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秋の章 魔物退治と収穫祭

第25話 回り道のおわり

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 トロールを討ち果たし、意気揚々いきようようと帰還したわたしを待ち受けていたのは、騒然とした村の者たちのざわめきだった。
 戸締りをして家の中にいるように言い置いていたのに、雨の中、ひとところに十数人の男女が集まって、何やらささやきあっている。
 村長のジラフさんの姿もある。
 
 ――イヤな予感がした。

 スペルディアを手早く厩舎きゅうしゃに預け、みなが集まっているところへ駆け足で向かった。
 誰かが、わたしに気づいて声をかけてくる。

「あっ、領主様!」
「ご無事ですか?」
「ああ、大事ない。それより、何があった?」

 わたしが問いかけると、みなは沈痛な面持ちで顔を伏せた。
 人の輪の中心は、人影が重なってよく見えなかった。
 ジラフ村長が手振りで、みなを数歩下がらせた。

「領主様、家畜が魔物の群れに襲われました」
「なっ……」

 ジラフ村長の言葉に、とっさに返す言葉を失う。
 さらに近づいて、現場を目にする。

 地面に倒れているのは、馬と牛が一頭ずつ、それに鶏が数羽だった。
 この小さな村において、無視できない被害だ。

 狐や熊の仕業ではないだろう。
 その死骸は、まともな殺され方ではなかった。
 エリンズのときは頭部がちぎられていたが、今回は刃物で切断されたように、首から上が切られていた。

 古い時代には、騎士たちは武功を証明にするため、敵将の首を切り取っていたという。そんな小説の中でしか知らない逸話が、ふと脳裏に浮かんだ。

 喰らうためなのかなんなのか、頭を盗んだ理由は分からない。
 でも、胸くその悪くなる光景であることに変わりはなかった。

「ジラフ村長、これはいったい……」
「今回は目撃したものがおりましてな。五、六ほどのコボルトがナタのようなものを振りかざして家畜小屋を襲っていた、と……」

 ジラフ村長に目線でうながされ、一人の男が震えながらうなずいた。
 農夫のコリンという男だが、彼は農作業よりも牧畜の管理をおもに担っていた。
 村の家畜が無惨な殺され方をしたことに、誰よりも胸を痛めているに違いない。

「……すまねえ、領主様。止めに入りたかったんだが、怖くてよ」

 コボルトは子どもの背丈ほどの魔物だ。
 妖精族の姿を邪悪にねじ曲げたような者たち、と形容できるかもしれない。
 魔物の中では強力な種族ではないが、凶暴な連中だ。

 複数で襲ってきたということなら、手を出さなくて正解だっただろう。
 わたしが村を留守にしていたあいだの出来事というのが、悔しい……。

「いや、君が無事で何よりだ。ジラフ村長、ほかに被害は?」
「これだけのようですな。さいわい、魔物たちは建物の中までは踏み入ろうとせず、家畜の首を持って、帰っていきました」
「そうか……」

 魔の森に引き返すときに出会っていれば、討ち取ったものを……。
 人間の道は使わないのか、どこかですれ違ったらしい。

 人の被害が出なかったのが、不幸中の幸いだった。
 被害にあった家畜も、いま処理すれば頭部以外は食用にできるかもしれないが、魔物に襲われた遺骸《いがい》だ。
 何が起こるか分からないから、このまま土に埋めてしまったほうが、たぶんいい。

 それ以上のことは、すぐに頭が回らなかった。

「……すまない、一旦屋敷に戻る。ジラフ村長、みなに引き続き厳重な警戒体制を敷くよう伝えてくれ」
「分かりました。魔物討伐でお疲れでしょう。あとのことはわしらにまかせ、どうぞゆっくりおやすみくだされ」

 冷静なジラフ村長の応答がありがたかった。
 実際、疲れていた。

 高揚感が奪われてみると、トロールと死闘を演じた疲労が、ドッと押し寄せてくる。
 頭がジンと痺れ、何も考えられない。
 ただ、ひどい後悔の念が全身にまとわりついて、不快だった。

 ◇◆◇

 屋敷に戻ったわたしは、食堂の椅子に倒れるように座り込んだ。
 カレンの前でぐったりと肩を落とす。
 椅子に根が生えたように全身が重く、もう二度と立ち上がれないような気がした。

「レイリア様。お疲れだとは思いますが、早く着替えないと風邪を引きますよ」

 カレンが大きな布で、濡れたわたしの身体を拭いてくれながら言う。
 けど、その言葉にも反応を返せなかった。

 コボルトたちも、できるだけ早く討伐すべきだろう。
 実際の被害以上に、村のみなの不安な日々が続くのが問題だった。

 でも……。
 コボルトをてば、今度こそ魔物の被害は止むのだろうか?
 何かを見落としているような気がしてならなかった。

「すまない。カレンの言うとおりだ。わたしは何も分かっていなかった」
「……別の魔物がすぐに攻めてくることなんて、誰も予想していませんでした。レイリア様の指示でみんな家にこもっていたから、家畜だけで済んだんです。顔をあげてください」
「しかし……」

 カレンのいたわりの言葉すら、いまのわたしには苦痛に感じる。
 後悔の気持ちばかりが大きすぎて、次の打つ手を考える気力が湧いてこない。

「すべて自分のせいだ、とレイリア様は思っているんですか」
「……ああ」
「そうですか……」

 ばさっ、と音がしたと思ったら、カレンが布をテーブルに放り投げていた。
 そして、わたしの向こうずねを、思いっきり蹴っ飛ばした。

「いッ!?」

 英雄騎士もそこだけは鍛えられなかったという“泣きどころ“の痛みに、わたしは椅子から飛び上がった。
 蹴られた膝を押さえ、ぴょんぴょんとぶざまに跳ねる。
 ……トロールに体当たりされたときより痛かった。

