみたいに感じる。

 農夫たちは魔物の出現によって遅れていた農作業を取り戻さなければいけないし、わたしも後始末に追われた。
 かなり大がかりな仕掛けを用意したから、広場を元通りにするだけでも、てんやわんやだった。

 あっという間に、秋の気配は色濃くなり、肌を震わせる木枯らしが吹きはじめる。
 そして、カナリオ村にとって、一年で一番大事な日がやってきた。

 収穫祭だ。

 カナリオ村の収穫祭は“祭り”と言っても、特別なことは何もしない。
 歌や楽器もなく、王都でもよおされる聖人祭などとは比べようもないほど、素朴そぼくな祭りだ。

 ただ、火を囲んでごちそうを食べ、肩を寄せ合ってみんなで夜ふかしする。
 それだけのものだ。

 けど、腕によりをかけた料理を幾日もかけて用意し、腹がはちきれるまで食べられる。
 それはこの村では、祭りのときだけだった。
 村の中を視察していても、誰もが期待に心躍らせているのが伝わってきた。
 みんなが、どれだけこの日を待ち望んでいるか、まだ一年も領主をやっていないわたしでもよく分かる。

 腐竜を倒して得た報奨金は、予想以上のものだった。
 どうやら、あの魔物はこのレイデン地方で発生し、ほうぼうに被害を出した末に、魔の森に居ついたらしい。
 そのおかげもあって、今年の祭りの料理は、例年以上に豪勢なものになったそうだ。
 農作物の実りも上々だ。

 ちなみに、皮から中身をくり抜いたカボチャは、あまり日持ちがしない。
 スープ、煮物、パンプキンパイ。
 あらゆるカボチャ料理にして、腐竜を倒した数日後には、村のみなで完食していた。
 みんな、当分カボチャは見たくなさそうだ。
 どうしても、あの強烈な腐臭と恐ろしい腐竜の姿に、記憶が結びついちゃうだろうし……。

 収穫祭当日の朝。
 わたしとカレンが広場に到着するころには、すでに多くの人々でにぎわっていた。
 あちらこちらで、簡易の屋台やかまどに、炊事の煙が上がっている。

 カレンも料理を手伝おうとしたけど「あなたは領主様の案内をしてあげて」と追い返されてしまったらしい。

「案内も何も、ただ好き勝手に飲み食いするだけじゃないですか……」
「いいじゃないか。わたしも、こうしてカレンといっしょに祭りを回れて嬉しい」
「むっ……」

 腐竜の対策やらなんやらで、最近はふたりでいる時間が少なくなっていた。
 だから、率直な気持ちを口にしたつもりだったんだけど……。

 カレンは顔を赤くして、うつむいてしまった。
 しまった。
 また何か、怒らせるようなことを言ってしまったんだろうか?

 カレンとのコミュニケーションはあいかわらずむずかしい。
 我ながら情けないことに、一緒に暮らして半年以上が過ぎるというのに、何が地雷になるか、いまだによく分からなかった。

「ほんとにこの人は……。ただでさえ最近は、いろんな人からおかしな言われ方をしているというのに……」

 カレンは口の中でぶつぶつと言っていたけど、声が小さすぎてなんと言っているのか分からなかった。
 聞き返そうと思ったのに、それより早く、村のみなに呼びかけられた。

「おっ、やってきたな領主様ご両人!」
「今日も夫婦仲がよろしいことで」
「さあさ、旦那様も奥方様も座って座って。いま料理をお持ちしましょうね」

 なんだか奇妙な呼ばれ方をして、カレンと並んで座らされる。
 まだ祭りは始まったばかりのはずなのに、もうみんな酔っぱらってるのかな?

「変な呼び方しないでください」

 カレンはますます顔を赤くして、彼らを睨みつける。
 さっきからずっと、しかめっつらだ。

 これ以上、彼女が不機嫌になるのは困る。
 せっかくの祭りだというのに……。

 みんなが浮かれているところ悪いけれど、ここはひとつ、わたしからも軽く釘をさしておこう。

「そうだ。カレンはわたしの世話係の役を務めてくれているだけだ。それ以上のことは何もない」
「そんなキッパリ否定しなくてもいいじゃないですか!」

 なんで、わたしいま怒られた!?
 カレンの厳しいまなざしは、今度はこっちを向いていた。

 どうやらフォローの仕方を間違えてしまったらしい。
 ほんとに、ほんとにカレンの心を察するのはむつかしい……。

 至近距離でカレンに睨みつけられ、わたしが弱りきっているというのに、周りのものたちはのんきに笑っている。
 経験上、ここでしつこく理由を聞こうとすると、何も教えてくれないばかりか、もっと怒られるパターンだ。

 正直、いたたまれない気分だったけど、なぜかみな、執拗《しつよう》にわたしとカレンをならんで座らせ、離れるのを許そうとしなかった。

 さいわいなことに、次々とわたしたちのもとに料理が運ばれてきて、間が持たないということはなくなった。

「まあまあ、腹が満ちればささいなことだ。どんどん食べてくれ」

 実際、そう言って出てきた料理は、細かなことなんて吹き飛んでしまうくらいのごちそうばかりだった。

 ウサギやキジの肉のワイン煮込み。
 サーモンとイチジクのパイ包み。
    キノコと野菜の卵焼き。
 チーズと果実入りのローストチキン。
 ライ麦のパンにはオリーブオイルと塩がたっぷりと練り込まれている。
 みなが食べ飽きているココ芋の蒸しパンも、くるみやハーブ、バターを混ぜて、いつもよりずっと風味豊かで奥ゆきのある味わいになっていた。
  そして、たっぷりのエール酒だ。

