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「そろそろ寝る。おやすみ」
「あ、俺も寝ます」

 今日も勉強するのかと思っていたら、俺が声をかけたタイミングであっさりついてきた。どんな風の吹き回しかと思ったが、変に茶々を入れて気が変わったら困る。泰歩の体のことを考えたら、早く寝てくれた方が絶対によいのだから。

「明日の生解説、行ってもいいですか」

 休みなのにわざわざ来るのか。今まで彼を見かけたときは必ずスーツだったから、平日にしか来たことなかったんじゃないだろうか。
 なんとなく、寝るためだけではなくて、プラネタリウムそのものに興味を持ってくれたんじゃないかという気がしてくる。

 もし、星に興味を持ってくれたのだとしたら。

「今日は違う話しようか」

 俺の話はつまらないと言われる。宇宙や星の話くらいしかできないからだ。同じ趣味の同志とは盛り上がるが、そうでない限りは退屈で仕方ないだろう。
 興味を持ってくれたら嬉しい。逆に、退屈に感じて眠気に繋がるならそれでもいい。揺れる気持ちでそんな提案をしてみた。

 くじら座のミラの話。一般にはあまり知名度がないかもしれないが面白い星だ。

「ミラの名前の由来はミラ・ステラ、不思議な星って意味のラテン語だ。ミラクルのミラ。なんでこんな名前かっていうと、変光星、つまり明るさが変わる星なんだ。大体1年弱の周期で、肉眼では見えないようなところから2等星くらいの明るさまで変化する。脈動変光星って言うんだけど、膨張と収縮を繰り返すことによって明るさが変化するんだ。大きい方がよく見えると勘違いされることがあるが、逆だ。星は膨張すると暗くなる。収縮すると明るくなる。生まれたての恒星は小さくて明るい。白色矮星だ。それが歳を取ると、どんどん膨張していく。星の表面温度が下がっていって、寿命が近づくと赤色巨星になる。肉眼で見ると赤っぽく見えるから、赤い色のでかい星、で赤色巨星。厳密にはもっと細かいんだけどね。ミラは大きさも明るさも変化させているが、分類としては赤色巨星だ。あ、今のはミラAの話。実はミラは一つの星じゃなくて、A星とB星が寄り添うようにして存在している。主星がミラA。それにくっついている伴星がミラB。くっついてはいるが、連星の中でも実視連星。望遠鏡で見れば、ちゃんと二つの星があることが確認できる。ちょっと話は飛ぶが、秋の星座の中には他にも変光星がある。ペルセウス座のアルゴルだ。ペルセウスが手に持っているメデューサの首に位置する星で、ミラ型変光星とは明るさが変わる仕組みが違う。食変光星と言うんだが、これも連星でね。A星の周りをB星が回っていて、地球から見てA星の前をB星が通過するときに暗く見えるんだ。明るいA星の輝きが暗いB星に遮られてしまう。同じ秋の変光星でもミラとアルゴルでは全然違うんだ。まだあるぞ。カシオペヤ座のRZ星。これがまた面白い。アルゴル型変光星でもあり、主星は脈動変光星でもあるんだ。それにミラの周期が1年近くあるのに対して、食変光の周期が1日くらいなんだよ。変化が分かりやすいし、望遠鏡どころか双眼鏡でも観測できるんだ」

 そこまで一息に話してしまい、ハッと我に帰る。またやってしまった。聞き手を置いてけぼりにして捲し立ててしまうのは星オタクの俺の悪い癖である。

 耳をそばだて、ベッドの様子を探る。安らかな寝息。よかった、眠れたようだ。

 結果オーライではあるが、久しぶりにこんなに夢中で話してしまった。星好きの仲間とは議論はできるが、相手も詳しいからこそこんな話し方はしない。学生ぶりか……?
 泰歩はどこまで聞いてくれていたのか分からないが、この満たされた気持ちはなんだろう。好きなことについて話すのがこんなに楽しいなんて、すっかり忘れていた。

 ふわふわした気分で眠りにつく。泰歩のためにしていることで、俺も気分よく眠れるなんて最高だ。


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長台詞は読み飛ばしていただいて問題ありません!
後から言うなという話ですが……。
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