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はじまりの章 鋼鉄戦姫の追放劇
第5話 騎士団長と見習い騎士
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“なにやらカオフマン宰相の不興を買って、鋼鉄戦姫が田舎に左遷されるらしい。”
そのうわさは、当人の耳に入るくらい、宮廷内を駆けめぐった。
廊下を歩いていると、同僚の騎士たちの同情とあざけりの入り混じった視線が、ちくちくと全身に突き刺さる。
うぅ、しんどい。
いたたまれない、とはこういう心情のことを言うんだろう。
ささやきかわす同僚たちの言葉は聞き取れなくても、わたしのことをウワサしている気配は感じられる。
「こそこそと話さず、何か言いたいことがあるなら言ったらどうだ」
キッ、と睨みつけて言うと、同僚たちはそそくさと距離を置く。
訓練中も食事中も、ずっとそんな空気だった。
――ああ、もう!
いっそのこと、さっさと任期が来てしまえばいいのに。
田舎の村になど行きたいとはまったく思わないけど、この空気にはうんざりだった。
けど、罰ゲームのような領主とはいえ、一国の領地の責任者として就任するのだ。実行に移すまで、宮廷内でメンドクサイ手続きがいろいろと必要だった。
わたし自身の旅の準備だってある。
そんな宙ぶらりんな身の上のまま、十日が過ぎ、二十日が過ぎ、ほどなくひと月が経とうとしていた。
ド田舎に飛ばされる女騎士にかかわって、巻きぞえを喰らいたくはない。
同僚の騎士たちの、そんな心の声が聞こえてくるようだった。
完全に腫れものあつかいである。
たまりかねて、わたしは騎士団長室に駆け込んだ。
どうせ田舎に飛ばされるなら、その前にヴァイスハイト団長に、文句の一つも言いたかった。
団長室のドアをいささか乱暴にノックし、返事も待たずに部屋にずかずかと中に入る。
部屋にはヴァイスハイト団長のほかにもう一人、騎士隊の一員の姿があった。
男社会である宮廷騎士団に珍しい、女性騎士だ。
「レイリア様……!」
そのもう一人が、勢いこんで部屋に入ってきたわたしの姿に驚いて、呼びかけてきた。
わたしにとっても、それはよく見知った相手だった。
「すまない、シーラ。取り込み中だったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
わたしが呼びかけると、彼女は驚きから立ちなおって、まごつきながらも軽く微笑んだ。
シーラはまだ見習い騎士の身分で、宮廷騎士団の宿舎ではわたしと同室、ルームメイトという仲でもある。
中流貴族の出自ではあるけど、騎士団内での地位はわたしのほうが上だった。
そのせいか、ふだんから、わたしの従士的な仕事を担ってくれていた。
彼女だけはわたしを鋼鉄戦姫とは呼ばず、ふだんから仲良く接してくれる。
けど、わたしとカオフマン宰相とのゴタゴタにシーラを巻きこんでは申しわけない、とカナリオ村への赴任が決まってからは、わたしのほうから接触は避けていた。
団長室で彼女と鉢合わせるとは、予想外だった。
「何か用か、レイリア」
一方の部屋の主、ヴァイスハイト騎士団長は、あいかわらずの鉄面皮《てつめんぴ》だ。
わたしが肩を怒らせている姿にも、眉一つ動かさない。
わたしはシーラのことはひとまず置いて、団長に向き合った。
ヴァイスハイト団長はわたしより頭二つ分は長身で、宮廷騎士団長の地位にふさわしい、鍛え抜かれた肉体と、怜悧《れいり》な顔つきの持ち主だ。
わたしとは倍以上も歳が違うけれど、顔にはしわ一つ見つからず、肉体がおとろえる様子はまったくない。
むしろ、年々化け物じみた強さに磨きがかかっている気がする。
「何か、ではありません! なぜわたしをかばってくれなかったのですか?」
わたしは単刀直入に詰問した。
やっぱり団長の表情はぴくりとも動かない。
鋼鉄戦姫なんて不本意なあだ名を付けられているわたしだけど、団長のほうがよっぽど鋼のような顔をしている、と思う。
「カナリオ村の領主となることが不服か?」
