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第三話 旅人の町

⑤うまくいかない町歩き

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「じゃーん、ここが市場!……なんだけど」
「なんか……凄い熱気ですね。いつもこんな活況なんですか?」
「いやぁ~、少なくとも前来た時はこんな様子じゃなかったな~」

 珍しく困惑した様子のイハナ。
 二人は市場の入り口付近で、立ち尽くしていた。
 目的の場所に辿りついたというのに、その中に足を踏みだせずにいる。
 二人の前には立ち並ぶ屋台や露店の数々。
 そして黒山の人だかりだった。

「豚足はねえのかよ。ひづめじゃねえ、脚だ、脚!」
「バジルの量全然足りねえよ。ほんとにこんだけか。どかに隠してんじゃねえだろな!」
「いまさら来てももうねえよ! とっくに売り切れてらあ!」
「なんだこのしなびたアプリコットは。どこ産だ!? 予約してた人間に、こんなもん売りつけようってのか、てめえは!?」
「こちとら朝一で方々から仕入れてんだ。文句があんならよそへ行きな!」

 喧々囂々、怒号が飛び交う。
 売る側も買う側も肩を怒らせ、眉尻をあげ、唾をとばしあっている。
 殺気立ってすら見える、必死な形相だった。いまにも取っ組み合いの喧嘩がはじまるんじゃないかと心配になってくるほどだ。

「どいてくれ!」
「邪魔だ!」

 二人が茫然としている間にも、市場には新たな客が次々と参戦してくる。

「きゃっ」
「んがっ」

 ココハ達はなかば弾き飛ばされるように、脇にどかされた。

「ココちゃん、とりあえずここにいても邪魔っぽいし危ないから、奥に行こうっ!」
「は、はいっ!」

 二人のやり取りもまわりにかき消されないよう、大声でかわされた。
 ココハははぐれないよう、イハナの腕にしがみつく。
 二人は、ただただ周りの流れに合わせて移動するのに必死で、とても市場見学どころではなかった。
 露店でなにが売られているのか見る余裕もない。
 人の流れに押し出されるように市場の反対側に向かっていく。
 その間も、ココハは何度もこづかれたり、押し倒されそうになったりしたが、それを気遣う者は市場にはいなかった。
 みな、競い合うように品定めに夢中だ。
 ほとんど追い出されるように、二人は別の路地から市場を抜け出した。

「はあぁ~」

 ようやく人混みから解放されて、二人そろってどっと息をつく。
 市場だけが特別混んでいたみたいで、その外の通りはほとんど人通りもなかった。

「なんか……ものすごい熱気でしたね……。どっと疲れました」
「うみゅう……。このあたしが売り買いの場からはじき出されるなんて……屈辱だわ」
「みなさん、なにか食材を買い求めてるみたいでしたけど……」
「んー、どっかで食糧不足の噂でもあるのかしら。これはしっかり調べてみないといかんなぁ」

 意気消沈していたのから一転、イハナは商売人の顔つきになって考え込む。
 一人口の中でぶつぶつとつぶやいていたが、はっと顔を上げて、

「ごめん! いまは町案内の途中なのに、つい商売のこと考えちゃったよ~」
「いや、気にしないでっていうか、むしろ普通にお仕事してください」

 ココハが言うのをイハナは首をぶんぶん降って強く否定した。

「そんなわけいくもんかい。あたしがココちゃんより仕事をとるような薄情な女だと思われちゃあ、困りますわよ」
「いや、だから……。なんか言葉遣い変ですし……」
「名誉挽回させて! 次こそココちゃんが楽しめそうなとこ案内するから!」
「はぁ……」

 なんだかよく分からないが、イハナが気を取り直したようなので、ココハはそれ以上何も言わなかった。

「うーん、そだなあ。あっ、ココちゃん。ちょっと小腹空いてたりとかしない?」
「そう言われると……はい、なにか食べたいかもです」
「よっしゃ。ほんとは市場でなにか買い食いできるかな~って思ってたんだけどね~。そしたら、少し行ったとこにちょっとした軽食屋とかカフェが並んでる通りがあるから、行ってみない?」
「いいですね。はい、賛成です!」

 二人とも気を取り直し、路地を歩きだした。
 こんどは町の北西部に向かうかっこうだった。
 イハナは相変わらず地図もなしに、ささっと道を選んで歩いていく。
 きっちりと区画整理されたサラマンドラと違い、道は曲がりくねっていたり、唐突に三叉路が現れたりしたけど、イハナは考えるそぶりも見せず進んでいく。
 ココハはとうにイハナに任せきりになって、周りの建物をのんびり観察していた。
 もう、元の市場に自力で戻れと言われても不可能だろう。
 やや歩いた後、二人は比較的広い通りに辿りついた。

「よっしゃ、着いた着いた~。ココちゃん、なにか食べたいものある?」
「イハナさんのおすすめでお願いします」
「おっし、まかせて~」

 二人は揚々と通りを歩き、並び立つ店舗に向かう。
 ……のだが。

「閉まって……ますね」
「うん……」

 最初に目についた二、三軒のカフェらしき店は、固く門を閉ざし「クローズ」の札がぶらさがっていた。

「まだ開いてない時間なんでしょうか」
「いや~、むしろいまがかき入れ時だと思うけど……」

 嫌な予感を抱きつつ、二人は他の店も見て回った。
 悪い予感は的中だった。通りに立ち並ぶ店は、軒並み閉店中の札を下げていた。
 お昼時の飲食店通りに人っ子一人おらず、店も一軒も開いてないのは、ちょっと異様な光景だ。

「なぜじゃ~」

 再びがくりと肩を落とすイハナ。
 ココハも、なにか食べようと意識してしまったせいで、無性にお腹が空いて感じられた。
 イハナの手前、落胆を顔に出さないように意識していたけど、隠し通せた自信は自分でもあまりなかった。
 立ち並ぶお店の外観は素朴ながらかわいらしく、それだけに一層残念に思えた。

「ごめんよ~、ココちゃん。役に立たない隊商でな~」
「いやいや、イハナさんのせいじゃないですって」

 しょぼくれた声で言うイハナを、慌ててフォローするココハ。
 ずっと野宿を続けてきたココハには、街の中を歩くだけで十分楽しかった。
 かわいい建物の形もサラマンドラとは全然違って、見ていて飽きない。
 たしかに、どこかで一休みしたい気持ちはないでもなかったが、五日間隊商に合わせて移動していたかいあって、まだまだバテてはいない。

「あとは~、その……川沿いにも露店とかあったはずだから、なにか食べられるかも……です」

 イハナの声が自信なさげにしぼんでいく。
 なんだかココハの方まで申し訳ない気持ちになるような落ち込みようだった。
 ココハは苦笑して、

「はい。川沿い歩いてみたかったので、行ってもいいですか? そこのお店もやってなくても、その時はその時です」
「うん。じゃあ―――行ってみようか」
「はいっ!」
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