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 その日、22時まで仕事をしてきたというのに、0時を過ぎてまだ勉強しようとしていた。泰歩が頑張り屋なのはもう十分理解したが、さすがにやり過ぎじゃないだろうか。
 心配になって声をかける。

「眠れないのはいつもなので」

 そんなことを苦笑しながら言わないでほしかった。事情を聞いても、どうしても今すぐ勉強時間を確保しなければいけない状況でもないように思える。税理士資格は難関だろうから、そうも言っていられないのかもしれないが、こんなボロボロになってまでしなければならないんだろうか。

 快活そうな彼に不似合いなクマ。思わず手を伸ばし、指でなぞる。

「大丈夫?」

 驚いたように見開かれた目。
 彼に触れた瞬間、自分の気持ちを自覚した。

 ーーああ、俺、泰歩のことが好きなのかもしれない。

 自分の想いのせいで、余計なことを言ってしまった。すぐに手を引っ込め、その場を去ろうとしたが、泰歩もすぐに寝ると言ってくれてほっとした。
 昨日同様、秋の星座の解説をすると、スムーズに入眠できたようだ。

 
 泰歩は若くしてこんないい家に住んで、高給取りで羨ましいと思っていたが、その収入に見合っただけのハードワークでもあるようだった。居候三日目、金曜の夜も帰りが22時頃になると言って出かけていった。いつもそれくらいの残業があるらしい。

 夜、車を借りて自宅に戻る。一番の目的はアイロンだが、それだけではない。前回はすぐに悪くなりそうな食材だけ持ち出したが、重谷家にない調味料や、減りが早い米なども持っていくことにした。
 最初は思いがけず早起きしてしまったために弁当を作っただけだったが、今は俺が作ってやりたくてやっている。好きな人に弁当を作りたいだなんて、自分の中にそんな乙女チックな願望があることを初めて知った。
 自分の料理を喜んで食べてもらえることが、こんなに嬉しいことだと思わなかった。今日の食事の支度は泰歩の帰宅に間に合うだろうか。あれもこれもと積み込んでいたら、思ったよりも時間がかかってしまった。

 泰歩に一応連絡を入れておこうかと迷ったが、スマホを見て憂鬱な気分になる。小笠原さんからのメッセージが届いていた。



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次のページにはR18表現が含まれます。
回想シーンのためほんの少しです。
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