冷たく聞き返され、わたしの頭にカッと血がのぼった。
「当然でしょう。わたしは宮廷騎士です!」
「騎士ならば、領民を守ることがその務めだ」
「団長、そんな建前の話はよしてください!」
「建前で言っているのではない」
わたしの剣幕に横でおろおろしているシーラとは対照的に、ヴァイスハイト団長はどこまでも淡々としていた。
そういう物事に動じない姿が頼もしく、騎士隊の長として尊敬している面でもあるのだが、いまは無性に腹立たしかった。
鋼鉄戦姫と揶揄され、同僚たちからもうとまれているわたしだけど、ヴァイスハイト団長だけは味方だと思っていた。
わたしが孤児院出身の女騎士であっても、ほかの騎士たちと差別することなく、平等に接してくれていた。
剣の腕を褒めてくれ、槍術や馬術の鍛錬にも付き合ってくれた。
少々厳しすぎる付き合い方ではあったけれど……。
贔屓や差別なく、まっすぐ向き合ってくれていることは分かっていたから、厳しい指導にもついていけた。
それだけに、今回の件は、信頼していた団長にまで裏切られたようでショックだった。
「建前ではないというなら、わたしには田舎の村の領主がお似合いだとでも、団長はお考えですか?」
「それはお前しだいだ」
「むっ……」
皮肉めかして言っても、団長の声音が変わることはなかった。
ただ、その眼光が部屋に入ってきたときよりも、一段鋭くなった気がした。
その視線に射抜かれて、わたしは思わずたじろいでしまった。
「カナリオ村の領地経営は、お前が自分に欠けているものを見つける、いい機会になるかもしれないな」
不意に、そんなことを言ってくる。
意味が分からなかった。
「……わたしに欠けているもの、とはなんでしょうか、団長?」
「いまのお前に言ったところで、理解はできないだろう」
ばっさりと言い捨てる。
そして、話は終わりだとばかりに、ヴァイスハイト団長は足早に団長室を出ていこうとした。
「お待ちください、団長!」
「レイリア様」
あわてて追いすがろうとすると、いままで黙っていたシーラがわたしを呼び止めた。
そのあいだに、ヴァイスハイト団長は扉を開け、どこかへ行ってしまった。
わたしは、しかたなくシーラを振り返った。
「シーラ。君まで団長の味方なのか?」
八つ当たり気味に、彼女にまで、とがめるような声を向けてしまった。
シーラは悲しげに目を伏せる。
うっ、しまった……。
自分の所業に罪悪感が生まれる。
「すまない。君を責めるつもりではなかったんだ」
「いえ、それはかまいません。ですが、レイリア様。聞いていただけますか? これはあくまでウワサなのですが……」
「なんだ?」
おずおずと申し出るシーラの姿に、わたしは態度をやわらげた。
団長のことはともかく、彼女に八つ当たりするのは、騎士の取るべき態度じゃない。
「その……ヴァイスハイト団長は例の件で、レイリア様がもっと酷いことにならないよう、陰で喰いとめていた、と聞きました」
「……どういうことだ?」
「その、レイリア様をおとしめようとする方が、無実の罪を着せて、騎士の称号をはく奪しようとしていたらしい、と……」
「それは……」
思わずわたしは絶句した。
カオフマン宰相ならやりかねない、と正直感じた。
背筋がゾッとする。
それがほんとなら、田舎に飛ばされるだけで済んだのは、まだマシだったといえる。
「それならそうと団長も言ってくれればいいのに」
「ほんとのことかどうかは分かりません。うわさ話ですから……」
そうシーラは言うけど、わたしはそのうわさを信じたかった。
やっぱりヴァイスハイト団長だけは、自分のために動いてくれていたのだ。
それが勘ちがいではない、と思えるだけでもほっとする。
そのことを伝えてくれた、シーラの気づかいもありがたかった。
「なあ、シーラ。正直に答えてくれ。君は団長の言っていた、わたしに欠けているもの、というのがなんだか分かるか?」
「いえ、わたしには想像もできません。ですが……」
「なんだ?」
「団長はレイリア様が宮廷騎士団に戻ってくると信じているのだと思います。ですから、あえて厳しいことを言ったのではないかと……」
「そうか……!」
――宮廷騎士団に戻ってくる!
