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第一〇六話 勇者のなすべきこと

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 勇気が勇者として、カズマの元に落ちて来たのは、もしかしたら必然だったのかもしれない。
 なぜなら、勇気には自分のチート性能を維持し、使いこなすスキルが欠落していたからである。
 武術の基礎などまるでない、中学高校と体育で剣道、柔道を習った程度である。
 せいぜい、受け身ができるとか、内股ができる程度なのだ。
(内股は、奥の深い技ですが、真似ごとくらいはできるものです。あくまでマネですが。)
 身体強化や、筋力増強など、じつにうらやましい能力が付与されている。
 しかし、勇気はその一%も有効活用できなかった。
 筋肉の動かし方、剣の握り方すらおぼつかない。

 例をあげよう、ウサギが出た時に逃げようとして、右足に力を入れたら、力が入りすぎて一歩で五メートル以上飛ばされた。

 そのうえ、立木にぶつかって鼻血を出した。
「あ~あ、何やってるんだよ。」
 カズマは呆れたものだ。
「いや、逃げようと思って。」
「まあ、逃げるのはいいんだけど、おまえなあ改造したばっかりの仮面ライダーじゃないんだからさあ。」
「はい?」
 コップの水を飲もうとして、コップを握りつぶしたのは有名なシーン。
「力の出し方から教えないとダメなのか?」
「あ~う~、どうなんでしょう?」
「まあな、軽トラにV8エンジン載せたようなもんだからな、ハンドルもブレーキも効かないか。」

 キャリーのあの細いフレームに、V8四〇〇〇ccのエンジンを載せて動かそうとしたら、まず歪みます。
 そのぐらい、キャリーのフレームは華奢です。
 フレームから作り直す必要が生じるのです。

「そうなんですか?」

 カズマは、簡単にウサギを獲りながら、勇気に言う。
「まずは、ゆっくり自分の手足に神経を通せ。」
 勇気は目をつむって、ゆっくり手のひらを握ったり開いたりしている。
「こうですか?」
「そうだ、その中で力の出るポイントがわかるか?」
「…あ!これか!」
「よし、それの感覚を覚えておけ、今のお前は身体強化が効いていて、鉄板でも紙みたいに裂ける力がある。」
「うえ!」
「だから、それを解放したら、まわりは死人の山だぞ。」
「はい!」
「ゆ~っくり、右手、左手。」
「右手、左手…」

「右足前へ。」
「右足前へ…」
「左足前へ。」
「左足前へ…」
 そうして、勇気の全身を操りながら、カズマは勇気にリミッターを設置した。
 身体強化魔法があるならば、身体弱体化魔法もあるはずだ。
 それをカズマは見つけ出した。
 これが、現代人のイメージングである。
 


 まあねえ、もっと生々しく言うと、彼女を抱こうとしたら、握りつぶしてしまったなんて、トラウマ以外のなんでもないです。


 自分の力の加減を少しずつ体になじませて、微妙な調節をスキル化しないと、握手すらできません。
 そのため、日常生活用に力を抑制するリミッターが必要になるのです。
 カズマは、自分からそれを作り出し、常用することでティリスたちをつぶさないようにしました。
 勇気には、そう言う論理的な下地がありません。
 物理が苦手なので、ベクトルや質量などの動きが、よくわかっていないのです。
 ですから、強制的にリミッターがかかるようにしました。
 命の危険がせまったときに、枷が外れるように設定されています。
 カズマのイメージ力の勝利です。
 ですから、現在の勇気は、ラルに毛の生えたようなものです。
「え?オレ、生えてるよ。」

 アホ、ちゃうわ!

