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第六十四話 新たなちから その②

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 馬車に揺られ、クレオパに着いたのは、夕刻だった。
 夕日に赤く浮かび上がる外壁に、城門にいる者たちは家路を急ぐように、入城手続きをしている。
 どこの城門であっても、この光景は変わらないものだ。
 その風景に、ふと懐かしさすら覚えてしまうのは、カズマがこの国になじんできたからだろうか?

「王都に比べると、石の色が赤っぽいな。」
 カズマは、窓から外壁を見上げて言った。
 どうも、岩石層にチャートが混じっているらしい。
 つまり、この辺は隕石の落下が多くて、深部の岩石が露出しているのだ。
 石灰石の多い王都周辺とは、かなり環境が違う。
 火星の組成に似ているようだ。
 外壁の高さは、大体五~六メートルで、厚みもある。
 ちょっとくらいの魔物では、突き崩すことはできないだろう。
 外の農地にはだいたい二メートルくらいの柵がある。

 少しは知恵がある者がいたのか?
 まあいい、赤い壁の町並みはさすがに王都とは違う町だと実感する。
 中の建物も、石づくりが多く、気温の高さを物語る。
 通気性は良さそうだ。
 街のにぎわいも猥雑で、悪くない雰囲気だ。
 城壁の兵士にギルドカードを見せると、恐縮された。
「こ、これは男爵さま!ようこそクレオパへ。」
「ああ、ありがとう。お役目ご苦労だね。」
「は、ありがたくあります。」
「後でみんなで酒でも飲んでよ。」
 俺は、兵士に銀貨を持たせた。
「ははっ!」
 それを見て、ルイラは肩を揺らした。
「カズマは出世したわね。」

「よせやい。俺はただの風来坊のほうがずっと気楽だよ。」
「あははは。」
 馬車ごと街路を進み、町のはずれに二階建ての家を目指した。
 ルイラの師匠の家だ。
 アランたちは、町の宿屋に泊っているらしく、この家には人の気配がしない。
 いや、居る。
 個体としては小さな反応だが、すさまじい魔力がそこにある。
「なるほど、魔人と呼ぶほどの魔力か、これは凄まじいな。」
「わかる?」
「ああ、これほどの魔力の塊を感じたことはない。」
「私はあるわよ。」
「?」
「カズマと初めて会ったとき。あまりの魔力につぶされそうだったわ。」

「そうかい?」
「ええ、さあどうぞ、ここがあたしの師匠の家よ。」
 カズマたちは、馬車から下りた。
 木造りの小ぢんまりした家は、それだけなら町のケーキ屋さんのようにも見える。
 茶色い木組みと、白い外壁。腰高の石組のメルヘンな作りだ。
 ドアも、かわいらしい作りで、チョコレートのようだ。
「これで出てくるのがバーさんだったら興醒めだな。」
「言いたいこと言うわね。」
 ドアが開けられて、出て来たのはフードをかぶった小柄な影。
 声だけ聞けば、アニメ声でかわいい。
 もちろん声は、富永み●なである。
 恵理子が喜びそうな声だ。

「師匠、カズマを連れて来ました。」
 ルイラが、膝をついて師匠に声をかける。
 身長一四〇センチほどの師匠は、ぱさりとフードを取った。
「ほえ?」
 ネコ耳の着いた、ピンクブロンドの綿毛の中に、かわいい顔がちょこんとある。
 大島弓子著「綿の国星」の諏訪野チビネコを思い描いていただきたい。
 そのエプロンドレスが、黒いローブに代わったようなものだ。
「かわいいー!」
 先に喰いついたのはアリスだった。
 その豊満な胸に、小さな顔をはさみこんで抱きしめている。
「こら!よさんか!」
「師匠、外でフードを外した師匠が悪い。」

