ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません

柊木 ひなき

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番外編:セドとサラ

セドとサラ:5

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 セド様がご婚約という噂は誤解だと、尋ねてもいないのに旦那様が教えてくださった。
 その日は侯爵家のほうのお仕事で、マイヤー家のご子息もお隣にいたそうだ。

(こんなに安堵するなんて……私、ヒロインのライバルみたいだ……)

 しばらくは、恋愛小説を読む気になれなさそうだ。



 その二日後、突然セド様が緊張した面持ちで伯爵家を訪れた。
 メイドたちが不敬な噂をしていたことをセド様にお詫びすると、誤解させて申し訳ないと逆に謝られてしまった。

「その……噂のせいで会うことを遠慮されたら悲しいので、誤解を解きにきました」

 まだどこか緊張した様子で、そう言った。誤解を解くためだけに、仕事の後でわざわざ訪ねてきてくださったのだ。

「セド様は、律儀なお方ですね」

 つい笑みがこぼれてしまう。友人関係でしかない私に対しても律儀で、誠実なお方だ。

「ですが、私と本の話しばかりしていては、婚期を逃してしまいますよ?」
「かまいません。サラ嬢と一緒にいるのが楽しいので、婚約はまだまだ先でいいです」

 冗談めかして言うと、セド様はそう被せてくる。でもすぐにハッとして、慌ててから、少し恥ずかしそうに笑った。
 ……こんな顔、こんな言葉、勘違いしてしまう。自然体で優しいのだから、私にだけ向けた言葉ではないのに。


「私もです。むしろ、一生結婚などしなくていいと思っています」

 奥様と旦那様の仲睦まじさに憧れるけれど、私には恋愛も結婚も向いていない。

「嫁ぎ先が相当心の広いお方でない限りは、セド様とこうして趣味のお話しや手合わせもできなくなりますから。それは困ります」

「そっ……そう、ですか」

 照れたように笑う顔が可愛いと……愛しいと、思ってしまう。


 少し前に、気付いていた。セド様に感じるこの温かな気持ちは、恋だと自覚した。
 そばにいると安心する。ありのままの私も、背伸びした私も、全てを受け入れてくれる。
 それは、神父様に感じる包容力と安心感とは違う。……あの方への想いも、確かに淡い恋だったけれど。

(セド様といると、落ち着くのに、落ち着かない……)

 それは恋だと、何百冊という恋愛小説が物語っている。それなのに、気付くまでに長い時間かかってしまった。

 いっそ気付かなければ、こんなに胸が痛くなることもなかったのに……



***



 翌月の約束の日も、明るい色の服を着て出かけた。
 待ち合わせ場所でセド様はまた動きを止めてから、「この前と雰囲気が違って、そちらも素敵です」と優しい笑顔を見せた。

 恒例になった書店巡りの後は、カフェで雑談をする。
 セド様のお勧めは多岐に渡っていて、各分野の分かりやすい本を選んでくれた。どれも興味深い内容で、勉強にもなった。
 騎士として有能なだけなく、知識も豊富で話していて楽しい。人間的に素晴らしくて、頼り甲斐もある。

(そんな人が、ずっと独り身なはずがない……)

 恋だと自覚してから、私らしくもなく消極的な考えが増えた。
 でも、私はセド様と恋人になりたいとは考えていない。セド様も困るだろうし、身分も違う。こうして友人でいられるだけで、充分だ。


 カフェから出ると、もう夕方だった。この後はいつもお屋敷に戻って手合わせをする。今日もそのつもりで馬車に向かった。

「セド様、すみません。少し寄り道をしてもよろしいですか?」
「もちろんです。あ、珍しい果物が出てますね」

 広場に並ぶ店に、滅多に出ない南方の果物が並んでいた。
 奥様付きのメイドたちにも買って行こうと、少し多めに購入する。するとセド様は当然のように、店員から荷物を受け取った。

「あら、優しい弟さんね」

 微笑ましく見つめる店員に、悪気はない。でも、どうしようもなく胸がムカムカした。
 ……だから、おかしなことを言ってしまったのだ。

「年上の、婚約者です」
「あら~っ、あらあら、ごめんなさいね?」

 店員はにこにこしながら、セド様の持つ紙袋にオレンジを三つ追加した。

「お幸せにね~」
「……はい」

 にこにこしながら見送られて、冷静になった私は……セド様の方を向けずに、冷や汗を我慢するのに必死だった。



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