「しっかりしてください!」

 カレンは、容赦なくわたしを睨んでいた。
 痛みをこらえながらも、わたしは苦笑を返すしかなかった。

 自分の情けなさがイヤになる。
 カレンがあきれるのも当然だ、と思った。

「……そうだな。わたしがしっかりして、みなを守らなくてはいけないのに……」
「それが間違いだと言っているんです!」

 カレンの声が、ぴしゃりと耳を打つ。
 遠慮のなさはいつものとおりだけど、ここまで声を荒らげる彼女は、ちょっといままで見たことがなかった。

「もっと、わたしたちに頼ったらどうなんですか、レイリア様!?」
「頼る? わたしが村のみなをか?」
「そうです。みんなだって、レイリア様の力になりたいと思っているし、この事態を自分たちの力でなんとかしたいと思っているはずです」
「けど……」

 わたしがそんな弱気だと、みんな不安なんじゃないか、と思った。
 でも、カレンはまっすぐにわたしの目を見て言う。

「それが、村の一員になる、ということでしょう?」
「………………」

 何も言えなかった。
 きっとわたしはいま、さぞ間抜けな顔をしていることだろう。

 ずっとズレたままでいたパズルの欠片かけらが、はじめてパチリとハマったようだった。

 ――その衝撃を何に例えたらいいだろう。

 初めてカレンに睨みつけられたときよりも、夏の嵐よりも、エリンズが殺されたときよりも激しく、わたしの胸を揺さぶった。

 ずっと自分の中に欠けていると感じていた何かに、ようやく出会った。
 そう感じた。
 カレンの言葉をあらためて噛みしめる。

「そうか。村のみんなを頼る……か」

 農地や村の経営のことなら、まだ誰かを頼ろうとも思える。
 新参者の領主なんかより、村のみなのほうがずっと経験豊かなのだから。
 けど、村を守るのに、魔物と戦うのに、人に頼るという発想は自分の中にまったくなかった。

 カレンに言われてみれば、ごく単純な話だ。
 これは村全体の問題なんだから、みなに相談するのが第一だ。

 けど、いまこのとき、彼女の口から言われたのでなければ、けっして理解することも、納得することもなかったと思う。

 やっと、自分のダメなとこがなんなのか、見えてきた気がした。
 ずいぶん、回り道をしてしまった気がする。

「けど誰かに頼りきるというのは……勇気がいるな」

 言葉どおり、わたしの声は怯えて震えていた。

「いままで、みなの頼りになる領主であろうと、虚勢きょせいを張ってきたからな……」

 宮廷騎士団のなか、誰にも舐められないように、強く、勇ましくあろうとしていた。小説の中の英雄を心に描いて……。
 カナリオ村にやってきてからもそんな自分を、ずっと引きずっていた。
 わたしは、ここでもずっと、“鋼鉄戦姫”のままでいた。

「嵐の日のレイリア様は、ずいぶん頼りなかったですが」
「あれはノーカウントで!」

 かみなりに怯えまくる姿も、カレンが相手だから見せられた。
 村のみんなには、ゼッタイに知られたくない。

 自分の力の限界を認め、誰かを頼る。

 それは、いままで生きてきて、かたくなにこばんできた問題解決方法だった。
 頼る、とすればそれは唯一、騎士道小説の主人公たち。
 わたしが自分の頭の中で創りあげた、ヒーローの幻想だけだった。

 みなを守るのが騎士の役目。
 だから、ひとり先頭に立って戦わなければならないのだと、ずっと思っていた。

 けど……。
 わたしがひとりで魔の森に討伐に行っているあいだに、村が襲われてしまった。
 ほんとに問題を解決しようと思えば、ひとりの力には限界がある、と認めざるをえなかった。

「レイリア様ならできますよ。この村の……わたしたちの領主様なんですから」

 カレンはうっすらと、けれどもたしかに――微笑んでいた。
 
 ――ああ、ふだんの無表情もいいけど、笑ったカレンはほんとにキレイだ。

 そんな場違いな想いが湧いてくる。
 惜しいのは、それがめったに見られないことだ。

 でも、マジメな話をしているときに、カレンの姿に見とれていたなんて本人に言ったら、顔を真っ赤にして怒るに違いない。

「レイリア様が領主になられてから、この村のいろんなことが良くなりました。もう誰もレイリア様をよそ者だなんて、思っていないはずです」
「ほんとか!? いつの間にか、わたしは認めてもらっていたのか?」
「はい。このごろは、買い物やちょっとした用事で村を歩いていると、レイリア様を慕《した》う声をよく聞きます。……えっと、まあ、わたしだって……」
「そうか……。ありがとう」

 そんな簡単な言葉しか出てこないのが残念だった。
 もっと、カレンに感謝の気持ちを伝えたかった。

 もう、怖くはなかった。
 たとえ失敗しても、わたしにはカレンが、そして村のみながいてくれるのだから。

「それに……あなたは、わたしに勇気をくれた人です。だから信じています」
「カレン……。熱があるんじゃないか? カレンの口からそんな言葉が……」

 嬉しいより先に、本気で心配になってうろたえてしまった。
 カレンは耳まで真っ赤になった。
 もう微笑は打ち消して、わたしを睨みつける。

「やっぱりあなたは、ご勝手にすればいいと思います!」

 せっかくカレンの口から嬉しい言葉が聞けたのに、口をすべらせたせいで台無しだった。

 領地経営より、カレンと接する正しい方法のほうが、よっぽど難問かもしれない……。
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