 ルイラは、冷静な判断を下した。

 ひとしきり抱きしめたアリスから解放されて、俺たちは家の中に入った。
「ぜ~ぜ~、窒息死するかと思ったわ!」
「すみませ~ん。」
 アリスティアは、小さくなって恐縮した。
 家の中は、そこかしこに薬草が吊るされ、壁の棚には様々な薬が並んでいる。
 いかにも魔法使いのアトリエだ。
 テンプレ過ぎて笑えるくらいだ。

「私がルイラの師匠の、プルミエだ。」
「カズマです。」
「アリスティアでございます。」
「ふん、なかなかいい面構えじゃないか。ルイラがほめるのも無理はない。」
「そうなん?」
 ルイラはちょっと怒ったようにそっぽを向いた。
「先に重要な要件を言おう。お主、このまま行くと、三回くらい命を狙われるぞ。しかも、今目の前にその危機が迫っておる。」
「ああ、それは知っている。狙っているやつが誰かも。」
「そうか、ならばそれに対抗する方法も考えておるな。」
「ああ、そのつもりだ。」
「しかし、それは愚策じゃ。お主が目指すべきは、そこではない。」
「…」
「お主が目指すべきは、南じゃ。いまの住処など、捨ててしまえ。」

「すてていいのか?」
「うむ、それで良い。よいか、南にお主の目指す王国がある。」
「王国?」
「お主の王国じゃ、今はただの繁茂な森であるが、そこには広大なフロンティアがある。」
「うん。」
「今の栄華など、何ほどのものでもない古き都が、お主を待っている。」
「古き都とは?」
「今から一万年も昔に栄えた都じゃ。それを見つけるがよい。そこに、お主の王国を打ち立てるのじゃ。」
「俺一人でか?」
「そこにも協力者がおるではないか、一人でなどと考えるでない。お主には、何物にも代えがたい家族があろう?」
 プルミエが指差したそこにはアリスが居た。
「その通りだ。」
「ならば、その者たちを連れていけ。お主には、これから三日で新しい魔法を覚えてもらう。」
「三日で。」

「そうじゃ、空間魔法と精霊魔法じゃ。」
「精霊?エルフじゃあるまいし。そんなことできるのか?」
「私はエルフじゃ、造作もない。」
「ネコ耳じゃん!カルカン族じゃないのか?」
「本物のエルフは、カルカン族とも違う、絵本に出てくるような人の耳が大きくなった者でもないのじゃ。」
「へえ、耳がとがっているのがエルフだと思っていた。」
「あれは、エルフの中でも平均的な精霊魔法を使う一派でしかない。我々のようなハイエルフは、こう言う姿が基本じゃ。」
「これはびっくり!新事実!」
「ふむ、ハイエルフには、ハイエルフにしか使えない特殊な精霊魔法がある、これは適性のないモノには無理じゃ。」
「俺にそれが使えるのか?」
「お主は、この世界のものではなかろう?なぜ適性があるのかは謎じゃが。」
「そうか。」

「とにかく、あしたからやるので、今夜はゆっくり休むがよい。ルイラ、寝所を用意せい。」
「かしこまりました。」
「アランは?」
「アランたちは、宿屋にいます。私は、こちらで師匠と修行をしています。」
「とにかく、三日の内に新しい魔法を覚えないと、お主の家族の一人が欠ける。それは本意ではあるまい。」
「欠ける?それはアカン!」
「ならば、覚えるがよい。」
「お師匠!よろしくお願いします!」
 カズマは、勢いをつけて立ち上がり、ばさりと頭を下げた。
 ほとんど最敬礼である。
 プルミエは頷いて、立ち上がった。
「ならば手を出せ、両方じゃ。」

「はい。」
 カズマの出した両手を、自分の両手でつかんだプルミエは、膨大な魔力を循環させ始めた。
 来る!
 凄まじい奔流が、両手を伝わって迫って来る。
 これは恐ろしい。
 大雨の濁流に己の身を呑みこまれるようだ。
「いいか、流れに逆らってはならぬ。そのまま、流れに委ねるのだ。」
「はい。」
「おどろいたぞ、この流れに負けておらん。ルイラよ、逸材じゃのう。」
「はは!」
「んんん~!こちらにも跳ね返って来る!これは…」


