29 / 29
番外編:クレセットとメリーナ
クレセットとメリーナ:4
しおりを挟む夕食はお部屋で、街の特産品を使用した郷土料理をいただいた。その中にちらし寿司に似た料理があって、また懐かしい気持ちになった。
街のそばで作られている白ワインも美味しかった。この街を選んで良かったとクレセット様とお話しして、明日はこの美術館と博物館に行こう、とパンフレットを見ながらお話しするのも楽しかった。
夜も更けてきて、二つあるバスルームで染めた髪の色を落とす。
栗色は前世の私の髪色と同じで、少し懐かしかった。今ではもう、水色の髪が見慣れてしまったけれど。
(黒髪も、クレセット様がされると神秘的だったわ)
元の世界で見慣れた色なのに、違う色のように見えた。湖水色の瞳だから余計にそう見えたのかもしれない。
(クレセット様なら、どんな色でもお美しいのでしょうね)
金や青や緑……想像して、似合わない色はあるのかしら? と首を傾げてしまった。
***
(そうだったわ……)
お屋敷では別々の部屋で、夕食後から朝までは顔を合わせない。
つまり……髪下ろしたクレセット様を、見たことがない。
「メリーナ?」
思わず顔を背けてしまう。すると、ソファに座るクレセット様が立ち上がられた音がした。
「すみません……少しだけ離れていてください……」
「っ……何故」
「髪が……」
「髪? 乾かし足りなかったか……」
「いえ、そうではなくて……」
まずそのせいだと考えるクレセット様のお気遣いは嬉しいけれど、申し訳ない。
説明したいのに、あの、その、としか声にならなくて。
「……そうか。髪を下ろすと、これほど意識してくれるのか」
私がドキドキしている間に、クレセット様は正解を導き出した。
「黒髪より、こちらの方がメリーナは好みだろうか」
「あの……黒髪のクレセット様も、ドキドキしました……神秘的でお美しいのですもの……」
「栗色の髪のメリーナも、美しくて可愛かったよ」
落とした視線の先に、つややかな銀糸が流れる。少し水気を含んだ髪が、私たちの結婚指輪のように目映く輝く。
「だがやはり私は、メリーナの生まれ持った色が愛しい」
クレセット様の指が、私の髪を摘んで、愛しいと示すように優しく撫でた。
「っ……私も……銀色の髪が……」
好きです。
そう言いたくて顔を上げたのに、髪を下ろしたクレセット様をすぐ目の前で見てしまう。
「何年経とうと、君は可愛いな……」
真っ赤に茹だった私を、クレセット様は壊れ物のように優しく抱きしめてくださる。
嫁いでから一年以上経っても、お忙しいクレセット様とはたくさんの時間を共有できていない。好きな気持ちを抑える方法も、まだ少しも分からない。
(時が経つほど、格好良くなるのだもの……)
私ばかりがドキドキしているようで……いえ、そうではないことは、先程知ったのだけれど。
しばらくして私たちは、ベッドの端と端に移動した。横になると無意識に向かい合わせになって、視線が重なる。
「……メリーナ、誤解しないでほしいのだが」
「はい……私も、背中を向けてもよろしいでしょうか……」
「ああ。私も……」
私たちは同じことを考えて、静かに背中を向けた。
「私たちが結婚して、もうすぐ二年か」
「ええ、そうですね」
「……帰ったら、同じベッドルームにしてもいいだろうか」
緊張したお声で、そう告げられる。
「君の寝室に、クローゼットがあるだろう?」
「はい……」
「今はあれで、扉を塞いでいる」
「扉、ですか?」
「その向こうは、夫婦の寝室だよ」
私の寝室とクレセット様の寝室は、隣同士。その間隔が、何となく広いとは思っていたけれど……
「私も君も、忙しい身だ。出来れば眠る時くらいは、そばにいたい」
「……私も、同じです。クレセット様のおそばにいたいです」
朝までの間に、クレセット様にお会いしたいと思うことは何度もあった。私が起きるより早くにお仕事に向かわれて、朝のご挨拶ができないことも何度も。
会えない時間が長いから、一緒にいられる時間がとても貴重だから、このご提案を嫌だなんて思うはずがない。
「ありがとう、メリーナ」
心から喜びを伝えてくださる、優しいお声。私からも想いを込めて、お礼を伝えた。
「ただ、すまない。外での任務の前日は、別にしてもいいだろうか。緊張で眠れないことが確定しているからね」
「もちろんです。クレセット様に危険のないことが一番大切ですもの」
危険なお仕事もされているのだから、集中を欠いては命取りになる。
「……週に一度から、慣れていきませんか?」
「……週に二度はどうだろうか」
「……そうですね。週に一度では、長い間かかってしまいますよね」
「……今回の旅行では、残り八日同じベッドになるのだが」
「旅行の間に、少しでも慣れればいいのですが……」
「私は、難しいかもしれない」
「私もです」
とても無理というお声を出すクレセット様に、小さく笑って同意した。
一緒にいたいのに、そばにいるとドキドキして胸が苦しい。クレセット様も同じ気持ちでいてくださることが嬉しかった。
最初の夫婦旅行は三日しか滞在できなかったけれど、今回は十日も滞在できる。
でもクレセット様は「新婚旅行なら最低一ヶ月だ」とおっしゃって、休暇の再申請をされていた。結局、受理されなかったのだけど。
「今回は十日で良かったかもしれませんね」
「そうだね。次は、二ヶ月の休暇を受理させるよ」
「ふふ、二ヶ月も旅行ができたら、素敵ですね」
クレセット様のお立場では引退されるまでは難しいのに、その日を想像してしまう。
「セドと兄と……両親が若いうちなら、現役復帰が……」
小さく呟かれたお声。クレセット様なら、本当に叶えてしまうのかもしれない。
周りの人たちに助けられて、今の私たちがある。そして、クレセット様が私を見つけてくださったから……愛してくださったから。その全てが、素敵な奇跡。
(……愛しています)
想いが込み上げて、胸が熱くなる。それなのに、クレセット様のように自然に伝えられるようになるには、私にはまだまだ時間がかかりそうだった。
-番外編:クレセットとメリーナ END-
240
お気に入りに追加
5,717
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(70件)
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
太真様
番外編もお読みいただきありがとうございます!
話数は少なめの予定ですが、更新していきますね!
turarin様
ご感想ありがとうございます!
私も芯の強い女性や凛々しい女性が好きで、楽しく書いておりました。
turarin様にも楽しんでいただけて嬉しいです!
番外編などはまだ考えていないのですが、書いてみたい気持ちはあります。機会がありましたら……。
お読みいただきありがとうございました!
由理実様
初めまして。ご感想とたくさんのお褒めのお言葉を、ありがとうございます!
伏線と回収は特に気をつけて組んでいた部分なので、そちらもお褒めいただけてとても嬉しいです。
多趣味ゆえの知識がお話作りに役立つとは、と私自信驚いたところですが、豆知識も含めてお楽しみいただけていたら幸いです。そして最後までお読みいただければ嬉しく思います。
実は長編はまだこちらのみで、後は短編にはなりますが、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
ご感想ありがとうございました!