目が覚めるような思いだった。
田舎に飛ばされたからといって、それで一生涯が終わるとはかぎらないじゃないか。
また、王宮に戻って騎士になれる。
その可能性が消えたわけではないのだ。
「わたしもレイリア様が戻って来られる日を待っています」
控えめに笑うシーラの顔に、胸の奥がじんと、あたたかくなる。
「ありがとう、シーラ。わたしがいないあいだも励めよ。戻ってきたとき、君が正式な騎士になっていることを楽しみにしている」
「は、はい。がんばります!」
偉そうに言いすぎたかな、と内心思ったけど、花がほころぶようなシーラの笑顔に、そんな心配は必要なかったかな、と思いなおす。
わたしを慕ってくれる人が帰りを待っている。
それだけでも、見知らぬ地へ領主としておもむく不安が、少しやわらいだ気がした。
そのうわさは、当人の耳に入るくらい、宮廷内を駆けめぐった。
廊下を歩いていると、同僚の騎士たちの同情とあざけりの入り混じった視線が、ちくちくと全身に突き刺さる。
うぅ、しんどい。
いたたまれない、とはこういう心情のことを言うんだろう。
ささやきかわす同僚たちの言葉は聞き取れなくても、わたしのことをウワサしている気配は感じられる。
「こそこそと話さず、何か言いたいことがあるなら言ったらどうだ」
キッ、と睨みつけて言うと、同僚たちはそそくさと距離を置く。
訓練中も食事中も、ずっとそんな空気だった。
――ああ、もう!
いっそのこと、さっさと任期が来てしまえばいいのに。
田舎の村になど行きたいとはまったく思わないけど、この空気にはうんざりだった。
けど、罰ゲームのような領主とはいえ、一国の領地の責任者として就任するのだ。実行に移すまで、宮廷内でメンドクサイ手続きがいろいろと必要だった。
わたし自身の旅の準備だってある。
そんな宙ぶらりんな身の上のまま、十日が過ぎ、二十日が過ぎ、ほどなくひと月が経とうとしていた。
ド田舎に飛ばされる女騎士にかかわって、巻きぞえを喰らいたくはない。
同僚の騎士たちの、そんな心の声が聞こえてくるようだった。
完全に腫れものあつかいである。
たまりかねて、わたしは騎士団長室に駆け込んだ。
どうせ田舎に飛ばされるなら、その前にヴァイスハイト団長に、文句の一つも言いたかった。
団長室のドアをいささか乱暴にノックし、返事も待たずに部屋にずかずかと中に入る。
部屋にはヴァイスハイト団長のほかにもう一人、騎士隊の一員の姿があった。
男社会である宮廷騎士団に珍しい、女性騎士だ。
「レイリア様……!」
そのもう一人が、勢いこんで部屋に入ってきたわたしの姿に驚いて、呼びかけてきた。
わたしにとっても、それはよく見知った相手だった。
「すまない、シーラ。取り込み中だったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
わたしが呼びかけると、彼女は驚きから立ちなおって、まごつきながらも軽く微笑んだ。
シーラはまだ見習い騎士の身分で、宮廷騎士団の宿舎ではわたしと同室、ルームメイトという仲でもある。
中流貴族の出自ではあるけど、騎士団内での地位はわたしのほうが上だった。
そのせいか、ふだんから、わたしの従士的な仕事を担ってくれていた。
彼女だけはわたしを鋼鉄戦姫とは呼ばず、ふだんから仲良く接してくれる。
けど、わたしとカオフマン宰相とのゴタゴタにシーラを巻きこんでは申しわけない、とカナリオ村への赴任が決まってからは、わたしのほうから接触は避けていた。
団長室で彼女と鉢合わせるとは、予想外だった。
「何か用か、レイリア」
一方の部屋の主、ヴァイスハイト騎士団長は、あいかわらずの鉄面皮《てつめんぴ》だ。
わたしが肩を怒らせている姿にも、眉一つ動かさない。
わたしはシーラのことはひとまず置いて、団長に向き合った。
ヴァイスハイト団長はわたしより頭二つ分は長身で、宮廷騎士団長の地位にふさわしい、鍛え抜かれた肉体と、怜悧《れいり》な顔つきの持ち主だ。
わたしとは倍以上も歳が違うけれど、顔にはしわ一つ見つからず、肉体がおとろえる様子はまったくない。
むしろ、年々化け物じみた強さに磨きがかかっている気がする。
「何か、ではありません! なぜわたしをかばってくれなかったのですか?」
わたしは単刀直入に詰問した。
やっぱり団長の表情はぴくりとも動かない。
鋼鉄戦姫なんて不本意なあだ名を付けられているわたしだけど、団長のほうがよっぽど鋼のような顔をしている、と思う。
「カナリオ村の領主となることが不服か?」
冷たく聞き返され、わたしの頭にカッと血がのぼった。
「当然でしょう。わたしは宮廷騎士です!」
「騎士ならば、領民を守ることがその務めだ」
「団長、そんな建前の話はよしてください!」
「建前で言っているのではない」