「はあ…はあ…私にも、なにかが迫ってきます。」
 アリスが、顔を赤くして胸を押さえた。
「私にも…来ます。」
 ルイラも、ローブの胸元を開けて風を送っている。
 魔力の循環はさほど長い時間ではなかったように思うが、終わった時にはルイラもアリスも床でのたうちまわっていた。
「ぐぐぐ…」
「はあはあはあ…」
 見るとはなしに見ると、尻の下に盛大にシミができている。
「なんだこれは?」
「み、見ないで!」
 アリスが叫ぶ。

 どうやら、魔力循環の影響で、盛大に濡れてしまったらしい。
 性的に興奮する波動がダダ漏れだったらしい。
 あ、マイサンも天を向いている。
「プルミエは大丈夫か?」

「はあ…はあ…だ、だいじょぶじゃ。」
 足元には、盛大にシミができていた。

「それで?これはどう言うことなんだ?」
「あたらしい魔法を覚えるために、魔力の波動を私と同調させたのじゃ。エルフの波動をもって、エルフの精霊と交信するのじゃ。」
「なるほど!」
「精霊の加護により、新たな精霊魔法をその身に宿すのじゃ。」
 いや、腰をがくがく前後に振りながら言われても、威厳はまるでないんだけどな。
「それはともかく、お主ちょっと顔貸せ、このままでは狂い死ぬ!」
「顔でいいのか?」
「いいわけがあるか!その天を向いておるやつに用があるのじゃ!」
「まあ、俺もヤバイなって思ってたんだ。」
「冷静そうに言うな。お前も顔が赤いぞ。」
「そりゃまあ、これだけ匂いが充満すればなあ。」
「なんでもよいわ!」

 プルミエはすでに理性をなくしていた。
 アリスもルイラも、がくがくと腰を前後させながら、その辺をのたうちまわっている。
 この日、クレオパはとんでもない事態に陥り、一〇ヶ月後空前のベビーブームを巻き起こすことになった。
 多くは語るまい。


 翌日、プルミエの家になぜか転がっているアラン(燃え尽きて灰になっている。)は無視して、俺たちは郊外に出た。
 しかし、あの状態で、冷静にアランを転位させたルイラの実力に、恐れをなしたわ。
 なんという精神力だろう。

 農地と森の境目に来て、プルミエは俺に説明する。
「よいか、精霊魔法の中でも、極端に精霊に干渉するのが、樹木移動の祈りじゃ。」
 カズマは素直にうなずく。
「集え、精霊。」
 プルミエの周りには、赤青黄緑紫さまざまな色をした、五センチ程度のふわふわした毛玉のようなものが集まってきた。
 プルミエが持ち上げた杖にまとわりつくように、精霊が集まって来る。
「行け!」
 プルミエが杖を振ると、精霊は森の木々にまとわりつきはじめた。
 やがて、木々の根が土中から足のように持ち上げられて行くのが見えた。
「な!なんだ!」

 持ち上げられた木の根は、タコのようにうねうねとうごめき、やがて別の場所に移動してそこに根を張り、なにごともなかったように立っている。

「こ、これが樹木移動…まさにヒネリも何にもない。」
「うるさいわ!オチなんか用意してないわい!」

「とりあえず、真似してやってみるがよい。」
 プルミエは、一回見せただけで乱暴なことを言うが、精霊が耳元で囁いてくるのは、魔力の使い方だ。

「そうか…要するに、精霊の力を借りて、樹木に働きかけるんだな。」
 カズマは、集中して右手を上げた。
 上げた右手を中心に、さまざまな精霊が集まって来る。
「いきなりなんという数を集めるのじゃ!つくづく規格外な男じゃのう。」
 プルミエは呆れたように言い放った。
「まあ、私が目をかけて来た者ですし。」
 ルイラはなんだか、鼻を持ち上げて偉そうじゃないか。
「だんだん、まぶしくて見えなくなってきました。」
 アリスが言うように、精霊の数がハンパない。
 何千、何万と言う精霊が集まって来ると、その精霊光で俺自身が光り輝いているようだ。
「…行け!」
 右手を振り下ろすと、精霊が一斉に森に向かう。

