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第四十一話 王様の行列

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 気がつかなかったけど、王様の御幸って、どのくらいの規模になるんだろう?
 江戸時代の参勤交代でも二百人から三百人規模だったはず、そうすっと王様の行列なんて言うと千人以上の規模になるんじゃないだろうか?
 浅く考えていてぞっとした。

 俺はと言うと、男爵さまであるくせに、乗っているのは小さな幌馬車。
 引いているのは、一頭のロバ。
 王都の大路をカポカポと、けなげな音を立てながら歩いている。
 宿屋を出るときに、男爵だとバレてえらい恐縮されてしまった。

 そんな訳で、恵理子の身分証明をどうするか考えながら進めていたんだが、なんのことはないこいつは奴隷だった。
 つまりは、俺の所有物なので、身分証明もそれで済む。
「考えすぎたか…」
「はい?」
 御者席の隣で、アリスが呑気な声を出した。
 木組みや石組みの家が、横を通り過ぎてゆく。
 歩道にせり出したテーブルやいすをふきあげているウエイトレスのおねーさんもいる。
 王都は、活気にあふれているな。
「いや、やることが多いな、マルノやホルストだけじゃ、回らないかもだわ。」
 ロバの馬車の前後を行きかう人々。
 野菜を満載した馬車がすれちがう。
 子供は縦横に走り回っている。
 商店の小僧だろうか?

「さようですね、事務方だけでなく実際に働く方々も、男手がすくのうございますし、やたらに増やせばいいと言うものでもございませんし。」
 アリスティアは、少し心配そうにそんな子供たちを見送っている。
 初夏の風に、アリスティアのベールが揺らめく。
「そこだよ、レジオに来たらやくざばっかりってことにでもなったら、どうしようもないわ。」
 俺は、少し顔をしかめて、前を見つめている。
 別に、敵が居るわけじゃないが、顔つきにケンが出る。
「家屋の建て直しも進んでいませんし。」

「それだよ、ゼノが中心になって人を集めてくれているんだけど、完全じゃないもんでギルドの補助がいる。」

「レジオ男爵どの!」
 かつかつと、軽快な蹄の音が都大路に響く。
 マリウス=ロフノール騎士が馬に乗って追いかけてきた。
 金属の鎧が、しゃりしゃりと軽快な音を鳴らしている。
「どうしたマリウスどの。」
 俺の声に、ロフノールは馬車に馬を寄せた。
「拙者も御同道賜りたいと存ずる。」
「え~?騎士団はいいのかい?」
「先ほど、辞表を出してござる。」
 鞍の上ですまし顔である。
「ど!どうするんだよ!」
「レジオ男爵領にて、住まいを定め申す。」
「ひっこすってか?なんとまあ、じゃあ俺の仕事を手伝ってくれるか?」
「もとよりそのつもりでござる。」

 ロバの馬車の横には、立派な鎧を身に着けたマリウスが並んで馬を進めることになった。

 パリカールの前に付けた鈴が、しゃんしゃんといい音を立てる。
 荷台の幌の中では、恵理子がいびきをかいて寝てやがる。
 ヘソ出すな。
 腹をぽりぽりかくな。
 よだれをふけ。

「レジオ男爵殿とお見受け申す、拙者近衛騎士隊の第二連隊長をいただいております、マルクス=レクサンドと申します。」
「そのマリウス連隊長が何の用です?」
「ジョルジュ伯爵さまから命令がございまして、レジオ男爵さまに随行し、警備計画を作成せよとのことです。」
「近衛隊でか?」
「は、左様です。」
「ふうん、さすがにジョルジュは手が早いな。まあ、よろしく頼む。隊長だけかい?」
「いえ、第二連隊全員です。約二百名おります。」
「それが大挙してウチに来るのか?食いもんはどうするんだ?」
「輜重隊が付いております、これも荷馬車に続いて二百名です。」
「ほえ~、それはありがたいな。」
「少なくとも五百人が一か月は活動できる準備がしてございます。なにかございますれば、なんなりとご用命ください。」
「感謝するよ、マルクス隊長。」
 俺は金貨を出して、マルクスに渡す。
「こいつで、兵隊たちに菓子でも買ってやってくれ。」
「恐縮であります。」

