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最終夜 夜を這うモノ達
しおりを挟む葉っぱの擦れる音が、耳に酷く響く。
ズルズルと引きずられて、腰を引かれて。
「ん、んーーっ!!」
叫ぼうとしても声が出せない状況で、肺の中の空気を出し尽くしてしまった。息ができない混乱のあとに、耳元で聞こえてくるのは聞き慣れた声。
「どうして、外に出たの?」
――夕兄の声、だった。
それで安心して、ぐったりと夕兄の胸にもたれかかった私に「小さい声で」と、言って手を私の口から離す。
「夕兄に、会いに来たんだよ」
「俺に会えなかったら……どうするつもりだったの?」
「あ」
そういえば、そうだ。
家に行ったからといって、会えるとはかぎらなかったのに。むしろ冷静になれば、「別の子と」と思っていたんだからいないハズだと思っていたのに。何故か絶対会えるって思ってた、こんな危険な目にあっても。
「出るなって言ったのに、仕方ない子だなぁひーちゃんは」
「だ、だって」
苦笑する表情は思い出の中のままの夕兄だ。
全く怖くない――。
昨日までの夕兄だったら、もっと意地悪な事言いそうなのにとか考えてたら。
「俺に会えなかったらどうするつもりだったの? 男を漁ってたのかな」
――やっぱり、イジワルだった。
「! そんなことしないよ……」
「本当に?」
「そうだよ、だって、私っ! 私っ!」
すぐに意地悪な顔になってしまった夕兄に、会ったら思いっきり言ってやろうと思った事が、気持ちが先走り過ぎて、うまく言葉に出てこない。声が自然と大きくなる。
「静かに。ここは他人の領域だから、移動しよう」
私の手を優しく引く、夕兄の手は冷たかった。
――冷や汗、かいてる?
「どこ、行くの?」
「あの木のところだよ」
そう言われると、この手を離して逃げたくなった。
でも覚悟を決めて、ギュって握り返すとついていく。
「本当の事を話さないとね、見ちゃったのなら」
「そ、そうだよ、あれっ!!」
夕兄と会えたことでふっとんでた、衝撃的な光景。
どういうことなの? お姉さんはなんであんなひどい事してるの……旦那さんは?
あんな犬に犯されてるなんて――もしかしたら、祭りの怖い一面なんだろうか。
色々頭の中がぐるぐるとして、まとまらなかった。
そんな気持ちが表情に現れてたんだろう。
「気持ち悪かった?」
「うん、あんなの、変だよ……ヒドイよ」
「そうか、やっぱりひーちゃんはそう言うんだね」
苦しげに、夕兄は語り出した事は信じられない内容で、さっき見た光景よりも衝撃的なものだった。
「え、あれが……芳路お兄さん?」
私は驚いて、隣のお姉さんの旦那さんの名前を叫ぶ。
どう考えても、ほんわかしたおにーさんで、あんな犬みたいな姿じゃ絶対ない。でも夕兄が本人だと言うのなら――本人なの?
私は半信半疑で、夕兄の言う事を聞いていた。
この「祭」のというか、この「村」の真実。
この村の人間は殆どの人が「人狼」なんだって、事。
この祭りは、人狼である村人たちが、その獣の血を引く習性から迎える、番を求める発情期。一度番を決めてしまえば、他の異性には興味がなくなってしまう。
つまりは、ちょっとエッチな婚活状態、って事になるらしい。
婚活じゃなくても、年頃の番を決めていない人狼が発情してしまうと、解消する為に相手を探してさ迷うという。
フリーセックス状態――こういっちゃ身もふたもない、になるみたい。
怖かった「祭」の正体を知ってしまうと。
途端に「何それ……」と拍子抜けしてしまう。
だから、あの隣のお姉さんの行為は、純粋な夫婦の子作り現場。
それをただ覗き見していただけ、という事になるけど。なんでよりにもよって野外で……と顔に出てたんだろう、夕兄が答える、それぞれ「なわばり」があって、滅多な事では他人は立ち入り禁止になってるって……でも、お外だよ。
そこに無断ではいっちゃって覗いて……本当にすみません。
自分がガチで覗き魔になってるとは思わず。
(あーお姉さんに、明日から顔合わせづらい!!)