 ざざ、ざざ、ざざ、ざざざざざざざざざざざざざっざざ

 木の枝が擦れて、軋むような音と共に森が切り裂かれて行く。
 十戒のモーゼが、海を割るように、森が割れて横幅一〇メートルほどの道が、一直線に現れた。
 その長さは、いきなり一〇キロにも及んだ。
「なにをするんじゃ!ばかもの!新しい街道ができてしまったではないか!」
「いやだって、お師匠さまがやってみろって…」
「ここまで手加減できんとは思わんわ!」
 プルミエは持った杖で、がんがんと俺の頭を叩く。
「いててて!お師匠さま痛い!痛い!」
「はあはあ、やってしまったものはしょうがない。どこまで伸びたんじゃ?この道は。」
 プルミエは、ふよふよと舞い上がる。
 上空から確認するらしい。

 まるで、息をするようにレビテーションを展開するあたり、とんでもない魔術師だと理解できる。

 カズマは、アリスをだかえて、同じように舞い上がる。

 ルイラも上がってきた。

 広大な森を切り裂いて、まっすぐに伸びた道。
 これならば迫害されたユダヤの民たちも、安心して渡って行けるだろう。
「ほわ~、お屋形さま、すごいですねえ。きれいな道ができています。」
「ああ、これほどとは思わなかったが、やってみれば簡単なものだ。」
「カズマ、これを簡単と言いますか?」
 ルイラは、半場あきれたように聞いた。
「俺はほとんど魔力を使ってないです。すべては、精霊がしてくれたことです。俺の魔力は一〇〇分の一も使ってないですよ。」
「なるほどのう、カズマは精霊に好かれておるのじゃ。大事にせいよ。」
「はい。」
「これでお主も、精霊使いじゃのう。エルフでもないのに。」
「うわ~、なんかイヤ。」

「そうではない、森に住まう者、自然を愛する者、そう言う者に精霊は働きかける。お主は、そう言う者なのだ。」
「そうですか?」
「昔の人間は、エルフでなくとも、もっと精霊と仲良くできた。しかし、今の人間は争いごとにうつつを抜かして、精霊を忘れたのじゃ。」
「はい。」
「エルフは、森と共に生きて来た、争いからは遠ざかってきた、だから精霊と仲良くしてこられたのじゃ。」
「人間も、大自然と共存すれば、精霊とも仲良くできると…」
「そう簡単ではないがの。」
「努力します。」
「カズマ、あなたの魔法は、すでに私のレベルを超えています。」
「ルイラ、それでもあなたが俺の魔法の師匠であることに変わりはないですよ。」

『どわー!なんじゃこりゃあ!』

 下で、アランのわめく声が聞こえた。
 カズマたちは、するすると地面に降りる。
「ああ、俺の魔法の練習だ、いい感じだろう?」
「すげえな、木にどこにも傷が付いていない。」
「残骸もないな。」
 ジーゲが腕を組んで俺を見た。
「これは、すげえ建設的な魔法だな、戦争の道具にならない。」
 ゾールが、無口な口を開いて、木に触れている。
 アトスも、ハルバートを担ぎあげて、森を見ている。

「う~ん、そうだな、街道でなくても農地として、そのまま使うのもいいな。」
 カズマが言うと、あらためて全員が頷いた。
「こうやって、草とか小さい石とかは含んだまま、大きい石を追い出してさ。」
 ごごごごごごご
 地面が魔力を受けて、上下がひっくり返る。
 大石は、レビテーションで一か所に集める。
 すぐに、一〇メートル四方の農地が出来上がった。
「カズマ、なにやったんだ?」
「土魔法で上下ひっくり返して、草は風魔法で刻んで、石は砕いた。」
 農地はほこほこ湯気を出している。

