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秋野小窓

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【2】東京、その頃

2−7

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<たまきside>

 金曜。予約していた店に二人で入る。地下にある、迷路みたいな個室だらけのバルだ。二人個室のある店を探していて、俺が見つけた店だった。
 壁に向かって横並びで座る。

「なんか緊張しますね……。カップルシートなのかな」

 そう言った相手は、ヒカルさんではない。今日初めて会う人だ。
 前回の反省から、顔ではなく雰囲気が近そうな人と会ってみようと思ったのだ。

「ユウさんは、アプリで結構会ってるんですか?」
「いえ、自分は始めたばかりで。あずきさんで二人目です」

 アプリでの名前を呼ぶと、「それは犬の名前なんです」とはにかむ。

「クニヒロです。国語に広いで国広」
「国広さん。ワンちゃんは、プロフ写真で一緒に写ってた……?」
「そうです。この子です」

 スマホを操って写真を見せてくれた。もこもこのトイプードル。

「今は僕の方が実家を出てしまったので、たまにしか会えませんが」

 丁寧な話し方。犬好きなこと。プロフィールでは、カフェ巡りも趣味だと書かれていた。
 仕事帰りなのだろう。服装もスーツで、ヒカルさんと会ったときに感じた「別世界の人」という感覚はない。話していて落ち着く。
 こちらは安心感に包まれているが、彼の方はそうではないようだ。おどおどと狼狽えている様子が伝わってきて、クスッとしてしまった。

 優しいけど、ちょっと気弱な人、なんだろうな。声も、何というか、空気が抜けてふかふかしている感じ。
 鹿賀さんは、優しいだけではなくて、同時に芯の強さというか……理知的で、強さも感じる人だ。趣味が似ていても、一人称が「僕」でも、やはりそれだけで雰囲気まで似ているわけではないということか。

 グラスワインで乾杯する。生ハムとチーズの盛り合わせ。野菜のグリル。アンチョビのクリスピーピザ。壁に据え付けてある小さなテーブルは、あっという間に料理でいっぱいになってしまった。
 こんな賑やかな食卓も、東京に戻ってきて初めてだ。

「えっ、じゃあバレンタインまではいい感じだったんですか?」
「いい感じではないですけど。その前の日も、帰るときにはちょっと冷たくされて……」

 国広さんは聞き上手で、鹿賀さんとのことを詳しく話してしまった。おいしいおつまみに、お酒が進んでしまったせいでもあると思う。

「で、次の日にはもう来ないでってことですよね?その人、情緒大丈夫?」
「んー……俺がうまく気持ちを読みきれなかったんだと思います……」
「そうかなあ?」

 国広さんもすっかり緊張が解けた様子だ。鹿賀さんから急に関係を絶たれたことを、俺よりも怒ってくれた。

「何やってる人なんですか?」
「それが、俺にもよくわからなくて。仕事らしい仕事はしてないって言ってたんですけど……」
「結構なお屋敷に住んでいて、大型犬飼ってるんですよね?」

 そうだ。ついでに高級外車に乗っていて、ピアノも大きな本棚も持っている。
 同居人が稼いでいるのではないかと思っていたが、それも否定されてから、真相はわからないままだった。

「ヤバいことに手を染めてる人だったりしませんか?」
「えー、ないと思いますよ。反社的なことですよね?」
「そうです。今は暴力よりも知能犯が強い時代みたいですから」

 そんな悪い人には見えない。本人も「善良な市民」だと自称していたし。ないない、と言って笑う。


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