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第九十八話 城と獅子の紋章
しおりを挟むグラナダ公国は、ザクロが象徴で、城と獅子が交互に配置された紋章をザクロの枝が囲う。
その旗を掲げた兵士が三〇〇〇人あまり、砦の右手にひしめいている。
バルサローナの紋章は黄色と赤の縞模様と赤の十字架が交互に配置されたもの。
英雄ハンニバル二世が出張って来たようだ。
兵士は五〇〇〇人に近い。
それぞれに輜重部隊も引き連れて、バルサローナは砦から見て左手に位置している。
バレンシア公国の旗も見える。
中央に位置した兵士は三〇〇〇人あまり。
総勢一万人と少しと言ったところか。
報告にあった三万人にはちょいと届かない。
それでも、この時期にこれだけの兵士を突っ込んできたところを見ると、敵さんはかなり本気だ。
少なくともモンペリエ辺境伯爵の領地をかすめ取る気は満々だ。
狭隘な山のはざまを縫うように街道があり、兵士もここを通る以外にイスパーニャから王国に攻め込む道はない。
北の街道は大量の兵士を運ぶには狭すぎるし、遠い。
あとは海から北上するルートか。
どちらにせよ、三つの公国が連合して攻め寄せている。
利害は一致したと見て間違いはあるまい。
かなり長期間にわたってすり合わせが行われたのは言うまでもない。
そうでなくて、この時期に農民兵三〇〇〇人以上は苦しいだろう。
もうじき麦の刈り取りが始まると言うのに。
「うぬ~、なかなかの軍勢ではないか。」
モンペリエ辺境伯爵は、砦の城壁から敵の布陣を見た。
思った以上に大軍である。
思わずうなり声も漏れた。
「御意、敵も本気と見えます。」
「物見は?」
「は、すでに放っております。」
「よし、あそこがグラナダか。」
「さようで。」
「ふむ、まずはあそこから崩すのが常道よの。」
「御意。」
三つの公国の中では、グラナダが砦からは一番遠い。
少なくとも、モンペリエ砦まで一〇〇キロ以上を移動してきている。
当然、兵士も馬も疲れている。
一方バルサローナは、目と鼻の先であり、毎年小競り合いを続けている。
王国訛りだと、バルサルニャー公国と言われる。
気性の荒い海の男たちが多い。
あと、ドワーフが多く住んでいるので、刃物に強い。
頑強な大剣が有名である。
それに伴い、大柄な重戦士を前面に配置して、押し切る戦法が主流な野蛮人たちである。
(と、王国人は揶揄して言う。)
「さて、どうしてくれようか。」
モンペリエ辺境伯は、いつもに似せぬ大軍団に攻めあぐねていた。
いつもなら五〇〇人規模の小競り合いなのだ。
さすがに、この規模は初めての経験である。
よくもまあ集めたものだと感心する。
副官もどう助言したものか、口をつぐんでしまう。
「しばらくはにらみ合いかのう?」
「そうですね、敵兵も見えておりますし。」
そこへ、若い兵士が駆け寄ってきた。
手には紙片が握られている。
「ご注進!」
「なにごと?」
「王宮より返信です!」
うやうやしく掲げて伯爵に手渡す。
『魔法のトリ』と言う魔法は、遠距離に紙片を届ける貴重な魔法使いが必要で、希少なのだ。
A5くらいの紙を届けるのに、魔法使いは三日寝込む。
だから、何人も用意しなければならない。
ここ二~三日頻繁に王都からも手紙が届く。
むこうさん、かなり焦っているらしい。
「うむ。」
伯爵も額に押し頂くように受け取り、ゆっくりと開いた。
横に控える将軍たちも何事かと集まってきた。
「殿、王宮はなんと?」
「うむ、王国兵士三万人を送るとある。」
「さ、さんまんにん?」
「マルメ将軍を筆頭に、兵士三万人・輜重部隊一万人である。」
「王国も大盤振る舞いですな。」
「王宮を破壊されて、アタマにきたんだろうよ。」
そりゃだれでも頭にくるよな。
どう見たってシネマの一シーンだ。
ワイバーンが城に突っ込んで、中でブレスを吐く。
普通の神経なら考えられない攻撃だ。
一度に何人が犠牲になったか。
しかも、すべてが非戦闘員だ。
塔の中には文官しかいなかった。
あまりに無念。
あまりに無体。
「んん?」
「どうされました?」
「マリエナ伯爵とアマルトリウスどのは、アマルトリウスどのが体調不良により参加できない…」
「頼みの綱が一本切れましたな。」
副官は辛辣だ。
二人の広範囲魔法攻撃は優位に立つ。
「まあいい、純然たる国軍は三〇〇〇〇人だ、不足はない。」
「御意」
一方、こちらはバルサローナ陣営。
「どうした?イシュタール王都からの通信が途絶えたぞ。」