 さすがに魔法の力までは、抑制できず、前出のようにチャッカマンの魔法が火炎放射機のようになってる。
 これは、徹底した過剰操作で、調節方法を覚えさせた。
 ま、内容は風呂焚きなんだが。
 風呂を焚きながら、火力の調節を覚えて行ったおかげで、チャッカマンはチャッカマンらしい火力になった。


「ファイヤーアロー!」
 がががが!
 一〇本ほどの火の矢がささり、オークは仰向けに倒れた。
「あ~あ、だから一本でいいんだよ!勇気!」
 ラルは、呆れたように振り返り、勇気に文句を付ける。
 さすがに、上半身がずたずたで、取れる素材も肉も、半分になってしまった。
「ごめん、あわてて…」
「お前は勇者なんだから、慌てる必要はないんだ。人より魔法の発動が早いんだから。」
「ああ、うん…」
 ラルは、さっさとオークを収納している。

 ラルは、勇気にはこれからいろいろな仲間が増えると思っている。
 勇者のパーティというものは、そう言うものだ。
 昔話の勇者は、魔法使いや僧侶や前衛盾職なんかを連れている。
 だから、一人で行動するのも最初だけだろうと。
 だが、魔物の処理や素材は有効に使いたい。
 一人だろうとたくさんだろうと、それは同じだ。
 だから、できるだけ一撃で倒すよう心がけている。
 弱い冒険者パーティは、オーク一匹に四~五人で斬りつけて、ずたずたにしてしまう。
 出血を強いて、失血死をさせるためだ。
 これではもったいない。

 ゲオルグ=ベルンやホルスト=ヒターチたちに鍛えられたラルは、オークなどの急所を知っている。
 だから、できるだけそこを狙っている。
 剣の上手たちは、容赦がないからな。
 でも、彼らだって、オークを一撃で倒すことはできない。
 なにしろ、皮が厚いから。

 木剣といえど、当たれば死ぬほど痛い。
 悪ければ骨が折れる。
 だが、そばにはティリスやアリスティアのような聖女がいる。
 折れた骨など、すぐに治してくれるからな。
 訓練にも手抜きがない。
 そんな生活をしてきたラルには、勇気の行動は良く言えばのんびり、悪く言えば隙だらけ。
 危なっかしくて、ほっておけないのだ。

 また、攻撃に甘さがあり、小さいものに弱い。
 子連れのシャドウウルフなどを見ると、見逃そうとして襲われている。
「ばかじゃないのか!向こうは、お前の情けなど考慮もしてないぞ!」
「いやでも。」
「お前が死ぬのは勝手だが、同行者まで危険にさらすのは、ばかのすることだ!」
「そんな言い方ってないだろう!」
「それが、この大陸で生きる者の常識だ。」
「そんなこと知るか!」
「じゃあ、自分だけ死ねよ!お前は、自分が完全防御ついてるから、他の人間を甘く見てるんだ!」
「そんなことねえよ!」
「あるよ!」
「勝手にしろ!」

 正論って、耳に痛いんですよね。
 あと、連続ではかれると、すっげえウザい。

 勇気は、怒ってその場を後にした。
 ラルがなんか言っていたけど、無視した。


 城門の外は、草原と森である。
 壁の中と外では、危険度が違う。
「ぎゃぎゃ!」
 ホーンラビットが、勇気を見つけて攻撃してきた。
 焦げ茶と白のブチである。
 鼻の上の尖った角と、伸びた前歯の攻撃は、大人だって危ない。
 命の危険がある。
「このやろう!」
 がいん!
 勇気は、剣の峰でウサギの頭を殴りつけた。
 身長一三〇センチのウサギが、ひっくり返っている。

 ウサギは、頭骸骨を割られて、その場で絶命した。
 勇気は、ウサギを収納しながらボヤく。
「みろ、ちゃんと狩れているじゃないか、あんなこと言われる筋合いはないぞ。」
「ぎゃぎゃ!ぎゃぎゃ!」
 ウサギは三匹~四匹固まってやってくる。
 魔法を発射し、剣を振り回し、拳で蹴りで次々と狩って行く。
「へん、なめんなってんだよ、ウサギくれえ。」
 三〇匹を越えた時だろうか、なにやら腕が重い。
「ぎゃぎゃ!」」
 今度は、ゴブリンだ。
 一〇匹以上いる。

