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 運転の邪魔をしないように黙っていたら、隣から気を使うような気配。悪気があってやっているわけではないのだが、俺の沈黙は人に気を使わせるらしい。
 戸惑いや気遣いのオーラは感じ取れるが、かと言って俺から振りたい話題も特にない。

「あー……えっと、ヤナイさん?一応、その、自己紹介しておきますね」

 そうか。自己紹介か。
 彼は重谷しげたに泰步やすほと名乗った。26歳ということは、俺の8個下だ。別に年上が偉いとはまったく思わないが、こんなに若い彼に助けてもらうなんて情けない。

「科学館の近くの税理士事務所で働いています。それでよく昼休みに伺っていて……」
「サボりじゃないんだ」

 彼の出立ちと、平日の真昼間にすごい頻度でプラネタリウムを観にくることから、営業マンか何かだと思っていた。外回りのフリをして昼寝しに来ているんだろうと想像していたが、違ったらしい。

「休憩の1時間以内でちゃんと仕事戻ってますから」

 1時間で?
 プログラムが40分間ある。チケットの購入や入退場の時間を含めたら、昼休みのほとんどが潰れている計算になる。
 なぜそこまでして来てくれているのだろうか。余程プラネタリウムが好きなのかと思って尋ねるが、そんなに好きならなぜいつも寝ているのか疑問だ。家が近いなら、自宅で仮眠すればいいのに。
 よく分からないが、暇つぶしで寝に来ているわけではなく、むしろプラネタリウムに来ることで昼休みを潰してしまっているわけだ。

 プラネタリウムで眠くなる気持ちは分かる。分かるが、毎度寝起きの顔をして出ていくのはどうなんだと思う気持ちもあった。
 それが今、そんな思いをしてまでわざわざ来ていたのかと知れたことで、多少なりとも溜飲が下がった。
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