 大通りを進むロバの馬車の横には、綺羅綺羅しい鎧武者が二名に増えた。

「お待ちくだされ、レジオ男爵殿。」
「ほえ?」
 十字に交差する大通りから、黒光りする鎧の騎士がやってきて馬を寄せた。
「私は、陸軍歩兵連隊第五連隊の隊長をしております、アルマン=ボルドーであります。」
「そのボルドーさんが何の用だ?」
「は、マルメ将軍の命により、レジオ男爵に随行し防壁修理の訓練を行います。」
「ほう、それは大仕事だな。」
 マルメ将軍も、手回しがいい。
 その上、陸軍のフットワークは軽い。
「は、私と部下二十名は馬で先行して、レジオに向かいます。あとから五百名の工兵隊が徒歩でやってきます。」
「それはごくろうさんだ。」
「また、木材を水運で上流に運ぶ訓練も実施します。」
「よろしく頼む。」
「は!」
 見れば、おれの馬車の後ろには、ぞろぞろと騎士の集団が二列に並んで着いてくる。

「おいおい、俺の馬車がいちばんセコいじゃないか。」
「お屋形さまが乗っていれば、どんな馬車より立派でございますよ。」
 アリスが、隣でそんなことを言う。
 こっぱずかしいだろうが。
「そういうもんかね?」
 根っから庶民なおれは、落ち着かないよ。
 辻辻を越えるたびに、騎士の数は増えていき、城門に来た頃には二百に及ぶ行列になっていた。

 街角では、往来する市民が噂する。
「見ろよ、すげえ行列だな。」
「ああ、あれはドラゴン砕きの男爵さまじゃないのか?」
「ドラゴン砕き?ああ、レジオ男爵さまだな。」
「すげえな、近衛の隊長と陸軍の隊長がいる。
「男爵さまのお供かねえ?」
「そうだろう、うわ、騎士もいっぱい集まってきたよ、こりゃあおおごとだ。」
「みんなレジオに着いて行くのかねぇ?」
「しかし、なんで男爵さまなのに、あんな質素な馬車なんだ?しかも、引いているのはロバだぞ。」

「レジオの住民が苦労しているのに、自分が贅沢しては申し訳ないと言ってたそうだ。」
「なかなかデキたご仁だね。」
「貴族なんざ、贅沢なもんだと思ってたがねぇ?」
 そんな王都の市民が噂を飛ばし合っている中、かなりふくよかなおばちゃんが、男爵の馬車に走り寄って来た。
 すわ!と、近衛騎士たちが剣に手をかけるのを、俺は手で押さえた。
「おばちゃん、いい天気だな。」
「あ、ああ、いい天気でよい旅立ちでございますね、男爵さま。」
「ありがとう。」
 おれが笑顔で言うと、おばちゃんは少しほほを染めてうつむいた。

「男爵さま、少ないけど、レジオのみんなのために使っておくれよ。」
 そう言って、おばちゃんが差し出した手の中には、数枚の銀貨があった。
「おばちゃん、無理してないか?」
「大丈夫、じゅうぶん儲かってますよ。」
「そうかい?遠慮なく使わせてもらうよ、おばちゃんの名前は?」
「名乗るほどのもんじゃないよ、王都のおばちゃんでけっこうさ。」
 そう言うと、そそくさと馬車を離れて行った。
「おばちゃんだけにいいかっこさせんな!王都っ子の心意気ってもんを見せてやろうぜ!」
 その声に、王都の老若男女が手に手に小銭を持って集まってきた。
 中には、野菜だの肉だのを下げているものもいる。

 俺は、馬車の御者台に立ち上がって、群衆を見回した。
「王都っ子の心意気はありがたくいただいた!レジオが元に戻ったら、改めて礼をさせてもらうぞ!」
「「「「うおおおおお~!」」」」
 王都の門前では、盛大な歓声が上がった。
「なになに?なんやあ?」
 荷台に、いろいろと放り込まれて、恵理子がびっくりして顔を出した。
「エライことになってまんなあ。」
「まあしょうがない、王都のみんなが志を見せてくれているんだ。」
 今度は、アリスが立ち上がって、王都の群衆を見回した。
「みなさまに女神オシリスの祝福がありますように。」
「「「「わああああ!聖女さま!聖女さま!」」」」
 王都の群衆の興奮は、さらに燃え上がった。