「おいおい、これじゃあすぐに種まきできるじゃないか。」
「そうだな、こう言う使い方もいいな。」

「カズマよ、お主はどこへ行こうと言うのかのう?農地開発魔法など、だれが使うと言うのか。」
「つか、よっぽど魔力がないと、こんなことできませんよ、お師匠。」
 ルイラの持った杖が、ぷるぷる震えている。
「ルイラの言う通りじゃ。並みの土魔法師では、ここまでできるものか…しかし、鍛えればあるいは…」
「俺は三〇人の魔術師を並べて、畑の土壁を構築しましたけどね。」
「なるほどな、それならあるいは出来るかもしれん。」
「けっこうやればできるものです。彼らのレベルも上がりましたし。」
「そうか。よし、精霊魔法についてはこれでよかろう。後は練習するのみじゃな。」
「カズマ、私はこの精霊魔法を手に入れるのに、三か月かかった。」
 ルイラは悔しそうな顔をしていた。
「次はなにをすればいいんだ?」

「次は、空間魔法じゃ。革袋の作り方はわかるな。」
「ルイラから教わったから、わかるよ。」
「その空間をA地点とB地点を干渉して、一気につなぐのが瞬間移動じゃ。」
「あ!ルイラさんが得意なアレですね!」
 アリスが嬉しそうに言う。
「私の場合は、魔力消費が大きいのであまり繁茂には使えない。せいぜい一日二回程度が精一杯。」
「それでも、二回もつかえるんですね。私では無理です。」
 アリスが、ため息とともに言う。
「カズマの魔力量なら、どこまで飛べるのか…」
「ルイラ、この畑の向こう側まで跳んで見せよ。」
「そのくらいなら…」
 ルイラは、瞬時に跳んで見せた。

「やっぱりすごいですね、ルイラさんは。」
「ああ、さすが超一流だな。」
 カズマの言葉に、なぜかアランが得意そうに鼻息を荒くしている。
「どうじゃ、魔力の流れは見えたか?」
「う~ん、もう一回お願いします。」
「そうじゃな、目の裏に魔力を集中すると見えやすいぞ。」
「こうかな…」
「こうですね…」
「行きます!」
 しゅん!

「あ、見えた。」
「私はもう少しですね~。」
 アリスは、膝に手を置いて、ルイラを凝視していた。
「しかし、複雑だな。え~っと、アリス、こうでこうだよな。」
「え?ここでこうじゃないですか?」
 俺たちは、地面に矢印などを書き込んで検討している。
「なんじゃそれは?」
「え?魔力の流れを図解するとこうなるんですよ。俺たちなりの、理解のしかたです。」
「ほほう、それは興味深いのう。これがルイラの基本魔力の流れか、そうするとこれが空間に干渉している分じゃな。」
「そう見えました、で、このバイアスを利用して、跳躍すると、あそこに現れる。」
「なるほどのう、これは目新しいの。」

「魔法の使い方がわからない時に、こうして教えるとわかりやすいし、理解も早いです。」
「うむ、これからはこの方式で魔法を教えようかのう。」
「どうしたんですか?」
 ルイラがやってきた。
「ルイラ、方向を決めるのはどうやってるの?」
「それは、場所のイメージを強化する。」
「行ったことがある場所でないと、跳べないのはそのせいか。」
「そう。知らないところへは飛べない。出たところに刃物があったら死んでしまう。」
「あ、そりゃそうだ。」
「短距離なら、私にも使えそうです。」

「アリス、大丈夫か?」
「大丈夫、魔力はこれくらいでしょう?」
 しゅん!
 アリスは、農地の向こう側に現れた。
「すごい、聖女殿!もう理解したんですか!」
 ぱたりとその場で尻餅をつくアリス。
「うわ~、怖かった~。」
「アリス、大丈夫か!」
 俺は走ってアリスのところに駆け付けた。
「まだ魔力に余裕があります。」
「そうか、なるほどな。…こうか?」

 しゅん!