「ファイヤーアロー!」
 づががががががが
 さすがに一〇匹以上居るゴブリンに、手間はかけていられない。
 一気に殲滅しようと、ファイヤーアローで倒す。
 ゴブリンは、勇気の前に到達できないうちに倒された。
「ふう、大きな音がするから、魔物が寄って来るんだ。」
 ゴブリンも収納して、周りを見回す。
「ちょっと離れてしまったな。」
 森と草原の堺に出てしまった。
 ラルが側にいないことで、方向が良くわからないが、まあ壁は見えているから、そう離れてはいないだろう。
 あの壁に沿って、左に行けば城門だ。
「ぎゃわん!」

 コボルトだ、犬の頭をくっつけた小人のようなもので、毛むくじゃらでこん棒や、錆びた斧を持っている。
「こいつらも、一〇匹以上で群れてやがる、マジックアロー!」

 しぇぎゃぎゃぎゃぎゃ!

 無属性のマジックアローを数十本撃ちだす。
 森に火がつくのは避けたい。
 氷か土がいいんだが、勇気は苦手なんだな。
 四属性使えるとはいえ、一番強いのは火魔法なんだ。
 ラルなら穴を掘る。
 きんきんきん!
 着弾の音と共に、数匹が貫かれてその場で倒れ込む。
 だが、まだ残っているコボルトは、こん棒を振り回して左右から襲いかかってきた。
「遅いわ!」
 剣を袈裟がけに切り落とし、右、左と切り裂く。
 さらに、前から二匹来るので、横なぎに振り抜いたら、上下分かれて吹っ飛んだ。
 残り二匹はひるんでいるが、今がチャンスと斬りかかる。

「ぐげえ!」
 ちょっと刃がずれて、右腕が錆びた斧ごと切り落ちた。
「うぎょぎょ!」
 その横からもう一匹斬りかかってきた。
「この!」
 そいつも切り伏せて、左手を出す。
「ファイヤーアロー!」」
 ばぎゅん!
 残ったコボルトは、胸を貫かれて死んだ。
「はあはあ、なんだ今日は、むちゃくちゃ集まって来るぞ。」

 まあ、あたりまえなんだ、突っ立っているんだから。
 ラルは、極力姿勢を低くして、草などにまぎれるように進む。
 勇気は、木偶の棒のように立ち止まって、突っ立っている。
 この差が、命の差になるのに、勇気はまだ気がついていない。
 こっちから見えると言うことは、向こうからも丸見えと言うことだ。
 勇気は、コボルトを収納すると、壁に向かって走った。
「はあはあ!どうしてこんなに苦しいんだ。」

 むちゃくちゃな体の使い方をしているからです。

 体力は人並みなのに、力だけが強い。
 結果として、想定以上のパワーを出している。
 そりゃあ、手足に乳酸がたまるよね。
 疲労物質、『乳酸』ですよ。
 じょじょに手足が重くなってくる。
 一般兵と同じ、トロールの皮鎧がやけにずしりとこたえる。
 城壁の前の水濠までやってきた。
 森も草原も、ここからならかなり離れている。
 そのぶん、丸見えは変わらないが、城壁には見張りも居るし、危険は少ないだろう。
 魔物もかなり獲ったから、そうそう出てくるようなもんじゃない。

 なんて思っていたら、ぎっちょんちょん。

「がああああああ!」

「なんでYOUはここにいるの?オーガくん!」
 身長三メートルもあるオーガが、巨大な棍棒を振りまわして攻撃してきた。
 びゅん!
 棍棒が体の側を通ると、ものすごい風圧が来る。
 風に引きずりまわされる。
 この疲れた体には、正直きつい。
 勢い余って地面をたたくと、小石がももすごい勢いで勇気に向かって飛んでくる。
「いてててててて!」
 ラルなら、土壁を作って防いでいる。

「ちょっと!なんでそう言う居ないやつのこと言うかな?」
 いや、他意はありませんよ。
「悪意を感じるよ!」
 そうですか?
「ちっくしょう!でかいなあ!」
 カズマは、さくっと首切ってましたけど?
「あ~あ~!そう言うこと言うかなあ!」
 棍棒をよけながら、悪態を突く。
 どう言うことなら好いんでしょうね?
「がんばれとか、ここが急所ですよとか!」