 腹が鳴り、意地汚くよだれがこぼれそうになるのをこらえきれなかった。

「レイリア様、顔が犬みたいですよ」

 カレンにあきれられるけど、ここではマナーをうるさく言う貴族たちはいない。
 夢中になって、料理をたいらげていく。

 かくいうカレンだって、ゆっくりとだけど、心から料理を味わって食べているのが分かった。
 ふだん、食の細いカレンがおいしそうに食事をしている姿をながめていると、なんだか幸せな気分になってくる。

「……わたしの顔に何かついていますか?」
「いや、おいしそうに食べるな、と思って見ていただけだ」
「なんですか、それ? 実際、おいしいですから」
「だなぁ」

 宮廷騎士団にいたころも、豪勢なパーティーというのは何度か経験している。
 けど、そこで出される料理は、大勢に振る舞うために、冷めたものばかりで、素材の新鮮さも失われていた。

 それに宮廷料理は、味のおいしさよりも、見た目の華美さやどれだけ珍奇な食材を組み合わせられるかを重視する傾向があった。
 間違いなく、今日が、人生で一番おいしいものを食べた日だ。

「カレン、もう食べないのか? それ、わたしがもらっていいか?」
「はいはい……。どうぞお召し上がりください」

 カレンが食べかけて残した鶏のローストに、わたしは遠慮なくかぶりついた。

「おっ、こっちもうまいぞ。カレン一口交換しよう。口を開けてくれ」
「……自分で食べられます。恥ずかしいからやめてください」

 両手がふさがっているカレンにスープを食べさせてあげようとしたのに、彼女は手早くさじを取って、わたしの皿から自分の口に運んだ。
 でも、機嫌はだいぶ直ったような気がする。

 ふだんはお酒を飲まないカレンも、ほんの少しだけ口をつけていた。

「ふぅ……。わたしはこれで十分です」
「そうか。なら、残りはわたしがいただこう」
「いいですけど。レイリア様、ほどほどにしてくださいね」

 カレンにはそう言われたが、エールもいまが一番おいしい時期だ。
 料理にもよく合って、カパカパと飲めてしまう。
 カレンと分け合って食べると、おいしさも倍増するようだった。

 ――おいしいご飯をお腹いっぱい食べられること。

 はじめにこの村に赴任してきたとき、カレンに教えてもらった、みなの願いをあらためて思い出す。
 これほどのごちそうとまではいかなくても、村のものが毎日、腹いっぱいのご飯を食べられるのが理想だ。
 年に一度だという収穫の祭りは、わたしにとっては、領主としての目標の再確認にもなった。

 収穫祭が過ぎたなら、厳しい冬の季節がやってくる。
 おいしいご飯が食べられる喜びが、この日かぎりの幻で終わってしまわないよう、領主としてやるべきことは、これからもたくさんあるはずだ。

 もう、ひとりで悩んだりはしない。
 カレンに、そして村のみなに相談しながら、領地経営を続けていこう。

 ほどよく酔いの回った頭で、村のみなの様子をながめる。
 誰も彼もが、酒を飲み、色とりどりの料理を腹いっぱい詰め込んで笑っていた。
 とても幸せな光景だった。

「レイリア様、ちょっと目がとろんとしていますよ」
「うん、少し酔ったかな」
「だから、ほどほどにしてくださいと言ったのに……」
「少し酔い覚ましに歩こうかな」

 飲み食いしているうちに、ようやく村のものたちも、わたしたちをからかうのに飽きてくれたようだ。
 仲の良い者同士で輪を作り、笑い合い、肩を組み、談笑している。
 その様子は貴族の立食パーティーなんかより、ずっと楽しそうに見える。

「そうですね。わたしひとりでみなの領主様を独占するわけにもいきませんし」
「ああ、そうだな。ちょっと行ってくる」

 カレンと二人でいる時間も名残惜しかったけど、エールの入ったジョッキを片手に二人で席をたって、談笑している村のものたちの輪に混じった。

 やっぱり、一番の話題は腐竜退治だ。
 あの巨大な魔物を、村のものみなで退治したのだ。
 これからどんな災厄がやってきたとしても、自分たちの手で乗り越えられるという自信に満ちた顔を誰もがしていた。

 狩人兄弟の弟のほうジェイミーなんて、吟遊詩人が裸足で逃げ出すほどの弁舌で、あのときの戦いを何度も何度も語らって、みなの興奮と笑いをさそっていた。

 あちこちで酒のお代わりをすすめられたけど、カレンに手の甲をつねられたので、ほどほどにしておく。

 エリンズの墓にも、酒と料理を供えた。
 村の者が代わる代わる、墓をもうで、そこに彼がいるように語らう。
 彼の残してくれた新耕地は、これから村の発展に大きく寄与してくれるはずだ。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
 広場に来たのは朝だったのに、気づくともう、山の向こうに西日が沈もうとしていた。
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