あなたはミラ

秋野小窓

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 2LDKの1部屋に柳井さんの荷物を運び込む。ほとんど物置にしていたような部屋だ。

 夕食は持ってきた食材で柳井さんが作ってくれた。調味料が全然ない、と怒られたが、あるものでなんとかしてくれたのだからすごい家事スキルである。レシピを見ないと何も作れない俺には真似できない芸当だ。

「ごちそうさまでした。洗い物するんで風呂でもどうぞ」
「俺がやる」
「え、でも、料理もしてくれたのに……」

 テキパキとテーブルを片付けていく柳井さんに声をかけるが、

「居候させてもらうんだ。これくらいやる」

 キッパリと突っぱねられてしまい、任せることにした。

「じゃあ、お願いしますね。布団出してきます」

 しまっていた客用布団を引っ張り出す。急だったから干してもいない。乾燥機をかけるか。

「あー……」

 その前に、場所の問題だ。この部屋には物が多すぎる。

「柳井さん、あの部屋に布団敷くの厳しいんで、寝る時だけこっちの部屋で一緒でもいいですか?」
「うん」

 洗い物をしながら、こちらを見もせずに即答する。何でもいい、任せた、と言われたようだ。

 俺のベッドの隣に布団を下ろし、乾燥機をセットする。
 いつもこの部屋のデスクで勉強しているが、今日からはリビングのテーブルを使うか。

 勉強道具一式を持ってリビングに戻ると、キッチンの片付けが終わったようだ。

「ありがとうございます」
「風呂、こっち?」
「そうです。タオル使ってください。洗濯物はこっちで」

 風呂場の案内だけして、勉強に取り掛かる。いつもと環境が違うせいか、最初こそなかなか集中できなかったが、いつの間にか没頭していたらしい。

 部屋着姿の柳井さんに覗きこまれてハッとした。

「勉強?」
「はい。税理士の資格の勉強です」
「えらい」

 その一言に、パッと顔を上げる。初めて褒められた。
 きょとんとした表情の柳井さんと目が合う。グレーの上下に肩からタオルを下げているラフな格好。いつものパリッとした黒シャツ姿とは異なり、どことなく纏う雰囲気も柔らかく感じられる。

「ロクに努力もしないでデカイ顔してる文系の奴らは嫌いだけど、ちゃんと勉強してる人は好きだよ」

 あれ、本当にあの不機嫌な野良猫と同一人物だろうか。優しく微笑んでくれる彼の声は、解説のときの印象そのものだ。思わず胸が高鳴る。

「おっ……れも、風呂行ってきます……!」

 勢いよく立ち上がり、その場から逃げるように脱衣所に滑り込んだ。

 熱いシャワーを頭からかぶる。

 ーーやばいやばいやばいやばい……!

 俺は今日何をした?憧れの人とドライブして、部屋にお邪魔して、連れ帰ってきて、手料理まで振る舞ってもらった……?
 そんなこと、あるか!?
 ついこの間まで、挨拶すら交わせない関係だったのに。

『好きだよ』

 ーーいや、違う、そうじゃない!そういう意味じゃない!

 どんなに必死に否定しても、うるさいくらいの心臓の音は少しも収まる気配がない。

「俺……まさか…………まじかよ…………」

 これから同じ部屋で寝起きするというのに、大丈夫なんだろうか。
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