「うむ…ぎゃ!」
指揮官から話を向けられた男は、いきなり悲鳴を上げてのけぞった。
「おい!」
ぶくぶくと泡を吹いて、その場で倒れこむ。
地面でのけぞってけいれんを始めた。
「だれかある!治癒師を呼べ!」
どうやらこの男、魔術師らしいのだが、かなり特殊な部類に入る。
彼の研究は、ワイバーンを人工的に使役すると言うことだった。
ご存知のように、ワイバーンの頭蓋骨には頭頂に直径二センチほどの穴が開いている。
これは、昔の角があった名残などと言われているが、本当のところはわかっていない。
そんなこと研究する変態がいなかっただけだが。
しかし、この変態はちがった。
この穴からワイバーンを操作する方法を編み出した。
それは、呪いを媒介する手法であり、脳に直接呪いを読み込ませて使役するのである。
変態だが天才だったのだな。
その方法は資料として残っているが、あまりにも特殊な呪法のため、他に使えそうな者もいない。
そして、いま、彼は最大のワイバーンにかけた呪いを返されたのだ。
呪いがえし。
通常倍になって返ってくると言われているが、カズマがワイバーンを打倒したことにより、呪いが本人に戻ってきた。
大抵の悪人は、自分に呪いが返ってくるなんて、思ってもいない。
ましてや、今回は飼育したもの、捕獲したものなど、一〇〇〇匹に及ぶワイバーンを投入した。
純粋に研究の成果を見たかったのか、なにかの恨みでもあるのかはわからないが、この男はやってみせたのだ。
まともにやっていれば、大学で研究室を与えられるほどのものだが、これは邪法と言われ大学を追い出された。
話を戻そう。
巨大なワイバーンをカズマが屠ったことにより、その身に纏っていた呪いは、大本に返ってきた。
しかも、三倍返しと言うどっかの銀行員のようなありさまだ。
それが、さきほどの『ぎゃ!』である。
のけぞり、痙攣していた男は、口から大量の血を吐き出して、その場で動けなくなった。
顔はどす黒く変色している。
目の焦点はどこかに行ってしまった。
急いで呼ばれた治療師は、目をつむって首を振った。
「おい!」
「残念ながら…」
バルサローナの将軍フェリペは、目を見開いた。
「なんと言うことだ!」
この男が胡散臭いことはわかっていた。
しかし、イシュタール王国の王宮が破壊されるなら願ってもないことだ。
失敗しても、こちらの腹は痛まない。
金もかかってない。
いいことずくめに思えたのだ。
利用できるものは、親でも使え。
フェリペは、この男に賭けた。
ほんの銀貨一枚程度の賭けだが。
ふらりと兵舎にやってきて、イシュタール王国の王宮を攻撃してやると豪語したのだ。
本人の希望により名も聞かぬ。
ただ、攻撃する時期・日取りについてはこちらの言い分を聞かせた。
無鉄砲に攻撃して良い訳ではない。
それから周りを説得し、軍兵を用意するのに三カ月かかった。
むしろ、三か月で用意できたことに驚いた。
バルサローナの将軍たちはいかにも有能だったのだ。
「ようやく攻撃が成功したと言うのに…」
魔法の小鳥による報告も受けた。
王宮は前半分が崩壊したと。
『ちゃ~んす』
フェリペは、どっかの赤い服(二号機)を着た女子のような声を出す。
モンペリエ砦を見渡せる位置に軍を進ませて、布陣した。
「あいかわらず堅そうな砦だな。」
「はっ」
「軍議をいたそう、皆をあつめい。」
フェリペは総指揮官と言う立場である。
それは、彼がバルサローナの将軍であり、王の従弟であるからだ。
当然、軍議の招集もフェリペの意志により行われる。
三々五々、各公国の将軍たちがやってきた。
バルサローナ近郊のグラノリュース準男爵・マンレサ騎士爵
グラナダ公国からモトリル騎士爵・ルカラ騎士爵
バレンシア公国のアルシラ準男爵・アルビージャ騎士爵
いずれも一騎当千の強者である。
フェリペ将軍の横には、ハンニバル二世。
強面の頑強そうな体に、ぴかぴかの鎧。
またこいつが言うことを聞かない強硬論者。
フェリペの作戦に異議を唱える。
「しかしそれでは。」
「さようしからば。」
一事が万事、消極策には反対する。
英雄と呼ばれている男なので、無碍にもできない。
国王陛下も困ったやつを寄こしたものだ。
イスパーニャ王国では、魔物の暴走とトレントの大繁殖で、東の山脈が大被害を出した。
それを、寡兵で撃退したのがハンニバル二世。
貴族たちもこぞって英雄と褒め称えた。
それに気をよくした国王が、りっぱな鎧を与えたものだから、増長したのだな。