「男爵殿、大人気ですな。」
 近衛の隊長は、いい感じの笑顔を見せた。
「いいとこは全部アリスにもってかれたがな。」
 城門の外には、輜重部隊の馬車が整列し、俺の馬車が通るのを待っている。
「なんとまあ、おうぎょうなことになったな。」
「レジオ男爵ともなれば、このくらいは普通でございますよ、お屋形さま。」
「そうかなあ?」

「なんなんやこの兵隊さんたちは。」
「なんだ恵理子?」
「ああうん、うとうとしてた。」
「アホ、口の周りを拭け。よだれの跡が着いてるぞ。」
「うう、これは…」
 残念なやつだ。

 近衛騎士隊と歩兵連隊が整列する中、俺の馬車がその入り口に止まった。
「ささげーつるぎー!」
 副連隊長の命令で、ざっと音がして銘々の剣が高く掲げられた。
「では、男爵さま、お進みください。」
「いいのか?」
「一言いただけると、兵士の士気も上がりましょう。」
「そうかなあ?」
 俺は、御者台で一言。
「装着!」
 と言うと、レジストリから青メタルの鎧が飛び出して、全身に装着された。

 ブルーアルマイトのような色合いが、燦然と輝く。
 馬車から下りると、息を吸い込んだ。
「レジオ男爵である!諸君の協力のもと、レジオの復興がさらに進むことを願う!各自の奮励努力に期待するものである!」
「「「「「おおおおお~!!!」」」」
 だんだんと、足を踏み鳴らして、呼応する。
「納剣!」

 俺の馬車は、整列した兵士の真ん中をかぽかぽと進んで行った。
 仁王立ちした鎧が日の光を反射して、きらきらと輝く。
「お屋形さま、かっこよろしいなあ。」
 恵理子の目が、ちょっと怪しい光をもっている。
「茶化すなよ、ばっか、ヒヤアセもんだよ。」
「おたがい、庶民どっさかいなあ。」
「まったくだ。」
 俺の横で、アリスティアはカチカチに固まっていた。
 アリスも庶民だったか…貴族の出なんだけどな。
 石畳の道は、広くて馬車なんか余裕ですれ違う。
 そこを、二列になった騎士と、四列になった歩兵が進む。
 いや、すげーすげー。

 二時間も進むと、小休止がかかった。
「歩兵たち、水は足りてるかな?」
「は、水運搬用の馬車が並走しておりますので、十分に用意できております。」
「そうか、君たち水筒はあるかい?」
「はあ、ここに。」
「ちょっと前に出して。」
 隊長たちは怪訝な顔をして、水筒にしている革袋を前に出す。
「ほら、氷入れてあげるよ、水も冷たいと気持ちいいよ。」
 からりと音がして、水筒の中に氷が二~三個入った。
「おお!これはかたじけない!なんと男爵さまは、こんな魔法が使えるのですか。」
「まあ、土魔法だけじゃないからね、どうぞ、冷たいうちに。」
「は、ありがたく。」
 初夏とはいえ、日差しはきつい。
 馬に乗っているだけでも、かなり喉が渇く。
「か~!うまい!」
「冷たい水は、それだけでごちそうでござる!」
 マリウスも、膝を叩いている。

 さすがに、俺たちものどがからからだ。
「アリス、少し降りて休もう。」
「はい、お屋形さま。」
「恵理子、降りて水でも飲もう。」
「はいな~。」
「お前は元気だなあ。」
「閣下!ロバのお世話をさせていただきます!」
 陸軍の中から数名が走り寄って来た。
「ああ?すまないな。パリカール、世話してもらえ。」
「パリカールでありますか?」
「ああ、俺の故郷の伝統的なロバの名前だ。」
「左様でありますか、よろしくお願いします、パリカール殿。」
「おいおい、相手はロバだぜ、ふつうにパリカールでいいじゃないか。」
「は!では失礼します。」

「お屋形さまも偉くおなりですわね。」
「ああ?閣下なんてよ~、男爵なんてそうたいしたもんじゃないだろうに。」
「たいしたものですわよ、領地もちですし、聖女もちですしおすし。」
「そうかね?サンドイッチ食うかい?」
 俺は、ストレージから簡単なハムとレタスのサンドイッチをひと籠出して見せた。
「いただきますわ。」
「いっただっきまーす!」
 恵理子は呼んでもないのに、すぐに手を出してきた。
「しっかし、パリカールとは~、お屋形さまもそう言うご趣味?」
「カルピス名作劇場は、コンプリートだ。」
「うふふ。」