わたしの剣幕に横でおろおろしているシーラとは対照的に、ヴァイスハイト団長はどこまでも淡々としていた。
そういう物事に動じない姿が頼もしく、騎士隊の長として尊敬している面でもあるのだが、いまは無性に腹立たしかった。
鋼鉄戦姫と揶揄され、同僚たちからもうとまれているわたしだけど、ヴァイスハイト団長だけは味方だと思っていた。
わたしが孤児院出身の女騎士であっても、ほかの騎士たちと差別することなく、平等に接してくれていた。
剣の腕を褒めてくれ、槍術や馬術の鍛錬にも付き合ってくれた。
少々厳しすぎる付き合い方ではあったけれど……。
贔屓や差別なく、まっすぐ向き合ってくれていることは分かっていたから、厳しい指導にもついていけた。
それだけに、今回の件は、信頼していた団長にまで裏切られたようでショックだった。
「建前ではないというなら、わたしには田舎の村の領主がお似合いだとでも、団長はお考えですか?」
「それはお前しだいだ」
「むっ……」
皮肉めかして言っても、団長の声音が変わることはなかった。
ただ、その眼光が部屋に入ってきたときよりも、一段鋭くなった気がした。
その視線に射抜かれて、わたしは思わずたじろいでしまった。
「カナリオ村の領地経営は、お前が自分に欠けているものを見つける、いい機会になるかもしれないな」
不意に、そんなことを言ってくる。
意味が分からなかった。
「……わたしに欠けているもの、とはなんでしょうか、団長?」
「いまのお前に言ったところで、理解はできないだろう」
ばっさりと言い捨てる。
そして、話は終わりだとばかりに、ヴァイスハイト団長は足早に団長室を出ていこうとした。
「お待ちください、団長!」
「レイリア様」
あわてて追いすがろうとすると、いままで黙っていたシーラがわたしを呼び止めた。
そのあいだに、ヴァイスハイト団長は扉を開け、どこかへ行ってしまった。
わたしは、しかたなくシーラを振り返った。
「シーラ。君まで団長の味方なのか?」
八つ当たり気味に、彼女にまで、とがめるような声を向けてしまった。
シーラは悲しげに目を伏せる。
うっ、しまった……。
自分の所業に罪悪感が生まれる。
「すまない。君を責めるつもりではなかったんだ」
「いえ、それはかまいません。ですが、レイリア様。聞いていただけますか? これはあくまでウワサなのですが……」
「なんだ?」
おずおずと申し出るシーラの姿に、わたしは態度をやわらげた。
団長のことはともかく、彼女に八つ当たりするのは、騎士の取るべき態度じゃない。
「その……ヴァイスハイト団長は例の件で、レイリア様がもっと酷いことにならないよう、陰で喰いとめていた、と聞きました」
「……どういうことだ?」
「その、レイリア様をおとしめようとする方が、無実の罪を着せて、騎士の称号をはく奪しようとしていたらしい、と……」
「それは……」
思わずわたしは絶句した。
カオフマン宰相ならやりかねない、と正直感じた。
背筋がゾッとする。
それがほんとなら、田舎に飛ばされるだけで済んだのは、まだマシだったといえる。
「それならそうと団長も言ってくれればいいのに」
「ほんとのことかどうかは分かりません。うわさ話ですから……」
そうシーラは言うけど、わたしはそのうわさを信じたかった。
やっぱりヴァイスハイト団長だけは、自分のために動いてくれていたのだ。
それが勘ちがいではない、と思えるだけでもほっとする。
そのことを伝えてくれた、シーラの気づかいもありがたかった。
「なあ、シーラ。正直に答えてくれ。君は団長の言っていた、わたしに欠けているもの、というのがなんだか分かるか?」
「いえ、わたしには想像もできません。ですが……」
「なんだ?」
「団長はレイリア様が宮廷騎士団に戻ってくると信じているのだと思います。ですから、あえて厳しいことを言ったのではないかと……」
「そうか……!」
――宮廷騎士団に戻ってくる!
目が覚めるような思いだった。
田舎に飛ばされたからといって、それで一生涯が終わるとはかぎらないじゃないか。
また、王宮に戻って騎士になれる。
その可能性が消えたわけではないのだ。
「わたしもレイリア様が戻って来られる日を待っています」
控えめに笑うシーラの顔に、胸の奥がじんと、あたたかくなる。
「ありがとう、シーラ。わたしがいないあいだも励めよ。戻ってきたとき、君が正式な騎士になっていることを楽しみにしている」
「は、はい。がんばります!」
偉そうに言いすぎたかな、と内心思ったけど、花がほころぶようなシーラの笑顔に、そんな心配は必要なかったかな、と思いなおす。
わたしを慕ってくれる人が帰りを待っている。
それだけでも、見知らぬ地へ領主としておもむく不安が、少しやわらいだ気がした。
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