乱暴な振る舞いが増えて、宮廷では鼻つまみ者。
今回の出兵で、体よく追い出された次第。
王都マドリディアでは、お祭り騒ぎで送り出したそうだ。
あはは
本人は、『頼りにされている』ぐらいにしか思っていないが。
「そんな消極策ではモンペリエの土地一アールも取れやせん!」
今日も軍議と言う名のハンニバル劇場。
フェリペ将軍も、うんざりしてきた。
「ふむ、お主の申しじょうもっともである、ここはひとつお主に兵五〇〇を与えるので、山を越えて中入りをしてはどうか?」
中入りとは、戦場を迂回して、敵の本拠を占領する作戦である。
「ほう…面白い作戦だが、兵はもう一声。」
「では一〇〇〇。」
「乗った。」
この場合の中入りは、モンペリエ砦の横から攻撃をかけると言うことだ。
ハンニバルは、上機嫌で軍議場を後にした。
「さて、うるさいのがいなくなったので、まじめに軍議をしよう。」
フェリペ将軍は、ほっとしたように小声で言った。
「では、どう出ますか?」
「うむ、やつらを砦から引きずり出すにはどうするかじゃ。」
「野戦ですか。」
「そうだ。」
「やはり罵倒合戦でしょうか。」
かと言って、砦にこもっている相手をおびき出すにはそのぐらいしか手がない。
敵は、砦にいれば安全なのだから。
「ハンニバルの作戦はどうです?」
「ああ、あれは失敗する。」
「はあ?」
「こんな開けた場所から一〇〇〇人が動いたら目立つだけだ。向こうも警戒するだろうさ。」
「はあ…」
フェリペ将軍の目論見は外れるのだが…
ハンニバルとてアホじゃない。
彼は、中入りの出発を深更にして、夜陰にまぎれて森に向かった。
「なるべく足元だけを照らすのだ。」
「はっ」
できるだけ地面に近くにライトの魔法を使い、夜陰にまぎれて山を越える。
千人は、なんと誰にも咎められずに山を越えて、砦の横に出たのだ。
「ふははははは、フェリペのやつ、厄介払いしたつもりだろうが、手柄はすべてワシがいただくわい。」
「将軍、これからどうします?」
「このまま夜陰に紛れて本陣をうかがう。そして、そのまま正門を駆け抜けるのだ。」
「おお!」
「首などいらん、褒美は平等だ。とにかく切って切って切りまくれ!」
「「「おおう!」」」
野蛮人ハンニバルの本領発揮。
藪の続くかぎり身を低くして本陣に迫った。
あと一〇〇メートル余りのところで、全速で駆け抜ける。
みな無言である。
ざざざざざざ
足音だけが響く。
本陣は堅固な石造りだが、それだけにみな油断していた。
「「「「うおおおおおおお!」」」」
突然のうなり声に、砦は火のついたように乱れた。
「「「わあああああ!」」」
「な、なにごと!」
「殿!敵襲でござる!」
「敵襲?だれだ。」
「は、あの鎧はハンニバルかと。」
「ううむ、野蛮人のくせに味な真似をしおる。」
「いかがに?」
「取り囲んで縄をかけるのだ!」
「御意!」
さあ、本陣は火のついたような騒ぎであるが、ひとりモンペリエ辺境伯だけが冷静だった。
しかし、浮足立った家臣たちは、右往左往を繰り返し、思ったようには動いてくれない。
「ええい!何をしておる!」
苛立つモンペリエ辺境伯。
しかし、兵士が動かない。
襲い来る敵兵が見えないことも、混乱に拍車をかけている。
「おお!見つけたぞモンペリエ辺境伯!」
ハンニバルは、すらりと大剣を抜いた。
大剣は、ぎらりと鋭い光を放つ。
「なに?は・ハンニバル!」
がきいん!
ハンニバルの振るった剣がモンペリエ辺境伯に迫るが、それを横合いからハルバートで受け止めた副官ロベルト。
「なんと!」
「うむ!なんの!」
がきんと振り払ったハルバートで、さらに追い打ちをかける。
「ちい!しくじったわ!」
その場を逃れようと、向きを替えるハンニバル。
「のがすか!」
がきんがきんと刃を交えるが、なかなか雌雄は決しない。
どがっとハンニバルのけりが、ロベルトのみぞおちをつかむ。
「ぐおおお!」
そのすきに身をひるがえし、脱兎のごとく走り出すハンニバル二世。
「ま・まてい!」
ロベルトは、腹を押さえて立ち上がろうとするが、膝にきている。
「わはははははは!勝負は預けたぞ!」
ハンニバルは、高らかに笑って正門から駆け出した。
付き従う一〇〇〇名の兵士も、欠けることなく走り抜ける。
いかにも蛮勇を誇るハンニバル二世。
さすがの野人。
なんと、フェリペ将軍の思惑を一八〇度覆して見せたのだった。
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