 俺は、レモネードに大ぶりな氷を浮かべてみた。
「なんかこうシュワシュワ感がほしくないですか?」
 恵理子の声に、なんか考え込む。
「じゃあ、こう二酸化炭素をこんな感じで…」
 圧縮した二酸化炭素を、レモネードの中で開放すると、簡単な炭酸飲料になる。
「これこれ、ラムネですがな~。」
「もともと、ラムネの語源はレモネードだがな。」

「お屋形さま、これおいしいです。」
 ティリスもにこにこと、炭酸ラムネを飲んでいる。
「ティリスにはないしょだぞ、あいつすぐにすねるからな。」
「あら、向こうでも作って差し上げればよろしいのに。」
「そうじゃない、先にお前に作ったのがアカンちゅうねん。」
「それは、恵理子さんに口止めする必要がありますね。」
「そうだな、怖いのと、うまいのはどっちがいい?」
「そういう比較ってないんとちゃいます?」
「どっちがいい?」
「うまいの!」
「だまってる?」
「だ、だまってますです!」
「よし。」


 王都からマゼランに向かう街道は、まだまだ石畳のいい道が続いている。
 この道が、勇者の橋まで行くと、レジオへの街道に連結する。
 歩兵たちは後からゆっくり来る。
 俺の馬車と、騎士たちの馬は先行して、レジオに入る予定で、中継地を目指している。
 途中にはレアンの町があって、ここから一時間とちょっとで着くだろう。
 そうしたら大休止と、昼食にしよう。
 勇者の橋までは、そこからまだ二時間以上かかる。
「モルテン!すまないが食事を頼む、騎士が二〇〇人いるんだ。」
「は、二〇〇人ですか、わかりましたすぐに用意します。ジャン!昼食だ!」
「かしこまりました!」
「すまないな、ジャン。」
「おまかせください、男爵様。」
 レアンの町は、騎士たちでごった返して、俺たちが休む場所もないくらいだ。
「男爵様たちには、本陣が開けてございます、どうかごゆっくりお休みください。」

「モルテン、大げさだぞ。」
「は、しかしレジオ男爵さまに、ぞんざいな扱いをしたと、王都で噂されるのは心外ですからな。」
「はいはい、ちょっと一時間ほど休むだけなのに。」
「それでも、レジオ男爵が寄ってくださるのは、名誉であります。」
「あ~、そんな大層なもんじゃないよ。もっと気楽にしなよ。」
「はあ、しかし。」
「しかしもカカシもねえ、モルテン、俺とお前の仲じゃねえか。」
「はい、わかりました。」
 ちぇっ、あんま納得してねえな。
 まあしょうがねえ、こんなやつら引き連れて来ちまったし。

 陰謀や権謀術数がいやで、田舎に引き込んでいた俺は、なぜまたこんな権力が渦巻く世界に放り込まれたもんだか。
 まったく、運命の神様なんてものがいるのなら、引っ張り出してケツに一発蹴りくれてやるのに。

「ひっ!」
 オシリス女神は、自分のお尻を抑えて、椅子から飛び上がった。
「なにか?」
 ジェシカに声をかけられて、オシリスは我に返る。
「いえ、なんでも…いつもの悪寒が。」
「さようですか。」
「あなたは?」
「特には…」
「なんでしょうね?最近特にひどいのですが。」
「お気にかかることが多いですからね、オシリスさまも、働きすぎではありませんか?」
「そうでしょうか?」

 オシリスの執務室の前には、無数のモニターに向かう、天使たちの姿があった。
「なんだか、ここも手狭ですねえ。」
「仕方がありません、なにぶん世界の維持管理には膨大なデータの処理が必要ですから。」
「そろそろこの世界も手を離れていくのではありませんか?」
「いまだ、その兆しはありませんね。もう少し、維持管理にはリソースが必要です。」
「それが、カズマだと?」
「そう進めたのは、オシリスさまでは?」
「そうですね、彼が滅びるようでは、やくざな世界になりますね。」
「表向きだけでは、世界は進みませんしね。」
「それがめんどくさいので、彼には表立って動いてほしかったのですが。」
「それには、いまいち状況の進みが悪いですね。すでに、十五パーセントの遅れが出ています。」
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