 言いませんよそんなこと。
 勇気のためにならないモノ。
「そうかよ!」
 棍棒をよけながら、オーガの手に切りつけるが、器用にかわされる。
 右腕を剣先がかすめて、血が飛び散る。
「うぎゃ~!」
 オーガは悲鳴を上げる。
 オーガにしては小ぶりなことから、まだ若い固体なのだろう。
 勇気には関係ない話だが。
 なにしろ、今は命の取り合いの真っ最中だし。

「ちくしょう!命(タマ)の取り合いかよ!」

 生き残るためには、お互い必死になるしかない。
「マジックアロー!」
 オーガの顔めがけて、十本のマジックアローを打ち出すと、右腕で顔を防御しながら、左手で棍棒を振り回す。
「アタマいいいなあ  おい!」
「うがー!」
 勇気の鼻先をかすめて、棍棒が地面に当たる。
 勇気は、一歩下がってそれをかわし、もう一度マジックアローを打ち出す。
 ずがががが!
 腕が間に合わず、顔面にモロに喰らって、血だらけになりながら仰向けに倒れた。

「はあはあ、やったか。」
 変なフラグは立たなかったようで、オーガはこと切れた。
 勇気は、荒い息をつきながら、オーガを収納する。
「まだ入るな…」
 今の戦いで、かなり消耗したようで、足が上がらなくなってきた。
 もう少しで城門にたどり着く。

 勇気は、重い足を引きずりながら、ゆっくりと城門に向かって歩いている。
 前方百メートルのところに、目指す城門が見えてきた。
「ぎょぎょう!」
 横の草むらから、本日最大のウサギが飛び出してきた。
 身長が百五十センチはありそうな、巨大なウサギは、その前歯を勇気の首に突き立てようと狙ってきた。
「ちくしょうが!」
 勇気は、持った剣を前に突き出して、ウサギの頚動脈を切り裂いた。
「はあはあ!やった。」

「おーい、大丈夫か?」
 城門から兵士がかけてくる。
「だ、だいじょうぶ…」
 がくりとひざが折れて、勇気はその場でうずくまった。
「お、おい!しっかりしろ!」
 兵士たちは、あわてて勇気に駆け寄った。
「すまない、げんかい…」
 勇気は、そこで気を失った。

 一方、かなりの獲物を獲れたラルは、口笛を吹きながら城門に戻ってきて、倒れる勇気を認めた。
「なにやってんの?」
 城門前で、兵士たちが勇気を担いで、わいわいやっていた。
「いや、勇者殿が…」
 一人が困惑しながら、ラルに問いかけるような目を向けた。
「ほっとけよそんなもん。」
 ラルの返答は、木で鼻をくくったようにそっけない。
「しかし、そういう訳にも。」
「じゃあ、城門の中に入れて、そのへんに転がしとけば気がつくし。」
「…」
 ラルの言いようが、かなり冷たかったので、兵士もどう返していいか迷ってしまった。
「ほら、そこの木の陰にでも寝かせとけば、そのうち気がつくよ。」
「わかりました。」
 獲物をかなり獲ったはずなのだが、ラルは返り血ひとつ受けていなかった。

「ただいま~。」
 ラルは、鼻歌交じりにメインストリートをまっすぐ抜けて、領主館に帰ってきた。
 目ざとくラルを見つけたポーラがやってくる。
「お帰りなさい、あら、勇気は?」
「ああ、城門のところでぶっ倒れてた。」
「どうしたの?ケンカしたの?」
「まあね。」
「あらまあ、それで彼は?」
「たぶん、体力切れで動けなくなったんだろうさ。」
「それがわかってて、どうして捨ててくるのよ。」
「だってあいつ、甘いことばっか言ってるんだもん。」
 ポーラは、あきれてため息をついた。

「勇気は、ずっと安全なところで暮らしていたんだから…」
 ポーラがかばうようなことを言うので、ラルはますます機嫌が悪くなった。
「それがどうした、今は、危険な場所にいるんだ。甘さを引きずっていたら死ぬだけだ。」
 ポーラは、戸惑いを含んでラルの顔を見た。
 若干不機嫌をあらわして、眉がよっていた。
「それはそうかもしれないけど。」
「そう言ったら、怒ってどっかいっちまったのさ。」
「まあ!」
「ま、死にそうになったら助けてやろうかと思ったけどね。」
「いじわるね、ラルは。」
「あほうには、いい薬だ。」
 ラルだってそこまで大人じゃないから、文句を言われりゃカチンともくるのだ。

