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番外編:セドとサラ

セドとサラ:7

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 私を壊れ物のようにそっとベンチに下ろすと、セド様は一度その場を離れた。そして紙袋を抱えて戻ってくる。
 走り出した時に、咄嗟に近くの店に預けていたそうだ。私から預かった荷物だから、放り出すという選択肢はなかったのだと。

(本当に、律儀な人……)

 荷物を預けた店にあったからと、温かい紅茶も買ってきてくれた。ほんのりと甘い蜂蜜の味に、ホッと息を吐く。

「ありがとうございます。落ち着きました」

 お礼を言うと、セド様は安堵したように優しく笑ってくれた。 


「あの……許可なく抱き上げて、申し訳ありませんでした。……あなたの可愛い顔を、誰にも見せたくなかったんです」

 隣に座りそんなことを言うものだから、落ち着いた心臓がまたドッと鳴った。
 顔も絶対に赤いから、うつむいて髪で顔を隠す。

「……セド様は、華奢で可愛くて素直なご令嬢がお好きだと思っていました」
「えっ? 何のことですか?」
「小説では、そのような特徴のヒロインばかり褒めていらしたので」
「え……そうでしたっけ……ただ話が面白いものを語ったはずなんですが」

 セド様は本気で、思い当たるふしはないといった声を出す。

「確認なんですが、サラ嬢は、長身で逞しい男性がお好きなんですよね? オススメの小説が、そればかりでしたから」
「そうでしたか……? 確かに父が理想の人ではありますが、小説は、セド様のお好みに合わせて見繕いました」

 そこで沈黙が落ちる。同時に疑問符も浮かんだ。


「えっと……ちょっと整理しますよ……」
「はい」
「俺が好きだと思って華奢なヒロインの小説を選んでくれて、ヒーローの背が高かったのは、ただの偶然だと」
「そうです」

 ヒロインを軸に選んでいたから、ヒーローの偏りには全く気付いていなかった。

「俺も、偶然です。別にそういう人が好きということもありません」
「そうなのですか?」
「好きになった人が好きという恋愛観なので、特に好みとかはないです」

 何ともセド様らしい。咄嗟にそう思ってしまう。

「俺があなたを好きになったきっかけも、戦う姿がかっこよかったからです。芯が強くて信念があって凛々しくて、ふとした時に可愛かったり、綺麗だったり、そんなあなたに会うたびに惹かれていました。それから……」
「もう、その辺りで……」

 流れるように想いを伝えられて、耐えきれずに言葉を遮る。今までそんな素振りはなかったのに……何だか、吹っ切れたようにも見えた。
 

「……ですが、身分が」
「俺は次男ですし、関係ありませんよ。このために長男に生まれなかったのかなと、運命的なものを感じてます」

 セド様は少し照れたように笑った。

「俺はこの通り頼りない見た目で、余裕のある大人でもありません。ですがサラ嬢に好きになって貰えるようにこれからも頑張るので、少しだけ考えてみてくれませんか?」

(……話しが噛み合っていない?)

 そこで、気付いた。セド様は、私が好きだと言われてただ照れているだけと思っているのだ。

「困らせてすみません。でも、あなただけは、断られても諦められないんです。あなたじゃないと駄目なんです」

 そんな言葉を、現実で聞くなんて……
 思わずセド様へ視線を向けると、真剣な眼差しがこちらに注がれていた。


「……断りません。……私で、よろしければ……」

 今まで悩んでいたことも嘘のように、するりと言葉はこぼれ落ちた。

「私も……セド様のことを、お慕いしていました」

 私には、恋愛なんて似合わない。
 それでも、そんな私でも、恋をしていいのだと……

「っ……本当に、ですか?」
「本当です」

 驚きに見開かれる瞳。まっすぐに見つめて告げると、じわじわと喜びに変わる表情が……可愛いと、愛しく思った。



「マイヤー家のご令嬢とは、本当にお付き合いされていないのですか?」
「してませんよ。……もしかして、可愛い服を着てくれたのは、マイヤー令嬢に嫉妬して……?」
「違います」
「あっ、ですか……」