「でも、夕兄は、人間の姿だよね?」
「――今日は、薬で抑え込んでるからね、いつもなら、俺も芳路と似たようなもんだよ。最終日の満月は特に血の濃いモノは変化する……特に男は」
そう言う夕兄の顔は、どこか調子が悪そうだった。
心配そうな顔で見つめると、微かに笑う。心配するなって。
子供が出来にくい人狼は、男はそのままだったけど――女は発情しやすいように、人に近くなったらしい。人は動物と違って、いつでも発情できる生き物だから、子供ができやすいように。
「村の外で変化したら困るから、獣姿にならないようにする薬もあるんだよ」
「まさか、今日は外に出るなって――」
「うん。ひーちゃんをめちゃくちゃにしてしまいそうだったから……かな?」
「!」
「しかも、狼の姿のままで、ね。家の中に居たって、そんなのかまわず押し入って犯してた。でも、ひーちゃんのこと心配だから、念のため薬飲んでみたけどね。意外と効いて良かったまだ理性的に話せる」
「そ、それは……」
昨日までのどんどん悪い事ばかり考えてしまう私だったら、そんな事されていたらと思うと。きっと心が耐え切れなくて、どうかなっていたに違いない。それに、犬……じゃなくて狼? とエッチするって考えるだけで、微妙な顔になってしまう。
処女喪失、野外と来ても――獣姦は……。
「さっき、あんなの変だよっていってたよね。うん、それが普通の反応だよ」
――否定できなかった。
「ひーちゃんも、エッチな気分になってるの、あれ気にしなくてもいいよ。ひーちゃんは完全に人間だと思っていたけど、確実に影響されてる」
今日は祭りの最終日。
もっとも発情してしまう日。
そんな日に、夕兄にどんな理由でも会いたくて、会いたくてたまらなかった。
だから、外に出るリスクを忘れる程、理性を失っていた。
あのお姉さんのように、ただの雌になってしまったのは。
私は、夕兄を番だって決めてたんだ――。
夕兄の話を聞いて、すんなりと納得してしまった。
こんな不思議な話を本当だと信じてしまえるなんて、やっぱり私も立派に血を引いてるからなのかもしれない。
「私、夕兄の事、好きだよ」
「ひーちゃん」
「あんなにレイプまがいのことされても、脅迫されて、どうなっちゃうのかなと怖かったけど……でもしちゃったのは夕兄だったから……」
「本当に、ごめん。イジワルしたのはひーちゃんが可愛すぎて止まらなかった」
そう謝って、夕兄はネタバラシする。
ほんとに写真も動画もばらまく気はなかったって。
イジワルだ――本当に、ほんとにイジワルだ。
本当に怖かったんだから! って。思い出すだけで目がうるんでしまいながら、慰めるために抱きしめられた腕の中で詰ってみても嬉しそうににやけてるのは何故なんだろう。そして優しく抱きしめるだけなのは、薬の所為で理性が勝ってるからだろうか。
「俺の理性を、ここまで狂わせるのはひーちゃんだけ。ひーちゃんには俺の唯一の番になって欲しい」
祭りの真実を聞かされて、番の意味を知っている私には十分な告白。
この甘い一時に、私は負けずにこれだけは主張する。
「でも、狼のままじゃ……無理。出来ない、よ?」
「本当に無理?」
あ、意地悪な顔が出て来た。
「そうかなぁ、ひーちゃん、エッチな匂いしてるけど」
嗅覚もよくなってるみたい。
私の身体の変化に、匂いで気づくなんて、すごい恥ずかしい。
夕兄の腕の中で落ち着かなくてもぞもぞと動いた。
「ゆ、夕兄の事、嫌いになるよ!」
って、一生懸命言ったら、夕兄は私の身体から離れた。
「分かったよ、じゃあひーちゃんが、俺の本当の姿でえっちさせてくれるまで、我慢する」
「え!?」
エッチはお預けという、その提案。
私の驚く声に、それはイヤって言ってるって感じ取ったんだろう。
逆に人間の夕兄とだったら――したい、って。
してやったりな表情になる夕兄。
夕兄の本当の姿でエッチって、いま知ったばかりの私には獣姦エッチはハードルが高すぎる。しかも、あの……変身後は芳路お兄さんみたいにおっきくなったら、まだ入らないと思う。いっぱいすればなれるのかな……とか色々不安が多すぎた。
「うそうそ、俺の方が我慢できないよ」
「も、もう夕兄なんて知らないっ!」
でも受け入れてしまう日はそんな遠くない気がする。
そう思ってしまえるのは、やっぱり私がエッチな子だからなのかな。
「大好きだよ、ひーちゃん」
ううん、夕兄が好きすぎるからだ。
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