「…跳べたな。」
「空間は把握できたかの?」
「わかりました。魔力の流れも捕まえました。」
「速すぎるぞ。きっかけとヒントだけで、解析してしまうとは。」
「本当に、この弟子はすぐに師匠に追いつく。」
「いやいや、ルイラあっての俺の魔法ですから。師匠が居ないと、やり方がわからない!」
「それならいい。」
 カズマたちは、農地にもどり精霊魔法の検証を行い、ついでに道路をもう三十キロほど延ばして、練習を終えた。
 どうせ、この道は冒険者たちが、魔物狩りに利用するだろう。
 アランは、新しい道に、やけにわくわくした顔をしている。
「どうしたアラン?」
「いや、狩の行動範囲が増えるのはありがたいと思ってな。カズマには感謝だ。」
「そうかい?」
「ああ、この森は深いから、獲物を探しに行くのに苦労するんだ。これだけ深く、いい道があればどれほど楽かわからん。」
「ああ、そうだな。馬車ですぐに行けるし。」

「俺たちみたいに、革袋を持っていないやつらが、獲物を楽に運べるじゃないか。」
「そうだな、それが一番だな。」

「しかし、見事にまっすぐな道ができたものじゃ。クレオパはこれのおかげで、王都を凌ぐ繁栄を享受できるのう。」
「そうでしょうか?」
「うむ、山脈へのアプローチは、大型の魔物を簡易に討ち取れるようになる。この機会に、農地も広がる。」
「まあ、魔物の脅威も減りますね。」
「そうじゃ。まったく、勇者とか使徒とか、ロクなもんではないのう。」
「まったくです。こんな力は、隠匿しなくては、貴族どもの争いの元になります。」
「そうじゃ、せめてやつらが手出しできぬよう、なにがしかの手だてを考えるべきじゃが…どうせ、間に合わんよ。」
「間に合わんとは?」
「三日後、王弟オルレアン公爵が兵を出す。暗殺部隊も一〇〇人ほど出る。陸軍大臣も兵を出す。王の従兄弟バロア侯爵もそれに乗る。まさに慟乱じゃ。」
「そ、それは戦争とか、そう言うたぐいのものでは?」
「そうとも言う。少なくとも、ここ五〇年は体験したこともない内乱じゃな。」
「そこまでわかっていて、どうして止めないのですか!」

「止めても無駄じゃ、もう動き出してしまった。口で止まるようなものではない。」
「では!」
「そうじゃな、カズマの動きが早まるだけじゃのう。ダイアナ峡谷の南には、手つかずの広大な森林がある、その中に古代の都が眠っておるのじゃ。」
 ダイアナ峡谷とは、イシュタール王国を南北に分断する峡谷とは名ばかりの、広大な溝である。
 長さが二三〇〇km、最大幅が二八〇km、最深部は二九〇〇mもある。
 いっそ、この中に王国を築いてもいいくらいのものだが、岩石が多く川も少ない。
 樹木も少なく、一度落ちたら登る手立てもない。
 イシュタール大陸は幅一万三二〇〇kmで、オーストラリアに匹敵する。
 アフロディーテ大陸は赤道地帯にある幅一万三九〇〇kmの最大の大陸である。
 その広さはアフリカ大陸の半分に相当する。 
 つまり、プルミエが目指せと言っているのは、ダイアナ峡谷の向こう側である。

 狭い日本にゃ住み飽きたってやつですか?