 セド様は落ち込んでしまうけど、嫉妬と言われると、少し違う気がした。

「私は……ただあなたに、可愛いと言われたかったのかもしれません」

 可愛げがないのが私で、それなのに、セド様にだけは可愛いと言われたかった。
 他の誰かに向ける褒め言葉を、視線を、私にも向けてほしかった。

「……嫉妬、かもしれませんね」

 今思えば、そういう名前がつくかもしれない。ふと腑に落ちると、セド様は隣で顔を覆ってうつむいてしまった。


「それです……そうやって何度も俺を恋に落とし続けてるんです……」
「……そんな私も、好きですか?」
「っ……好きです」

 小さな声。そんなセド様が、可愛い。
 父とは正反対なのに、理想と実際の恋は違うのだと、何だかくすぐったい気持ちになった。

 ついくすりと笑うと、セド様は勢いよく顔を上げる。そして私の手を取り、金の瞳がまっすぐに私を捕らえた。

「好きです。俺にはいつでも、サラだけが可愛いです」

 突然、凛々しい顔になる。
 セド様がただ弟のように可愛いだけではないと、知っていたはずなのに……
 一気に熱くなる私の顔に、セド様はまた「可愛い」と言って、初めて見せる甘い微笑みを浮かべた。 



***



「シュタイン侯爵家の御子息とはいえ、ただで愛娘を渡すわけには参りません。決闘を」
「謹んでお受けいたします」
「父上っ……」
「サラ、止めるな。これは父として、マクガヴァン家当主として、そして剣士としての矜持でもある」

 会わせたい人がいると手紙を送っただけなのに、実家を訪れると、父は剣を持ってエントランスで待ち構えていた。

「サラ嬢。父君にあなたとのことを認めて貰うための試練なら、俺は喜んで受けますよ」

 戸惑う私にセド様は優しく言って、父と共に訓練場へと向かった。


 戦場を思わせる緊迫感。真剣のぶつかる音。
 長い戦いの末に……父が、勝利を収めた。
 父は、王国の騎士団長である兄より強い。その強さを、初めて憎く思った。

「私より弱い者に、娘を託すわけにはいきませんな」
「……マクガヴァン子爵。どうかもう一度、お手合わせ願います」

 セド様は父に向かい頭を下げる。

「認めていただけるまで、諦めません。どうか、お願いいたします」

 セド様は私に、断られても諦めきれないと言った。父と剣を交えても、同じ言葉をくださるなんて……


「なかなか根性と男気がある。サラの言った通りだな」

 父は突然豪快に笑って、そう言った。

「認めましょう。ですが、サラを泣かせるようなことがあれば……サラが黙っていませんよ」
「父上や母上ではなく、私ですか」

 つい言葉を挟んでしまったら、近くで見守っていた兄が吹き出した。

「実際、母上とサラは俺たちより強いからな」
「母上はともかく、私はそこまでは」
「シュタイン令息も強かったし、騎士団長の座は二人の子供が引き続いでくれるかもなぁ」
「兄上……。交際の報告にきただけなのですが……」
「えっ、俺は、婚約の許可を貰いにきたんですけど……」

 セド様が驚いた声を出す。

「婚約はいいけど、結婚までにはもうちょい話し合いが必要だな?」
「サラが……結婚……」

 苦笑する兄の隣で、父がぼそりと呟いて肩を落とした。


「まだ認めんぞ。出直してこい、青二才」
「承知しました」
「父上、先程は認めると……」
「男に二言はないが、父にはある」
「父上……」

 堂々とした父に苦笑してしまう。駄々をこねる可愛い面もあるのだと、初めて知った。

「父上。でしたら、私がセド様を守ります。認めていただけますか?」
「サラっ……認め、っ……いや、だが」
「シュタイン令息。俺は兄として、喜んで迎えるよ。騎士としての強さも素行の良さも、団長権限で調査済みだからな」

 快活に笑う兄に、セド様はぴたりと動きを止める。

「兄として、騎士として、これからもよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。……調査報告の中にかっこわるい姿がありましたら、サラ嬢には内緒にしててください……」

 セド様は、差し出された兄の手を握り握手をしながら、笑顔で何かを話していた。
 父がセド様を認めるまで、まだ少し時間がかかりそうだ。
 そっとセド様に視線を向けると、甘い笑顔が返ってくる。反射的に赤くなる私の顔。父はまた私の名前を呼びながら、「認めんぞ」と言って私とセド様の間に割って入ってしまった。





-番外編:セドとサラ END-






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