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秋野小窓

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【1】森の中の洋館

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 俺の問いかけに、鹿賀さんは一瞬目を見張る。そして、困ったように笑った。

「僕のこと、何か聞きました?」
「……」
「そうですよ。正確には、元同居人ですけどね」

 元。ということは、今は?

「出ていってしまったので。振られたんです、僕」
「え……それは……」

 鹿賀さんは、話してくれた。ここには恋人と住んでいたこと。ピアノは彼のために用意したものであること。それどころか、この家そのものがピアノに専念できる環境をと購入されたものであること。

「ピアニストなんですか?」
「ええ。彼の名前で検索すれば動画も出てきますよ」

 たしかにこの屋敷なら、近所の家との距離もあって、音を気にせず演奏できるのだろう。
 それにしても、そこまでさせておきながら出ていってしまうなんて、どんな薄情な人間なんだろうか。

「僕は優しすぎるそうです」
「そんなの、ひどいです。優しいのはいいことなのに」
「ありがとうございます。一緒にいると、ダメになってしまうと言われて」
「あ……それはなんかわかる気がします……」

 なんて身勝手な理由で、と憤りを感じたのも束の間。続けられた言葉に納得してしまった。甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼く鹿賀さんが容易に想像できてしまったからだ。

 でもこれでスッキリした。

「すみません、話したくないようなことを根掘り葉掘り……」
「構いませんよ。過去のことですから」
「今は、新しいお相手の方は?」
「いえ、それからは独り身です」
「……よかった」
「え?」

 思わずポロッとこぼした言葉に、鹿賀さんが反応する。

「えっ!あっ、違いますよ!」

 慌てて両手をブンブン振る。独り身でよかったなんて、人の不幸を喜んでいるわけではないのに。

「あの、そういう意味じゃなくて!」
「どういう意味ですか?」

 いや、待てよ。取り方によっては、俺が恋人ポジションを狙っているようにも聞こえるのか?
 やばい、違うのに!

「ちがっ、そっちの意味でもないです!!」
「どっち?」

 鹿賀さんがとうとう笑い出す。

「たまき君、真っ赤ですよ。そんなに焦って否定されると勘違いしそうになりますが」
「違うんです!」
「はい、違うんですよね。わかりました」

 クスクスと笑いながら頷いてくれる。本当にわかっているだろうか。

「自分がこちらにお邪魔することで、その、恋人さんが嫌な思いをするようなことがあったらと思っていたので……」
「そんなこと、心配してくれていたんですね」

 よかった。ちゃんと伝わったようだ。コクコクと頷く。

「これで心置きなく遊びに来られます」
「……また来てくれるんですか?」
「え?はい。来てもいいですか?」

 もともと垂れ目気味な鹿賀さんの目尻がふにゃりと下がり、嬉しそうに笑う。

「明日はとびきりおいしいおやつを用意しますね」


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