「しかし、レジオの町が攻められては、カズマの脱出が…」
「五〇〇〇が一万でも、カズマを止めることなどできんよ。脱出にはワシも手伝いに行ってやろう。」
「お師匠さま!」
「お前たちは、クレオパの防衛にあたれ、騒ぎに乗じてどんな内乱が勃発するかわからん。」
「かしこまりました。」
「カズマは勇者ではないが、それに匹敵する能力がある。五〇〇年前に現れたと言う、黒髪黒眼の少年は、大陸に平和と繁栄をもたらしたのち殺された。」
「こ、殺された?」
「うむ、これは勇者伝説には出てこんが、王家の姫と婚姻したその夜、姫に暗殺されたのだ。」
「!」
 ルイラは息をのんだ。
「恐ろしい力、誰も寄せ付けない知識。それが、為政者にとってどれほど恐ろしいことかわかるか?」
「はい。」
「では、どうすればよいか。」
「…」

「居なかったことにするのじゃ。彼は、神に導かれて、天に帰って行きました。」

「それでは、勇者は使い捨てではないですか!」
「そうじゃ、為政者などと言う者は、それほど愚かなものなのじゃ。」
「なんという恥知らず。なんと言う恩知らず。」
「まこと、勇者の名乗りを上げるならば、時の王家を滅ぼさねば自分が死ぬ。」
「カズマの言う通りになりますね。」
「やつは、始めから知っておったのであろうよ。だから、レジオを繁栄させた。十分底上げしたら、逃げ出すつもりじゃったのじゃろう。」
「さみしいですね。」
「まあ、奴には聖女殿もおるしな、まだまだ若いさ。」
「はい。」
「お前たちは、クレオパ侯爵に事情を話し、城門を閉じて政変に備えるのじゃ。」
「直ちに。」

「カズマよ、お主に教えることはこれですべてじゃ。この力を使って、レジオを脱出するのじゃ。」
「ありがとうプルミエ師匠。だが、まだやらなければならないことがある。」
「陛下の行く末か。」
「ああ。」
「それは、ジョルジュ将軍や、マルメ将軍に任せるのじゃな。お主一人にどうかできるものではない。」
「しかし。」
「お主が守るべきは、お主の家族であろう。勘違いするでない。一人の力など、何ほどのものでもない。」
「…」
「お前の手の伸びる限りで、何とかすればよいのだ。」
「これが神の望んだことだと?」
「それはわからん、神とて手の出せぬ運命の流れと言うものがあるのじゃ。」

「そんな運命、くそくらえだな。」

「まあな、前の勇者の時も、加護は最後に消えていた。」
「!」
「オシリス…」
「神など無責任なものじゃ。自分の身は自分で守れ、カズマ。」
「わかりました。」
「期限は三日じゃ。進軍に一〇日ほど。まあ、二週間でどう動くか考えよ。」
「覚悟は決まっている。問題は、みんなでダイアナ峡谷を越えることだ。」
「そのための転位じゃよ。」
「わかった。」

「…どうします?オシリスさま、完全な悪役令嬢ですよ、アナタ。」
 ジェシカは、振り返って冷たい目をオシリス女神に向けた。
「ど~してぇ!私は勇者も守ろうとしたのに!」
 女神半泣きである。
「だって、あなた最後に飽きちゃったでしょう?」
「う!」
「しかも、結婚した王女さまに殺されるって、どう言う結末ですか!」
「そこまで読めなかったんだもん!あの子、とんだビッチだったんだよ!侯爵の息子とデキてたし。」
「へえ~、それはそれは。私は、生まれたのが三五〇年前ですからね、そんなこたぁ知りませんよ。」
「冷たい!ジェシカ!」
「こんなシナリオだったんですねえ。カズマも、せっかく生き帰ったと思ったら、女房子供ともども追い出されるなんてね。」
「うう!」
「あなた、女神辞めたら?管理能力ないですよ。クズなんですか?クズ女神?」
「そ!そんな~。」

 天界も下剋上カナ?

 カズマたちは、すぐにレジオに戻ったのだ。
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