「まあいい、城門のところで寝かせてあるから、だれか迎えにやればいい。」
 若干、優しくなっているかな?
 ラルだって、勇気がきらいでこんなことしている訳ではない。
 カズマにくれぐれも言われているのだ。
「勇気を毎日狩りに連れて行け。」
 …と。
 ラルは、自分のできる限り、勇気を連れだして魔物狩りをしている。
 こんなこと続けて、どうなるのかと疑問なのだが、カズマの言うことなのだから、愚直に守る。
 ラルには、それが美徳なのだ。
 カズマの頼みであれば、できないことでもやって見せる。
 

 一番の配下としては、そうせざるを得ない。

 ただ、勇気は甘すぎる。
 いまだに、自分が死と隣り合わせに生きていることに気がついていない。
 どこか他人事で、横から見ているような、あいまいな考え。
 必死になると言うことがない。
 だから、できるだけ死線に投入する。
 シャドウウルフ一〇匹が限度だったら、十一匹にして、ぎりぎり生きるか死ぬかの線を引くが、勇気はなんとか切り抜けてくる。
 それでも、自分が死にそうだったことに気がつかない。
「アホか?あいつは。」
 そう、勇気はヌケサクで、アホなのである。

 そのくせ、臆病者だから途方もなく魔法を迸らせて、オーバーキルにしている。
 強いのか弱いのか、まるでわからないが、このまま北の海に旅立たせていいものか迷う。
 カズマならどうするだろう?
「まちがいなく放り出すな。」
 今の実力なら、油断さえしなければトロールの攻撃もなんなく避けるだろう。
 だが、それだけなんだ。
 避けて斬る。
 ちゃんと、攻撃が届くように動けない。
「おかえりなさい、ラル。」

「聖女さま。」
 アリスティアは、ふわりと笑ってラルを迎えた。
 白いローブは柔らかそうに風にふわふわと踊っている。
 ちょっと明るい金髪をふわりと広げて、まるで金のベールをまとっているようだ。
 いつもこの聖女に出会うと、あわあわとあわててしまう。
 気持ちが舞い上がって、どきどきする。
「今日はたくさん獲れましたか?」
「ええ、みんながおなかいっぱい食べられるように。」
「そう、それはよかったですね、オシリス女神さまのお導きに感謝を。」
「感謝を。」
 ラルも、アリスティアに倣って両手を組む。
 アリスティアは、聖印を切るともう一度祈った。

 その姿は、まさに聖母。
 ラルは、その姿から目が離せなくなった。
 後から着いてきたポーラは、むっとする。
 しかし、アリスティアはそんなポーラに、やわらかく微笑んで見せた。
「ポーラ、女の子はいつも笑顔でね。」
「ははい!」
「お屋形さまは、私の笑顔が好きだとおっしゃいますわ。」
 おーおー、真昼間からノロケてくるよ、この人は。
 カズマより年上なのだが、とてもそうは見えない幼さが宿っている。
「だから、ね、ポーラもいつも笑顔でね。」

 そう言われては、ポーラも頷かざるを得ない。
 なんと言うか、聖女の聖女っぽいところを具現化したような人だ。
 ラルにしてみれば、いつも側にいて当たり前に、カズマに並ぶ人なのだが。
 なにやらもやもやする。
 ラルは、十五歳にして『はつこい』を体験しているようだな。

 それと同時に、ラルの体も変わってきた。
 脛や肘が、みしみしと痛む。
 のどがガラガラして、声が出なくなる。
 孤児になり、栄養不足で居た子供が、栄養を与えられ、愛情を与えられて成長を始めたようだ。
 だいたい小学生で百七十センチごえなんて、めったにありえないようなこと書くなよ。
 どう考えても、第一次性徴でそこまでの人間はいないよ。



 成長痛は、まあ十三歳から十八歳くらいまで出るそうですが。
 心も体も、大人になろうとしているんですね。
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